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11年と98日


私が高校3年生の春、ひょっこりと我が家に現れた彼は、とんでもなく可愛いミニチュアダックスフントだった

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くりっとした眼、垂れた耳、ミルクの匂いがする首後ろ、短い手足で頑張って走り回る彼は可愛くて仕方なく、我が家にきてからずっとうちの看板犬。知らない人にやかましく吠えたと思ったら、お風呂に入る私達のガードをするようにドア前で見張っててくれたり、頭を撫でろとばかりに擦り寄ってきたり、足元を温めてくれて一緒に眠ったり。どの一瞬を切り取っても愛おしい存在。


そんな看板犬は、1週間の間、うちの近所を歩き回っていた捨て子ちゃんだった。

余程お腹が空いていたのか、知らない家の玄関をがさがさ探ったり、徘徊したりしているところを、見かねた知り合いが拾い上げてくれた。そうしてうちに辿り着いたときには、右前足の肉球に大きな傷ができていた。

どんな大冒険があったの?あなたを捨てた人は誰?前は何て名前で呼ばれていたの?聞いてみたいことはたくさんあった。でも、すぐに聞きたいと思わなくなった。彼があまりにもうちの家を居心地良さそうにしていたから。

名前は、彼が寅年にうちに来たことと、捨て犬だったことから「瘋癲の寅さん」みたいだね、といって、それにちなんだ名前をつけた。渋い名前もぴったりのダンディー犬だ(自称)


ご飯は残さずぺろりと食べたし
お散歩が大好きで、喜んでたくさん歩いた

その結果2回もヘルニアの手術を受けたけど、麻痺が残ったのは片足だけ。この日を迎える1ヶ月前までは、自分の足で歩いていた。彼はとっても頑張り屋さんだった。


私が一人暮らしを始めてからは、残ったお母さんを支えていたのは確実に彼だった。私も、彼がいたから安心して家を出ることができたんだと思う。誰よりも優しい彼だったから。



その日は、突然に訪れたわけではなかった。


寝たきりになった彼を、お母さんと2人、24時間体勢で介護する生活が始まったのは2ヶ月ほど前のこと。私が結婚を決めて、実家に帰って来た頃のことだった。

固形のものを食べられない彼に、注射器を使ってチュールを食べさせた。歩けないからトイレもできない彼のおむつ交換を1日に何回もした。頭を上げることが出来なくなってからは、仕事の合間を縫って何回も水を飲ませに帰った。夜は何があるかわからないから寄り添って眠った。彼はだんだんと、吠えることもできなくなっていった。


今考えるととても不思議だったのは、最期の夜のこと。

とうとうご飯も水も飲めなくなった彼は、どこにそんな元気があったのかと思うくらいに、一晩中吠えた。頭を撫でると鳴きやんで、手を離すとまた吠えた。それも一晩中。彼の背中に寄り添って寝ていた私は、手が腱鞘炎になるくらいずっと頭を撫でていた。

お母さんが彼を抱き上げて、私の方を向けて寝せたのが、朝方。

それから、1回も吠えることなく、彼は静かに息を引き取っていた。

1人でいくのが嫌だった?私が横に寝ているのを見て安心したから眠りにつくことができたの?それともお母さんの温もりを感じることができたから?私達2人の仕事の休みが合っていたの、その日しかなかったんだよ。それ、わかっててその日に眠りについたの?だとしたら、本当に賢いね。なんでわかったの?

また聞きたいことがたくさん増えた。でも、もう本当に聞く事ができなくなってしまった。


11年と98日

彼が家を守ってくれた時間は、実はとっても長くて、なのに本当にあっという間だった。後にも先にも、こんなに優しくて愛おしい存在となった犬は居ないんじゃないかな。いなくなった今でも、思い出しては涙が出てしまう。


でも、こんなに素敵な時間を一緒に過ごすことができて、本当によかった。私達家族の人生に優しい彩りをありがとう!


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