最初に異世界ハーレムへ行ったのは誰か!? 異世界ハーレムモノの源流を探る!
1.異世界ハーレムってなんだ!?
昨今よく聞く「異世界モノ」。ラノベなどでよく使われる設定で特に『異世界転生』モノは小説などの文章アップロードサイト「小説家になろう」で多く掲載され、「異世界転生」というジャンルそのものを「なろう」と呼称するまでになった。
ちなみに小説家になろうには筆者も何点か書いているので、覗いて見て欲しい。(但し異世界モノはない……)→小説家になろう
異世界モノの中でも特に移転先で異性に囲まれてウハウハハーレム状態になるモノを特に「異世界ハーレムモノ」と呼称される。
ぶっちゃけ、そこに素晴らしい人間ドラマや、苦悩、葛藤があったとしても、
「でもお前美少女に囲まれてんじゃん! うらやましいじゃん!」
という状況だけで「異世界ハーレムモノ」のレッテルを貼られてしまうという現象も発生してしまっているのも事実。
だから、みんなちょっと興味を持ったら「なぁ~んだ、ただの「なろう」か」と投げたりせずもうちょっと読んであげれば救われる何かもあったりするのではないだろうか?
そもそもなんでそんなハーレムモノがあっちでもこっちでも発生するのかと言われれば、それは単純に売れるからである。
キャラ売りするにしても複数ヒロインが居た方が多様な男性諸氏の好みに対応出来るのだ。
元々この手法は90年代前後のギャルゲーブームに端を発すると言われている。
しかし当初は「ハーレムモノ」は少なく何人もの魅力的なヒロインの中から、1人を「彼女」として選ばなければならなかったりと、ハーレム状態ではあるものの、その実質はハーレムから懸け離れているものがほとんどだった。
無論、ほぼ同時期に「1人しか選べないなんてつまらない!」と全員まとめてといういわゆる純愛ギャルゲーへのアンチテーゼとして全ヒロイン同時攻略みたいなハーレムエロゲーも多数乱立したわけである。
2.なぜ人はハーレムを求めるのか?
我々は人間という生物である以上、種族の存続を最優先させる機能がこの体内に備わっている。
故に男性は多くの女性と交わり、子供を為そうとするし、女性はより生存能力の強い遺伝子を得ようとするのである。
つまり、ハーレム願望は種を存続させる本能として誰もが持っている生存本能を根底にしたものなのである。
しかしそれをほったらかしにしておくとあっちこっちで争いの火種となってしまうので、人はルールを作り、そして発達した理性によってその願望を抑制する事にした。
たまにそのたがが外れる人間が、少なからず存在する。
まあ、言ってしまえば彼らは、理性よりも本能に従って生きる、より原始に近い人間なのかもしれない。
実際自身が女であったと仮定するなら、それぞれ津田健次郎と三木眞一郎と櫻井孝宏と森川智之ボイスのイケメンに同時に口説かれたら、まあ大概の事はしちゃうよね、って話だよ。そんなの侍らせたいに決まってるやん!
例えば磯部勉と山路和宏と中田譲治と立木文彦ボイスのイケオジが4人揃っていたとしよう。そんなの……。
あれ? ちょっと待って……これ、絶対最後死んじゃわない?
ともあれ、人は少なからずハーレム願望を持つ生き物であり、そんな状況に主人公が陥るのをうらやまけしからんと思いつつも見てしまうのだ。
3.異世界について
さて、人々がハーレムを求めるのは、まあなんとなくわかったとしよう。
ではなぜ異世界なのか?
そもそも異世界とはなんなのか?
その疑問にスポットを当てる。
なぜ異世界なのか?
これは答えは簡単。
今の世の中じゃ自分は活躍出来ないから!
これ以外の答えがある主人公はまあいない。
世界的に有名な額に傷のある魔法使いの男の子だって、魔法学校に行かない限りはいじめられっ子だ。
そう。つまり、異世界で無双するのは何も日本のアニメやコミック、ラノベに始まったことではない。
世界中でそういう物語は受け入れられるのだ。
異世界というものについても、実は昔からその存在が囁かれており、我々としても馴染みの深いモノもある。
古事記に出てくる黄泉比良坂(よもつひらさか)など既に異世界である。
さらにはあちこちの書物や物語には神々の国、高天原や仙界、蓬莱山や須弥山など、どれも異世界であり、題材そのものがファンタジーである。
我々の生活に密着したもので言えば「死後の世界・地獄極楽」なんかも「異世界」として考えられるだろう。
そう考えると「異世界転生」は仏教の輪廻に通じており、「来世では幸せな生き方を」という来世利益的な願望が裏打ちされる事によって昨今の流行が起こっているのかもしれない。
そう考えてみれば、
異世界ハーレムもその実
『死んだら極楽に行って綺麗なおねーちゃんとウハウハな生活送るんじゃーい!』
という願望と何ら変わらないということなのである。
こういうと身も蓋もない気もするが……。
4.異世界ハーレムの歴史
さて、本題である。
異世界ハーレムなんて、最近発生したものなんでしょう? などということはない。
日本最古のハーレムモノと言えばおそらくは紫式部の『源氏物語』になるのであろうが、今回スポットを当てるのは井原西鶴の『好色一代男』である。
主人公・世之介の本編中での様々な恋愛模様はさておき、問題は物語のラスト。60歳になって浮世を流し尽くした彼は伝説の『女護ヶ島』を目指して船出する。
当時、海の向こうなんていうのは異世界も同然。
そう! 現世にて数多の浮世を流した男が、異世界に行ってまでも女を抱こうというのだ。
彼の絶倫ぶりはさておき、この作中に出てくる『女護ヶ島』とはなんぞや? という疑問が出てくる。
その『女護ヶ島』を題材にした落語がある。
世界には様々な国があり、島がある。その島にはいろんな人が住んでいる。手長島や足長島などいろんな島の中に女性しか住んでいない『女護ヶ島』というのがあると聞く。
その島は女しか生まれず、彼女たちは成人の証しに扇子をもらう。そしてその扇子を使って早朝、本島(日本)に向かってまたを開きそこに風を招き入れ、子を宿すというのだ。
だから「子供は風の子」という……。
そして早朝に男性が朝勃ちをするのもそのせいだとか……。
そんな話を聞いては居ても立っても居られなかった助平どもは船で女護ヶ島へ向かう。もちろんお約束で船は遭難し助平共は島に流れ着く。
そこは目的としていた女ばかりの女護ヶ島!
向こうも当然男を見るのは初めてと歓待を受ける。
とりあえず風呂に入れられて、男のモノを見つけられ、コレはなにかと尋ねられると、「女性のお腹の中を綺麗にする掃除棒」とでまかせを言い「それなら是非掃除してもらいたい」ということでズコバコとさせてもらう。
次の日、「我も我も」とお掃除希望者が殺到し、「これじゃあこっちの身が持たない」と嬉しい悲鳴。反対に噺家は「こっちの身も持たん、やめさせてもらうわ」でさげとなる。
こんなにわかりやすい異世界ハーレム展開があるだろうか?!w
しかもモテモテのやりまくり展開!
こんな単純なプロット出したら美少女文庫でもダメ出し喰らうんじゃなかろうか?(いや、知らんけどw)
井原西鶴と言えば17世紀の作家なので江戸時代初期には既に『女護ヶ島』の伝承があったということになる。
助平の考える事はいつの時代も変わらないということだろうか。
5.女護ヶ島は実在した!?
さてさて、そんな「異世界ハーレム」の歴史を紐解き、その源流を探ってきたわけだが、まさに江戸時代の異世界ハーレム、女護ヶ島を調べていくとは実在したという話が見られた。
それはなんと平安時代にまで遡る。
かの鎮西八郎為朝公こと、源為朝は保元の乱敗北後、伊豆大島に流刑となる。ところがその受刑先でも大暴れして実質支配してしまう。
そんな折、流れ着いたある島にはなぜか女ばかり。
その海域には男女が共に済むと海が荒れるとされて、島ごとに男女が別れて住んでいたのだ。
そこに流れ着いた為朝ではあるが、海は荒れることなく、男女がともに住んだところで関係無いと、その島の男女は為朝を英雄として祀ったというのだ。
なので現代でも本土から島に嫁いだ男性は「ためともさん」と呼ばれるとか。
おそらくはこの辺りの伝承から「女護ヶ島というのがあるらしい」と伝播していき、その中で男たちの妄想も混ざって落語のような話が出来たのだろう。
それを聞いた井原西鶴も、女好きの主人公にその島を目指させた……。
つまり、日本で最初に異世界ハーレムを敢行したのは、平安時代の鎮西八郎為朝公だと、敢えてそう結論づけてしまうと、このジャンルもなかなかに崇高で歴史あるジャンルに見えてはこないだろうか?
6.まだある異世界ハーレム昔話!?
さて、結論づけたところを申し訳ないが、実は平安時代よりも以前に、この異世界ハーレムに準じた物語がある。
誰もが知っている、おとぎ話、『浦島太郎』だ。
浦島太郎の伝承、それ自体は万葉集にも既に見られ、各地で伝承があり、それが鎌倉~室町時代の御伽草子で現代の話に近い形でまとめられた。
むかしむかし浦島は
助けた亀に連れられて
竜宮城に来てみれば
絵にも描けない美しさ
という童謡でもお馴染みのあの浦島太郎である。
竜宮城で美女の歓待を受けるというのは「エイ女房」でもあることだが、成立の年代としては浦島太郎の方がはやく、広く知られていることからも、こちらを取り上げる。
昨今のよくある童話の浦島太郎ではなく、明治以前は黄表紙と呼ばれるいわゆるエロ本だった。
亀に連れて行かれた竜宮城で乙姫様と押したり引いたりと遊ぶシーンがあるという。
乙姫様1人だけでハーレムといえるのかどうなのかだが、まあおそらくは美女たちの歓待を受けたと思って間違いない。
でなければ、時間も忘れて居続けないだろう。
7.異世界ハーレムはなにも現代に興った文化ではない!
さて、ここまで異世界ハーレムの源流について書いてきたわけだが、結論。
別段異世界ハーレムだからといって、昨今出てきた流行で「ああ、またこんな男の欲望丸出しのつまらないの書いてるよ」と断じてしまうのは違うのではないだろうか?
ある意味、歴史ある文学の経脈なのだ。
故に受け入れられ、故に売れるのだ。
無論、その為のガジェットなり、文章力なり、キャラクターなり、描写なり、様々な要素が加味されるのだろうが、いずれにしても古くから親しまれてきた由緒正しい文化である事は知っておくべきであろうと、筆者は思うのである。
ここまで色々書いてきたが、どうだったでしょうか?
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