「かかりつけ医制度」はこうして欲しいな
時折報道されているように、「かかりつけ医」という制度の導入が検討されています。
サブスクリプションの流れに乗るわけでもないでしょうが、自分のかかりつけ医を登録して、診察料を定額として過剰な医療を抑えたり、かかりつけ医以外を受診する場合は負担を上乗せする、ようなことが検討されているとの
記事も先日ありましたね。
一方で、
もう随分と以前から検討されているものの、なかなか進まないようでもあります。
今日は、この「かかりつけ医」について考えてみます。
「かかりつけ医」とは
そもそも、「かかりつけ医」とは、どんなお医者さんのことを言うのでしょうか。
新聞記事やWeb上の情報をあたってみると、
「患者が継続的に診察してもらう医師」というのが一般的な感じです。
もう少し詳しくは、
「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要なときに専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる、
地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」
というのが、「医療提供体制のあり方」という日本医師会等の提言にある定義です。
もう一つ、東京都医師会のWebページでは、以下の5つのポイントをあげています。
1.近くにいる
身近で気軽な相談がいつでもできるためには、まず「近い」ことが重要と考えられます。
2.どんな病気でも診る
病気かなと思ったときに、まず、どんな病気でも真っ先に相談できるお医者さんがいれば、状況に適した医療がスムーズに受けられます。
3.いつでも診る
病気は24時間365日、いつでもどこでも発生します。
「かかりつけ医」を基点に、地域医療機関との連携により、「いつでも、どこでも、誰にでも適切な医療を受ける」ことが可能となります。
4.病状を説明する
「かかりつけ医」は、患者の疑問に率直に丁寧に答え、納得のいく治療方針を検討してくれます。
また、患者の生活を支援するために、地域の医療・保健・福祉機関へのコーディネーターの役割も担ってくれます。
5.必要なときにふさわしい医師を紹介する
「かかりつけ医」は、高度の診療機能を持つ専門病院との連携で、それぞれの機能を分担。病状に応じてふさわしい医療機関、医師を紹介してくれます。
なかなか素晴らしいですね。
この「かかりつけ医」の定義のうえで、
かかりつけ医「制度」はどんなものかというと、大雑把には、
「患者は、いつも診察してもらう医師(=かかりつけ医)を決めておいて、健康相談から診療・治療までお世話になる。
気になる症状があるときには、最初から大病院・専門医・専門医療機関に行くのではなく、まずかかりつけ医に診察してもらい、そして病気・症状を踏まえて必要があればかかりつけ医の指導によって大病院・専門医・専門医療機関にかかる」
というようなことのようです。
特に、ヨーロッパでは自分のかかりつけ医を「登録」する制度としている国もあり、なかには、登録した医者のみ受診可、という場合もあるようです
なお、日本でも既に、診療報酬にも一部「地域包括診療(認知症や生活習慣病に関する指導や健康管理など)」などに対する加算が組み込まれるなど、かかりつけ医制度の考え方が少し反映されています。
「かかりつけ医」に関する疑問点
「いつでも診てくれて、自分のことを良く知ってくれている主治医がいて、必要に応じてちゃんとタイムリーに専門医も紹介してくれる」ということで、実際にちゃんとワークすれば良いことだろうと思われます。
が、疑問点もあります。
前述の定義に「なんでも相談できる」、とあり、東京都医師会のポイントでも「どんな病気でも診る」とありますが、本当に何でも相談できるのか、どんな病気でも診ることができるのか、気になります。
みんな知っている通り、基本的なところでも、内科・皮膚科・耳鼻咽喉科・眼科・整形外科・外科など多くの診療科目があり、このほかにもアレルギー科・心療内科なども馴染みのあるところも含め、多くの領域があります。
そして、
どの医師にも得意分野、診療・治療した経験の多い分野があるでしょうし、全ての分野の知識を常にアップデートするのも大変そうです。(大学病院でのインターンでも、いずれかの診療科目を選ぶんですよね、きっと)
実際に開業医でも、これらのうちの一つ~いくつかの診療科目を掲げて営業しているのが実態ですよね。
こうして考えると、本当に、全ての診療科に精通している医師がそんなにたくさん居るのか、ちょっと疑問ですね。
また、かかりつけ医「機能」としては、単に診察・治療するだけでなく、
・患者の生活背景を把握して適切な診療や保健指導を行う
・地域住民と信頼関係を構築し、健康相談、健康診断・がん検診、母子保健、学校保健などの社会的活動に積極的に参加
・保健・介護・福祉関係者と連携する
・高齢者が少しでも長く地域で生活できるよう在宅医療を推進する
なども求められているようです。
かなりのスーパーマン、スーパーウーマンですよね。
しかも、
・24時間365日、診療時間外も含めていつでも対応する(地域の他の医師や医療機関との連携も含め)
・分かりやすく症状を説明し、情報を提供する
ということなのです。
普通の医師の資格のほかに「かかりつけ医」として、追加の資格を別途取得するくらいのことかもしれません。「かかりつけ医」2級とか1級とか。
何でも診れる、しかもその他の機能も十二分に遂行することができる、そんな人が本当に居るのか。
少しは居たとしても、全国で人口をしっかりカバーできるくらい居るのか、やはり、疑問が残るところです。
閑話休題
ちょっと思い出したのが、もう10年ちょっと前の残念な経験です。
東大病院の医師と話をしていて、筆者が「お医者さんは、「アカウンタビリティ」が大事ですよね」と言ったら、その医師が「アカウンタビリティなんて必要ない。救急で担ぎ込まれてきたら、そんなことは言ってられない。
そんなことをいう人は未熟だ」などと、随分な言い方をされたことがあります。
恐らくは頭もよく、診療・治療といった医師の基本機能としては優秀なのだと思いますが、患者への説明義務や患者とのコミュニケーションに関する意識はこんなもの、ということも少なくないのです。
(しかも、結構若手で、IT活用などに積極的に取り組んでいるような進歩的な方だったので、衝撃的でした。)
「かかりつけ医制度」に関する要望
かかりつけ医制度は、うまくワークするように諸々の課題をクリアすれば良い枠組みになるだろうと思いますが、実現にあたって、いくつか、こうしてほしいな、という要望があります。
・かかりつけ医を複数持てること
「なんでも診れる」というのが謳い文句ではあるものの、実際には開業している医師も、一つ~いくつかの限定した診療科目をあげて営業していることからすれば、やはり専門分野・得意分野があるのだと思います。
仮に知識面で全てを網羅していても、臨床経験で全てを網羅しているとは限らないでしょうし、限定した診療科目に取り組むからこそ、その分野での経験が蓄積されて知見が深まる、ということもあると思います。
また、一時点では全ての科目で網羅的であったとしても、医療技術は日進月歩ですから、常にアップデートが必要です。知識面のアップデートだけでも大変ですが、その新しい知識を臨床で応用する経験を十分積むのは時間もかかります。
ということで、やはり専門分野・得意分野があることを前提にしたくなります。したがって、一人のかかりつけ医ではなく、専門分野・得意分野を踏まえて、主な診療科目ごとに何人かのかかりつけ医を持っておきたいところです。
・医師ネットワークとデジタルなシステム
得意分野と苦手分野を埋め合わせる、互いにカバーする、という観点からも、地域地域での医師ネットワークのようなものが必要ですね。
開業医同士、また開業医と大病院・専門医療機関にいる専門医、といったネットワークです。同じ大学とかの馴れ合い的な関係ではなく、それぞれのプロフェッショナルとしての得意・不得意、知識・スキルに基づく、ネットワークであってほしい。
イメージは、
例えば内科が得意だけど皮膚科・アレルギー科の経験は少ないかかりつけ医のところに、あまり見ない皮膚の症状の患者が来た時に、画像・動画で、皮膚科が得意な医師にその場で意見を求めることができる、ような感じです。
加えて、その画像・動画をカルテの付属資料として保存しておくといいですね。
もちろん、カルテは全て電子化して、健康診断データや血液検査データ、アレルギー検査データ、MRIやCTスキャンのデータ、胃カメラや大腸内視鏡の画像・動画も付属資料として保存して、患者自身はもちろん参照できるし、患者が承認すれば、他の医師も参照できるようにするのです。
画像・動画データなどは、かかりつけ医の一次診療に加えて、AIによるチェックを通すことで誤診や見逃しをカバーできるでしょう。
逆に、デジタルデータで共有することで、AIの学習用データとして使用して精度を上げることにもつながります。
医師の教育、なかんづく、かかりつけ医教育において、このようなデジタルツールを使いこなすこともカリキュラムに入れるのも必須ですね(もう既にあるのかもしれませんが)。
・選択できる地域
かかりつけ医は「身近」というのがポイントの一つです。
しかし、ある診療科目の最寄りの医師が、正直今一つだな、という場合には、最寄りでない医師をかかりつけ医にすることも認めてほしいところです。
(まあ、首都圏に住んでいる人間の贅沢かもしれませんが。でも、自分の普段の健康から軽い病気の対応、重症のときも適切に処置、または専門医を紹介してもらう、ということまで考えると、腕のいい医師をかかりつけ医にしたいですよね。)
・リカレントなど教育の充実
これは既に検討の俎上に上がっているようですし、素人が言うようなことでもないとは思います。
しかし、失礼ながら、かなりご年齢が高いお医者さんにかかっていたこともあり、そこは機械や器具も古い感じで、新しい技術や手法などが取り入れられているような感じはしませんでした、あくまでイメージですが。
また、ちょっと前までは、「風邪」の診断で抗生物質を処方する医師も結構いましたね。
医療だけでなく、他の領域でも「人生100年時代」で、生涯に何回も教育を受けるようになる、ということは当たり前となりつつありますが、同様に、お医者さんも大学6年間20代前半までで学んだ知識で、そのまま40年とかアップデートしないでいけるわけはないですよね。
大学病院など大病院なら所属する科目以外、開業医なら掲げている診療科目以外の科目については、診療・治療の機会がほとんど無くてペーパードライバーのようなことにならないのか、素人ながら気になるところでもあります。
特に、患者が症状を勘案して自ら大病院にいくことは原則禁止、とか、かかりつけ医以外で診療を受けるときに追加料金を取る、なんてことをするなら、しっかりしてもらわないと困りますよね。
・選ぶための情報開示
ところで、医療もサービス業の一種です。弁護士などの専門性の高い士業のようなサービス業ですね。
「いやいや、医療は特殊で崇高なものであって、業者のようなサービス業と一緒にしないでほしい」という向きもあると思いますが、
・モノではなく、目に見えないサービス行為を提供し対価を受け取っている
(本人負担分以外の保険からの受け取りも、そもそもは患者が保険料で支払ったもの)
・技能を活かして対価を受け取れるサービスを業として提供する
・他のサービス業と同じく、サービスを受けるまで品質がわからない
・サービスを行うのと消費が同時
・サービスを受ける側(患者)と提供する側(医師)の双方が協力することで成立する
など、ほとんどのサービス業の特徴を満たしています。
人の健康や命を扱う、重要な職業だとは思いますが、対価を受け取らないならともかく、提供したサービス行為(診療・治療)で対価を受け取る以上は「業」であり、サービス業だと筆者は考えます。
ここで、重要なのが「サービスを受けるまで品質がわからない」「患者と医師の双方が協力して行う」というところです。
行きつけのレストランを決めるのであれば、試しに何軒か近所で行ってみれば良いのですが、医者には病気にならないと行けないし、同じ病気で何軒か廻るわけにもいきません。
また、病院の雰囲気や、医師の人柄、相性みたいなものも、長く付き合うのであれば大切です。
こうして考えると、
自分にあったかかりつけ医を的確に選ぶための、情報提供の仕組みは是非充実してほしいところです。
例えば、
各診療科目における知識や臨床経験の度合いを開示してほしい。
内科は知識が◎経験も◎だけど、耳鼻咽喉科は知識は◎だけど経験は〇、整形外科は知識が〇で経験は△、など。
あと、直近の知識のアップデートの状況とか、手掛けたことのある治療方法の種類・習熟度合とか、ある手術の経験回数とか。
治療の失敗比率なんかもあるといいけど、難しいでしょうね。(というか、そもそも情報開示自体が難しい可能性も高いですが)
食べログの医療版「医者ログ」みたいなものも、かかりつけ医としてどうか、選びやすいような情報(スコアリングとか)があるともっといいですね。飲食と違って、色々比べてスコアつけるわけにもいかないので、同じようには運営できないですが。
相対比較は難しいでしょうから、「施設・機器」「雰囲気」「コミュニケーション」「治療方針の納得感」などの項目ごとに主観評価をしてもらうとか。
「素人に何がわかるか!」という声が聞こえてきそうで、それもそうなのですが、食べログやその他の書評や映画評も、料理人や作家ではない素人がつけてるものですよね。
素人だけでは不安なら(確かに不安かもしれません)、医者相互の玄人の意見も入れればもっと良いですね。
(ただし、お互いにお医者さん同士で忖度して悪い評価をつけない、なんてことにならないように、仕組みをつくる必要はあるかもしれません)
蛇足ですが、
かかりつけ医制度を導入して、患者自ら大病院を最初から選んでいくことを原則禁じるのであれば、開業医から大病院への紹介状は無料にしてほしいですね。
一般的には、専門家の知識・スキルを使ったり、時間を使ったりするのにお金がかかるのは当たり前ですが、そもそも、最初から大病院に行っちゃいけなくて、紹介を前提とする仕組みとするのであれば、ちょっとね。診療・治療行為そのものではないし。
・公平性の確保
かかりつけ医を制度にするのであれば、それはやはり公平なものにしてほしいですね。地域間で医療機関の密度が違う、とかはあるかもしれませんが、少なくとも同じ地域の中では。
例えば、東大卒の人は東大病院をかかりつけ医にできる、とか、慶應卒の人は慶応病院をかかりつけ医にできる、とか、日本郵政の人は逓信病院をかかりつけ医にできる、とか、大手企業の経営者は特別扱い、とかは納得的でないですね。
どういく規模の医療機関がかかりつけ医になれるのか、にもよるかもしれません。イメージとしては、いわゆる開業医がベースでしょうか。(加えて小規模な診療所?)医療機関が少ない地域ではどうするのか、など、地域特性による考慮も必要ですね。
つらつら書いてきましたが、何にせよ健康(と大げさに言えば命)を預ける医師ですから、とても身近な案件です。
医療費の増大をなんとかしなければ、とか、開業医は儲け過ぎではないか(だいたい外車に乗っている、子供に継がせようとする)とか、いろいろな視点・論点もありますが、まずは贅沢でなくても適切な医療が受けられることが大事だと思います。
あと、筆者の友人にも多いですが、頑張っているお医者さんはその分の報いは受け取れるようにしてあげたいですね、まあどんな商売でもそうですが。
最後までお読みいただきありがとうございました。
(「スキ」や「フォロー」を頂けると、励みになりますので、よろしければお願いいたします)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?