トラックエルフ ~走行力と強度を保ったままトラックがエルフに転生~ 第2話



 里を出てから数時間。
 ようやく森を抜け、開けた道に出ることができた。エルフの里から森を出るまで半日以上はかかると大人たちには言われていた。これは距離以上に複雑な獣道に足を取られてしまうことが理由なのだが、俺は足元の障害物を容易く踏み潰して進める脚力を持っていたおかげで通常より早いペースで来れたようだ。
「法定速度もないだろうし、初っ端から九十キロくらいだしちゃおうかな……」
 街道をまっすぐ辿って行けば最初に訪れることを勧められた町に行けるはずだ。
 どこまでも続いている整地された道路をキラキラ眺め、走り出す前に屈伸や前屈などの準備運動を行う。
 ストレッチを終え、無限の彼方にさあ行こう!
 ……俺が気持ちを高揚させた直後である。
「ふひひっ。来たな、若いエルフだ。今回は随分早いお出ましじゃねえか」
「男じゃオレたちのお楽しみは少ねえが、美形揃いのエルフはそっちの趣味がある貴族に高く売れるからな」
「この赤髪エルフはいくらで売れるかねぇ!?」
 下卑た笑いが聞こえ、何事かと辺りを見渡してみると、里ではついぞ見たこともないような醜悪な顔面を持った男たち十数人が俺を囲んでいた。
「うわっ、ぶっさ! おえぇっ!」
 俺はあまりの不細工具合に胃液を吐いた。元の世界では割とよくあった顔面レベルだと思うのだが、エルフ基準に慣れてしまった俺にとって彼らのクレーターのようなボロボロ肌やバカでかいニンニク鼻は見るに堪えない代物となっていた。これじゃ女は浮気なんかそうそうしないだろうなと変に納得した。
「てめーらエルフは人の顔を見ると毎回ゲロ吐きやがって!」
「ちょっと美形揃いだからって馬鹿にしてんじゃねーぞおら!」
「野郎の嘔吐シーンなんか見ても嬉しくないんだよ!」
 激怒する男たち。その中にこっそり女ならアリみたいなことを言ってるやつがいた。
 そいつ、隔離したほうがいいですよ。っていうか、みんな吐いてるのかよ。まあ、そりゃ吐くか。里を出て緊張してるのに早々こんな顔を見せられたら。……ん、毎回だと?
「ちょっとあんたら、今までにここを通ったエルフとも会っているのか?」
 魔力が人間よりも高く、高度な術を使えるエルフたちがならず者どもに後れを取るとは思えないが、この連中が懲りずにここに留まっているということはそれなりの益になるということである。嫌な予感しかしない。
「そいつをお前が知る必要はねえぜ。まあ、捕まえてから町に行くまでの馬車で暇があったら気まぐれに聞かせてやるよ」
 この一団のリーダーらしき頬傷のあるヒゲ男が自信たっぷりに言った。……こいつらからは魔力の気配はない。つまり魔法の使い手ではない。
おかしい、いくら人数差があろうとただの人間が高位の魔術を操るエルフ相手にここまで余裕を持っているなんて。
「悪いけど俺は自分の足で走りたい主義なんで、馬車に乗るのは遠慮させてもらう」
 いろいろと訊きたいことはあるが、何を隠し持っているかわからない現状では隙を見て逃げ出すのがベストだろう。俺はあえて挑発的に言って相手の反応を窺った。
「お前が自分の意志で走ることなんてもう二度とないんだよ! オレたちに捕まって一生奴隷になるんだからなぁ!? おい、やれ!」
 頬傷の男が指示すると、背後に控えていた痩せぎすの男が抱えていた袋から銀色の粉を辺り一面に撒き散らす。
「!?」
 もくもくと舞う謎の粉。毒の可能性も鑑みて俺は咄嗟に口元を塞いだが、輩どもが平然としているので直接害をなすものではなさそうだ。
「まさか、粉塵爆発か……!?」
 俺が身構えて驚愕すると、輩どもはぽかんとして互いの顔を見る。
「何言ってんだこいつ?」
 ……どうやら違ったらしい。
 やべえ、ちょっと恥ずかしいんですけど。だってご主人の弟が俺の中で見ていたアニメでそんなんがあったから……。
「こいつは魔力の流れを狂わせる粉でなぁ……。この粉を浴びたらお前らお得意の魔法はしばらく使えねーんだぜ? くくっ、試しに使って見ろよ」
 頬傷の男は勝ちを確信した表情で俺に粉の正体をばらした。
「魔法が使えないだと……?」
 そんな技術というか封じ技があるなんて学校では聞いたことがなかったぞ。俺が覚えてないだけかもしれないけど。
「いいねえ! その驚いた顔! どいつもこいつも『そんな馬鹿な!』って叫んで何もできず、オレたちにボコボコにされて泣きながら奴隷の首輪をつけられるんだ。恐怖のあまり小便を漏らしたやつもいるなぁ!?」
 ギャハハと笑う醜男の集団。酒で焼けたガラガラ声が一斉に声をあげると吐き気を催す不協和音に聞こえた。エルフはみんな美声で歌が上手いからさ……。無菌状態で過ごすと耐性がなくなって逆に危険だってことが身に染みてわかった。
「お前らエルフは魔法しか能がない貧弱野郎どもばかりだもんなぁ! 魔法がなけりゃなにもできねえだろ!? この対エルフには効果てき面の秘密兵器を前にして、どう惨めったらしく足掻いてくれるんだ?」
 ……ん? これが秘密兵器? ひょっとしてこれ以上は何もないとおっしゃる?
 魔法を使えなくするだけ?
「…………」
 俺はすぅーっと胸いっぱいに息を吸い込んだ。
 
 ――ドゥルン……ドゥルン……
 
 神経を研ぎ澄まし、集中力を高める。一点だけを見つめ、姿勢を前傾させて足の裏で地面をしっかり掴む。
 
「――――ッ!?」
 次の瞬間、余裕をぶっこいて立っていた頬傷の男は全身をぐしゃぐしゃになった状態で数十メートル離れた位置まで吹き飛んで肉塊となって転がっていた。
「な、なにをしたんだお前……!」
 さっきまで仲間が立っていた場所に代わりに佇んでいる俺を見て輩どもは怖気づいていた声を上げた。
「お頭がミンチだ! ミンチになってやがる!」
「なんでこいつ魔法が使えるんだ!?」
 輩どもの間に動揺が広がっていく。おいおい、すっかり立場が逆転しているようだぜ?
「ふっ魔法なんて使ってないさ。俺はやつを轢いただけさ」
 調子に乗った俺は少し気取った喋り方をした。
 シルフィに聞かれたら間違いなく気持ち悪いと言われ、妹に見つかったら洗濯物を一緒に洗うことを一生拒否されるそんな喋り方を。
 俺はイメージのなかで目一杯アクセルを踏み、頬傷の男に突撃したのだった。速度の調整とかは考えず直進で全力だったから相当のスピードが出ていただろう。男は一瞬で全身の骨を砕かれてあの世に召された。一方で俺は傷一つ負っていない。よほどのことでは痛みを感じない鋼のボディは健在だった。よきかなよきかな。
 走る凶器と呼ばれた自動車の中で、より凶悪なトラックの破壊力を舐めんなよ?
 近現代の3Cに属する文明の力を思い知ったか。
「ぶつかっただけで人があそこまで飛ぶわけがねえだろ。お前さっきぶつぶつ何か呟いていただろ!」
 輩の一人が恐怖でズボンをぐっしょり濡らしながら俺に指摘してきた。そいつは野郎の嘔吐シーンは嬉しくないと言った男だった。
「それはエンジン音だ」
 俺はクールに答える。やべえ、超ニヒルに決まった。
「えんじん……おん……?」
 意味がわかっていないようで、輩たちはさらに困惑の表情を浮かべる。
「理解できないのならしなくてもいいさ。なぜならお前たちにはもう必要のない知識だからな」
「「「「…………っ!?」」」」
 輩どもを少しだけビビらせようと思った俺の言葉は想像以上に効いてしまったらしく、不細工な男どもの八割が尿を漏らして大地を潤した。激しく汚い。妹のおしめを取り替えたときはちっとも不快ではなかったのに。
 
「ひとつだけ訂正しておこう。俺はただぶつかっただけじゃない。さっきのは……超怒級トラックアタックだ!」
「な……とらっく? わけわかんねえこと言ってんじゃねえ! お前ら、やっちまうぞ!」
 
 
 数刻後。
 街道は真っ赤な液体で染め上げられ、ブニョールのトマト祭りみたいになっていた。
 無論、この赤は輩どもの血の色である。果肉っぽいのは……想像に任せる。これ以上はちょっと言えない。規制に引っかかるからな。
 ……やれやれ、汚ねえトマトだぜ。
 当初はやけくそ混じりで襲い掛かってきた輩どもだったが、次々俺に跳ね飛ばされる仲間を見て徐々に戦意を失っていき途中からは誰もが逃走を図るようになっていた。
 そんな逃げ惑う輩どもを俺は時速百キロで容赦なく追い回し、一人残らず跳ねて行った。
 その結果がこうして真っ赤に染まった街道だった。
 
「さて、戦利品というか、何か連中に関するヒントみたいなものはっと……」
 輩どもはエルフを奴隷にするとかしたとか、無視せずにはいられないことを言っていた。俺は情報を探るため輩どもの手荷物を漁ることにした。
「おっ、これは……」
 タイムリーにトマトが何個か出てきた。……一応もらっておくか。今は食べる気しないけど。後で腹が減るか喉が渇いたときに頂くとしよう。
「うーん、まずったなぁ」
 馬車の中にある荷物にも目を通してみたものの、この一団の発言を裏付けるものは特に見当たらなかった。うっかり全員殺してしまったのはまずかった。一人くらい生かしておくべきだった。俺が自らの軽率さを反省していると、
「う、うぅ……」
 トマト畑の中から苦しそうな呻きが聞こえてきた。おお、生き残りがいたのか! 
 俺はそいつを締め上げて情報を吐かせることにした。

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