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おなか開けたらそうだった(入院19、20、21日目)

入院19日目(生後2日)

 朝、巡回の時間ではないのにひょいっと先生がいらして「生理重くなかったですか?」と唐突に聞かれる。「2日目はそれなりにきついですけど、そこまで痛いとか重いとかまでは行かない気がしますね…」と答えると、「うーんそうなんですね。ちょっと子宮内膜症の所見があったみたいなんですけど」と言われる。「手術の時に、おなかを開けたらそうだったっていうことですか?」「そうですね」。そうなのか。そりゃあ妊娠しにくかったはずだ。しかしそういうことはおなかを開けてみないと分からないということか?長いこと不妊治療に通っても原因めいたことは全然分からなかったし…。

 11時前、観察室から分娩室に移されて、おなかに詰めていた止血用のガーゼを抜く処置を担当医がしてくれた。が、信じられないくらいぎゅうぎゅうおなかを押されてあまりの痛みに放心状態。こんなに押して大丈夫なんだろうか(大丈夫らしいです)。麻酔が切れて痛みは感じるのに、左半身にまだ力が入らない。何とか起き上がれるようになったら、今日、NICUに連れて行ってもらえる約束なのに。

 昼、夫からエクセルファイルが送られてくる。数百項目にわたる画数組み合わせの分布表と、それを元に割り出した候補名が数十個。軽く参考にというくらいで姓名判断アプリを教えたのに、かえって申し訳ないというか、どうしようというか…。夫は「あなたが非常によい画数ということはわかった」「姓の画数がそもそもよくない」と、いやそんな根本を言われても。候補名について所感を述べたら「まだ8画までしかやってないからもう少し粘る」とのこと。またさらに画数増やして考えるのか、絶句。

 夕方、NICUに行かせてもらえることになった。ベッドの枠を握りしめて、ぐっと上体を起こす。二人がかりで車椅子に腰を下ろす。看護助手さんが車椅子を押してくれて、裏の職員用通路を使ってスイスイと行く。虹や太陽などでかわいらしくデコレーションされた細い廊下を行けば、NICUだ。入室前の洗い場で念入りに手を洗う。車椅子なので、手指を消毒するのに思い切り手を伸ばさなくてはいけない。看護助手さんが消毒や扉を開ける手順などを丁寧に教えてくれる。

 いくつもの保育器が並んで、どことなく研究施設のような雰囲気も漂う室内。でも医師や看護師はてきぱきとしていて明るい。ケーブルやチューブをよけながら車椅子が進む。向かって斜め左の方に、目的地の保育器はあった。初めて会った我が子は、まだ手足が細くてしわが寄っていて、鶏ガラのようだ。肌が赤く透けていて、細胞分裂真っ最中、という感慨がよぎる。

 ちょうどミルクの時間だったので、看護師さんが飲ませるのを見せてもらった。鼻から管を通してミルクを落とし込んでいるけれど、一部のミルクは口からも飲ませている。誕生からこんなにも早く口から飲ませられるのは、早いのだそうだ。ずっとぴったりと目をつぶっていたけれど、その時、目が開いた。オニキスみたいな黒々としたまん丸い目。ああ、こんな美しいものを私は産んだのか、信じられない。今までにしてきたどんな仕事とも比べものにならない、最高傑作。保育器の中に恐る恐る手を挿し入れて、足に触れてみる。爪が平べったくて無くなりそうなくらいにちっちゃい。紛れもなく私の爪とそっくり。他のパーツはたぶん夫似だけど、爪だけは紛れもなく私だ。正直申し訳ない。切りにくくてネイル映えしない、かわいげのない厄介な爪。

 夕食は手術以来初めての食事。重湯やポタージュの流動食。しみじみと美味い。

入院20日目(生後3日)

 左脚にまだしびれが残っている。足先は動くけど、膝を立てにくい。ベッドの上で、足首を持ってぐいっと引き寄せる。朝、カテーテルや麻酔針を抜いてもらい、むくみ防止で両脚に付けていたエアマッサージャーを外してもらう。限りなく拘束に近い状態が終わり、やっと自分の意志で起き上がることができる。でもまだ傷はキーンと痛み、手すりをじわりとたぐり寄せるようにしてかろうじての牛歩。

 搾乳も始めた。乳首に、注射器の先をスポイトのように当てて吸い取る地道な作業。ぽつっと浮き出る1滴を集めて、0.2mlをNICUに届けてもらう。いわゆる初乳だ。本当に、ねばっとしたとろみがあってクリーム色をしている。

 夕方、また車椅子で赤子に会いに行く。夫に言ったら絶対怒られるだろうけど、目を閉じているときの顔が義父寄りな気がする。ちょっとたれて細い目というか。ぱちっと目を開けたら大きいけど。手足をバタバタさせている。

入院21日目(生後4日)

 今日から通常食。ということは、念願叶って朝食が初めてのパン食。あの日、突然の手術によって剥奪された(笑)パン食の権利。給食パンメーカーのしんなり食パンだけど、意地でトースターまで歩いて行き、焼いた。点滴スタンドが杖代わりだ。パンの焼ける匂いにうれしさがこみ上げる。これまた給食に付いていたような懐かしい、パキッと割るタイプのジャムをかけて、ゆっくり咀嚼する。

 夕方はまた面会。今日、点滴が外れたという。黄疸治療のサングラスを装着するために、目元に付けられていた丸いマジックテープも外れていた。今日は「おしめを替えていいですよ」とのことだったので初めて替えた。最小のサイズでもまだぶかぶかなので2回折り返してある。開いたら、盛大なる快便だった。マスタードのように黄色くて白いつぶつぶがたくさんある(食事中の人すみません)。母乳は2mlをお届けしたけど、いつあげてもらえるだろうか。

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