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【連載小説】地獄の桜 第十九話

 思えばさくらと僕が同棲したのは、たったこれだけのきっかけによるものだった。そういえば、さくらが僕に初めて私生活のことについて、こんな風にはっきりと語ったのもこの時が初めてだったかもしれない。
 言葉通りさくらは元々住んでいた貸しアパートをさっさと引き払ってしまい、一週間もしないうちに僕の部屋に住み着いた。
 さくらが持ってきたのはほんのわずかな化粧道具と推しているアイドルのCD数枚と、旅行鞄に入ったこれもわずかな服と、その他はスマホやら最低限の生活必需品のみだった。
 その持ち物を見るだけで、さくらが住んでいた部屋の殺風景なさまが透いて見えるようだった。退屈な生活同士が、報われない日々同士が、生活の虚無同士が、互いを違った角度から引き合わせた、といったところなのだろうか。
 それでも、ほとんど黒と白のツートーンで作られたような僕の部屋の寒々しさは、さくらが持ち込んだピンクや赤や青のパステルカラーを基調とした小物が入ることで少しずつ明るみを帯びてきた。

 僕が仕事づくめなのもあって、さくらと予定の合う日は少なかったが、予定が合う日は、さくらが行きたいと言ったところにはどこへでも行った。でも一番多かったのは、さくらが服好きなのも手伝って、僕のアパートの最寄りの鉄道駅であるK駅にあるショッピングセンターでアパレル店を色々見て回ることだった。
 僕と一緒に住む前は、あまり服を買う余裕がなかったみたいだったが、投資が順調なのにかまけて僕がさくらにねだられた服を片っ端から買ってあげることで、そのうちさくらは服だけでなく、インテリアにも色々こだわり始めるようになった。僕も僕でさくらに感化されて次第に、今まで節約を考えて我慢していた服などを少しずつ買い揃えるようになっていった。

 さくらと僕は全く違う趣味の生き物だと思っていたし、それはある程度そうなのには違いなかったが、実際にさくらと生活するようになって、思わぬ接点を見つけることもあった。
 例えば、さくらの聴くアイドルのCDを僕が聴き、逆にさくらが僕の聴くCDを聴くようになったことで、さくらの好きなアイドルの曲の歌詞も、僕が聴く邦楽ロックの歌詞も、日々の報われない生活に悩み苦しみながらも、それに抗う、といったような意味が込められていて、それを日々の糧として聴いていたのも同じだったという、驚くべき共通点が見つかった。僕は音楽を通じて、初めてさくらに羨望ではなく、共感を覚えたのだった。

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