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【連載小説】地獄の桜 第二十五話

 自宅に帰ると、申し訳程度の解雇通知書などを見るのもそこそこに、僕はパソコンを嬉々として起動し始めた。
 というのも動画・新聞・本・テレビFXの参考になりそうな情報を貪欲に取り込んだ結果が今になっていよいよ実を結び始めたからだった。コロナ禍で人々が不景気だと騒いでいる間に僕のところには何故か彼女と金がやってきてくれた。ここでも僕は残念なことに、世間的な常識というものを理解できなかったわけである。

「仕事は、どうしたの……?」
「仕事は……これが……仕事……」と答えると、
「テレワーク?」
「これからもっと稼げるから安心しなよ」
 それ以上僕は答えなかった。キーボードを焦ったようにカタカタ鳴らしてごまかした。しかしそんな心の乱れもすぐに収まって、適当に取った昼飯時もすぎ、三時も過ぎ、それはそれは静かな秋の夜更けがやってきた。
 遠くで時折、風の音に混ざって、バイクの音が小さく聞こえた。後は鈴虫と思しき微かな虫の音が消えない夢のようにずっと尾を引いて、僕らの耳元に余韻のようなものを残していた。
 ふと僕は、集中力の切れた時など、さくらの顔をちらと見た。
 らしくないな、と思いながら、ついぷっと吹き出したくなる。
 無論、僕ではない。さくらの顔の方だ。さくらは上気したように、あるいは秋の夕日の色のように、顔を赤く染めていた。全くもってさくらを見ていればいつまでも僕はたそがれ続けることが出来るのだ。しかしそれにしても、化粧もせずにそんな赤ら顔を恥ずかしげもなくだらんと見せるさくらの顔は『らしくない』、そう思った。
 さくらは僕の買うラフロイグにすっかり飽きてしまったばかりか、今ではカベルネナントカとかいう渋い赤ワインに凝りだして、昨日今日とその酒ばかり飲んでいるという有様だ。そして例の『Cherry』に出勤をしている様子がない。
 でもそんなこともあまり気にしていなかった。僕にはたださくらがありのままの姿を自分にだけ見せていることが嬉しかった。これが恋人というものか、そうやって男と女は家庭を作っていくのか、そう思うと、不思議と微笑が口元から零れた。

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