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【連載小説】地獄の桜 第二十話

 しかし、孤独に慣れた心というものは、何と恐ろしいのだろう。僕はこんなにも幸福へと変わり始めている自分の人生において、人間を愛することの素晴らしさの前にも関らず、自らの臆病さを無様にもさらけ出してしまう、少なくとも僕は自分がそういう人間なんだと、悟った。
 それは僕がある夢を見たからだった。もうその時には八月になっていた。
 それはお盆休みを使ってさくらと海辺のホテルに遊んだ夜のことだった。
 日本の夏の蒸し暑い不快さが、この白いホテルの一室にも潜り込んで、それで僕は悪い夢を見たのか? それは僕でも分からない。ただはっきりと覚えているのは、その日の夜、僕はとても寝苦しかったということだ。
 その日は浜辺と海を行き来しながらさくらと夏の日差しの下で子どものように戯れた。強い光に照らされたさくらの肌は、まるで石膏の彫像を見ているかのような不思議な気持ちを僕にもたらすほど、透き通って明るかった。
 対して僕の肌は日々の残業に塗れた生活でできた幾つものシミで汚れ、端的に言って恥ずかしいものだった。大して沢山食べない割にほんの少しガタイがいいのは、体づくりのために家で筋トレをしているからというよりは、ストレス太りが影響しているように感じられ、僕はそんな風にまた自分の肉体を恥じていた。
 代わって僕よりもよっぽど男勝りにさくらは陽気にはしゃぎ、僕をからかい、背後から抱きしめた。
 急に強く抱きしめられた僕は驚きのあまり波打つ海の中で今更体を震わせた。そうしたら今度は、「寒いの? じゃあ今度は暖かくしてあげる」と言っては浜辺へ引き上げ、パラソルの下で長い口づけをしながら時間も溶けるような昼下がりを再び抱き合って過ごすのだった。
 そんなじゃれ合いの延長をホテルのベッドでも過ごした。浜辺では日焼け止めを背中に塗り合ったが、ベッドでもまた別のローションを二人きりの秘密の場所に塗り合った。
 しかし前戯だけでさくらはくたびれてしまったのか、途中で眠りについてしまった。僕はこんなにも体を思う存分動かした一日の終わりにも関らず、寄る辺ない心の退屈を感じながら鬱屈とした夜を思い過さなければならなかった。
 ほんの少しずつうつらうつらしてくる無意識の作用に身を任せようとしては何度も失敗した。

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