千葉の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える

2020年5月1日 16:47

関東平野の一端をなす台地が広がり、房総の丘陵をぬって流れる多くの河川が、海岸域に干潟や砂浜をなし、生き物にとって多様な環境をもたらし、千葉の生物多様性を形作っています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まると思いました。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、千葉県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供していきます。

生物多様性の様々な地図情報（レイヤー）を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。

千葉県の生物多様性を特徴づける環境条件

千葉は、東と南を太平洋、西を東京湾に面した半島状の県です。内陸の地形は比較的なだらかなで、関東平野の一端をなしています。

県北部（茨城県境）には利根川が東へ流れ、犬吠埼の周辺で太平洋に注いでいます。利根川流域の低地には、手賀沼や印旛沼のような湖沼が分布しています。

利根川の南部には下総台地が広がっています。そして、下総台地の西端を、江戸川が南へ流れて東京湾に注いでいます。

東京湾沿いには湾岸低地、県東部の太平洋岸は九十九里平野が、それぞれ広がっています。東京湾岸低地の浅瀬には、三番瀬や谷津干潟などの干潟があります。

下総台地からは、栗山川、作田川、真亀川、南白亀川、一宮川などが流れ出て、九十九里平野をぬけて太平洋に注いでいます。

千葉の大部分を占める房総半島の南部には房総丘陵が広がり、愛宕山（408m）、鹿野山（379m）、清澄山（377m）などが連なります。

清澄山からは、養老川、小櫃川、小糸川が流れ出て、房総丘陵をぬけて東京湾に注いでいます。小櫃川は、その河口部に盤州干潟を形成しています。小糸川の河口からは富津岬が東京湾に突き出しており、岬の北側には富津干潟があります。

清澄山の東部からは夷隅川が発して、また、加茂川は長狭平野をぬけて、それぞれ太平洋に注いでいます。また、房総半島南部の丘陵からは、平久里川が流れ出て、館山平野をぬけて館山湾に注いでいます。

房総半島の最南端には野島崎があり、太平洋につき出しています。

以上のように千葉県には、関東平野の一端をなす台地や丘陵が広がり、それらから流れ出す多くの河川が、沿岸域に干潟や砂浜をなし、生き物にとって多様な環境をもたらしています。

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それでは、千葉の生物多様性（植物・動物の種数）の地図を見てみましょう。

生物多様性の可視化：種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種数が豊かな地域は、利根川と江戸川の流域間の低地から下総台地にかけて、および、房総丘陵の一部、鹿野山や小糸川の下流域、清澄山の周辺、一宮川などの流域などです。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな地域は、房総半島南部の房総丘陵一円にパッチ状に分布しています。

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鳥類の種数が豊かな地域は、利根川や江戸川の流域、東京湾岸低地から富津岬にかけての沿岸域、九十九里平野を流れる河川（栗山川、作田川、真亀川、南白亀川、一宮川など）の流域です。

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爬虫類の種数が豊かな地域は、房総半島南部の房総丘陵の山麓から沿岸の低地にかけて、および、房総丘陵から流れでる養老川、小櫃川、小糸川などの流域です。

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両生類の種数が豊かな地域は、房総半島南部の房総丘陵の一円です。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、利根川や江戸川の水系、房総丘陵から流れる養老川、小櫃川、小糸川、湊川、夷隅川、加茂川などの水系、九十九里平野を流れる河川（栗山川、作田川、真亀川、南白亀川、一宮川など）の水系です。

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生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考えるポイントがあります。

生き物のレア度：希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物：絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。千葉県は1999年から2000年にかけてレッドデータブックを編纂し、その後も調査検討を行って「千葉県の保護上重要な野生生物―千葉県レッドデータブック―」を編纂しています。

生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、千葉県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、千葉県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。

具体的には、千葉県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

千葉県の生物多様性の保全重要地域

維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、千葉県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

千葉県の生物多様性の保全重要地域は、利根川の流域と周辺の低地の一部、東京湾の養老川河口域から富津岬にかけての低地、および養老川、小櫃川、小糸川の流域、夷隅川や一宮川の流域、房総丘陵の一部、犬吠埼の周辺や太平洋沿岸の低地の一部などです。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を見てみましょう。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、江戸川の下流域から東京湾岸低地にかけて、房総丘陵の一部、養老川や小櫃川や小糸川の下流域から東京湾沿岸にかけて、清澄山の周辺、夷隅川や一宮川の流域、犬吠埼の周辺などです。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、利根川と江戸川の流域間の低地から東京湾岸低地にかけて、房総丘陵の一部、利根川河口域や犬吠埼の周辺などです。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、利根川流域およびその河口域や犬吠埼の周辺、江戸川の流域、東京湾岸低地から富津岬にかけての沿岸域、太平洋沿岸域および九十九里平野を流れる河川（栗山川、作田川、真亀川、南白亀川、一宮川など）の流域です。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、東京湾沿岸および太平洋沿岸の低地、房総丘陵の一部、養老川、小櫃川、小糸川などの流域です。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、房総丘陵の一円です。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、利根川や江戸川の水系、房総丘陵から流れでる養老川、小櫃川、小糸川、湊川、夷隅川、加茂川などの水系、一宮川などの水系です。

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千葉県レッドデータブック（RDB）事業の検証

生物分布データを用いて、千葉県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

維管束植物と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を見ると、RDBランクが高いほど、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。種の希少性をよく反映したランク付けになっています。ただし、現RDB「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）希少種が含まれており、RDBランク間の希少性の違いが必ずしも明確でない分類群もあります。

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