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やさしさに包まれたなら

 そう。
松任谷由実(ユーミン)さんの歌です。
最近これをよく思い出します。

実際のサビの歌詞は
「カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の やさしさに包まれたなら
きっと 目にうつる全てのことは メッセージ」
情景が目に浮かぶようでとても良い歌。
だけれど、ボクが思い浮かべるのは

やさしさに包まれたならきっと
目にうつる全てのことはメッセージ

という部分。
こういう世界になって欲しいなという想いも込めて。

相手のことを考えて

 最近、世間では様々な事象が起こり、それに対する個人の意見や思いを述べることが多くなってきた。
そこにはもちろん誹謗中傷もあって、それは然るべき状況なのだとは思うけれど、その誹謗中傷に『やさしさ』が無い。
相手の気持ちを慮ることが大切で、ただ攻撃することや突っかかることが目的ではないはずなのに。
どういう事象に対して意見や思いがあって、それがどういった議題を抱えていることで・・・という理解がない場合がある。
ただ単に攻撃することや揚げ足を取ること、論破することが目的となっている気がする。
もちろん多くの人がそうではないだろうけれど。
というよりそう信じたい。

相手のことを考えて言うけれど・・・

この言葉はとても優しい言葉ではあるものの、ある意味便利で上手く利用されている言葉でもある。
そう言えば何と言ってもいい
そう言えばどんな言い方をしてもいい

そんな意味にも捉えられる。
でも、そんなことはない。
あくまでも、自分以外の人たちは少なからず自分にはないものを1つ以上は持っていてリスペクトする、という前提が必要だ。
何かを目指しているチームには争いごとが生じることもある。
本気になっているからこそ仲良しこよしではないため、当然そういったこともあるだろう。
けれど、前提にリスペクトがあれば、言い方や伝え方は心が離れてしまうことがないように気を配るはずだ。
それがなければただのイチャモンや誹謗中傷と同じ。
だからこそ本当の『やさしさ』が必要になる。

『やさしさ』とは

 相手のことを考えた気遣いや気配りはもちろん。
ただ、単にその人に優しくし甘やかすという意味ではない。
その人の未来のことも考えて、たまには心を鬼にして厳しいことを言うというのも『やさしさ』だ。
沢山の人がその『やさしさ』に包まれて、その『やさしさ』に気付いた時に目に見えている全てのことはメッセージとなる。

ああ、あの人のこの態度はこういった意味だったのか。
厳しいことを言われたけれど、これが言いたかったのか。

など。
それを自分の周りの方がやってくれていると分かると、その人も同じ様に周りの人に優しくする。
そういったペイ・フォワードが大きな『やさしさ』を生み出してくれるのではないかと思う。

 優しくされた時はいっぱいいっぱいで気付かなかったとしても、ふと我に返った時に気付いてくれればいい。
そしてそれを同じ様に周りに届ければくれればいい。
それでいいのではないだろうか。
やさしさに包まれる世界が色々なところで生まれるのではないだろうか。

『やさしさ』が『やさしさ』を生む。

そんな世界に、そんな世の中にしたいと思う。
それぞれがそれぞれの思う『やさしさ』で、時には上手く伝わらないこともありながらそれでも相手のことを慮っていけば『やさしさ』は連鎖していく。
まずは自分が属するチームにやさしく
次に関係性で繋がる人たちにやさしく
そして外の世界にやさしく

Little Concier は企業理念を掲げている。

世界一笑顔をつくり続ける会社

大それたような言葉だけど、本当にそう思っているし、皆がそれを信念に動いている。
楽しさや嬉しさでつくれる笑顔があるけれど、『やさしさ』でつくれる笑顔もある。
スタッフ同士のやさしさ
取引先の方々とのやさしさ
お客さまとのやさしさ
ボクらがつくれる『やさしさ』は小さいかもしれないけれど、そこからやさしさに包まれる世界を創っていきたい。


GOING MY WAY.

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