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お前、仕事好きだろ?(1)

働きたくなかった。大学時代、このまま無為な生活を送り続けたいという欲があった。大学院に進学してモラトリアムを延長したいとも思ったが、進んだ学科の内容に興味が持てなかったので、このまま大学院に進学してもお金が無駄になると思った。特別裕福な家ではなかったので、なんとなく進学するなんてことは両親に申し訳なく、躊躇われた。
進学の選択肢がなくなったので、就職活動をすることにした。大学三年の前期が終わる頃には決断をし、両親にもそのことを電話で伝えたのを覚えている。

しかし就職活動は苦痛でしかたなかった。何者でもない自分を市場に売り込む、その行為が嫌で嫌で仕方なかった。
就活で出会う人々は、さも自分が何者かであるかのようなフリをしているように見えた。というかおそらく実際にしていただろう、大学生の身分で既に何者かであるといったことはほとんどないからだ。なんだこの壮大な嘘つき大会は、みんな本当は働きたくないくせに。「御社に入社したら〇〇がやってみたい」など平気で嘘をつく。そんなビジョン持ってるわけないだろ、なんだこいつら(※実際に持っていた人はいたかもしれない)。世の中に出たら、この就活で評価されるような人が評価されるようになるのかと感じてしまい、ますます働く意欲は削がれていった。あー働きたくねえ。振り返って、我ながらただの卑屈な奴だったと思わなくもない。

皆こぞって大企業に就職しようとしていた。働きたいかどうかは別として、私も大企業に就職したいとは思っていた。待遇が良いだろうことが想像できたからだ。でも大企業に就職することはすなわち仕事をバリバリこなしてスーパーサラリーマンになることだと思っていたので、働きたくない自分がいくべき企業ではない、と考えていた。

そこで「ベンチャー企業」界隈について調べてみた。大企業のカウンターとしてベンチャー企業に就職するという選択肢を思いついたのだ。色々と調べると総じて胡散臭い企業群であったが、その中でもキラリと光る原石のような会社を見つけた。結果的に新卒入社することになる企業だった。

私はその会社になぜか運命的な出会いを感じた。全く根拠がなかったが、私という人間をさらけ出してアピールをすれば、それだけで採用されるのではないかと思った。大企業を目指した嘘つき大会の就活が大嫌いだった私は、そのカウンターとしてのベンチャー企業就活に活路を見出し、そこで自分の本心を語って採用されてみせると奮起した。

「私は正直働きたくない。この無為なる大学生活を愛しておりこのままの状態が続くことを願っているが、未来永劫続けることができないことも分かっている。なので、やるからには本腰を入れてやりきっていきたいのだ、そのために世の中の現状変更を自らの意思で企てている御社に是非入社してともに頑張っていきたい。…」というような、いや実は後半は嘘なんじゃないかとも思われる作文をし、面接を重ね、無事内定を頂けた。就活というものを心の底からやりたくなかったので、小さな嘘つき大会に参加して勝利を収めた私は、すべての就活を終了させた。

(2)へつづく

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