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大阪の生物多様性:地域戦略・保全利用を考える

山地や丘陵に取り囲まれた大阪平野は、古気候変動と河川による地形形成によって形成されました。過去から現在までの環境の歴史的変化が、大阪の生物多様性を特徴づけています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まると思いました。このような意図から、日本の地方自治体(47都道府県)の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、大阪の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト(保全カードシステム)と連動させて情報提供していきます。生物多様性の様々な地図情報(レイヤー)を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。

大阪府の生物多様性を特徴づける環境条件

現在の大阪は、南西部を大阪湾に面しています。

北部は北摂山地が京都や兵庫との境をなし、丹波高地へ連なっています。東部は生駒山地(生駒山642mなど)や金剛山地(北から岩橋山659m、大和葛城山959m、金剛山1125mなど)が連なって、奈良との県境をなしています。南部は和泉山脈(和泉葛城山858mや岩湧山898mなど)が和歌山県との境をなして連なっています。

このような山地に囲まれた平野からなる大阪の地形は、約2万年前の最終氷期以降の古気候変動によって形成されました。例えば、現在の北摂山地の山麓には千里丘陵が広がり大阪平野の高台をなしていますが、約7000年前の縄文海進の時代には河内湾と呼ばれた海に面しており、さらに当時の海は生駒山地の麓まで迫っていました。

現在の大阪府北東部からは淀川が流れてきて、芥川などの支流を合わせて、大阪平野を下り大阪湾に注いでいます。淀川水系には、水運や農業用水として歴史的に利用されてきた、いくつもの支流があります。

淀川から分岐した神崎川は、京都府の亀岡から流れてきた安威川と合流して大阪平野を流れて、下流域で中島川や西島川などに別れて大阪湾に注いでいます。安威川には、千里丘陵から流れ出るいくつもの河川(大正川・山田川・正雀川・糸田川など)が合流しています。また、北摂山地(丹波高地)からは、猪名川などが流れ出て、神崎川と合わさって大阪湾に注いでいます。

生駒山地と金剛山地の間(亀の瀬付近)を抜けて奈良から流れてきた大和川の中流は、和歌山県境から発した石川と合わさって西に流れて、下流域で西除川と合流して大阪湾に注いでいます。

淀川と大和川の間の大阪平野には、かつての海(河内湾)に突き出した半島だった上町台地があります。

南部の和泉山脈の山麓には、泉南台地や泉北丘陵(河泉丘陵)が広がっています。

以上のような、古気候変動と現生河川の地形形成に影響された平野、それを取り巻く台地や丘陵や山地が、大阪の生物多様性の空間分布を特徴づけています。

それでは、大阪の生物多様性(植物・動物の種数)の地図を見てみましょう。

生物多様性の可視化:種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を1kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

維管束植物(木本・草本・シダ)の種数が豊かな地域は、北摂山地の山腹や山麓、生駒山地(生駒山周辺)、淀川流域や大阪平野の一部、大和川の中流域、金剛山地の金剛山周辺の山腹、和泉山脈の山腹や泉南台地の一部などです。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな地域は、北摂山地の山腹や山麓、淀川流域や大阪平野の一部、生駒山地(生駒山周辺)、金剛山地から和泉山脈(金剛山から和泉葛城山など)にかけての山腹や山麓などです。

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鳥類の種数が豊かな地域は、大阪湾沿岸の低地、淀川や大和川および石川の流域などです。

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爬虫類の種数が豊かな地域は、北摂山地の山腹や山麓、淀川流域や大阪平野の一部、生駒山地および金剛山地から和泉山脈にかけての山腹や山麓などです。

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両生類の種数が豊かな地域は、北摂山地の山腹や山麓、淀川流域や大阪平野の一部、生駒山地、金剛山地から和泉山脈にかけての山腹や山麓の一部などです。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、淀川流域と大和川水系(石川など)の中流域、および、大阪湾南部に面した河川の中流域です。

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生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか?と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考えるポイントがあります。

生き物のレア度:希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物(固有な生物種)がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな=希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物:絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。大阪は2000年にレッドリスト種の生息・生育状況などに関する大阪府レッドデータブックを「大阪府における保護上重要な野生生物」としてまとめて、その後も調査検討と改訂を行って「大阪府レッドリスト2014」を作成しています。

生物の機能:人間社会にとっての生物の価値(生態系サービス)

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、大阪の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、大阪府内の1km x 1km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア(特に人口密度の高い土地区画)を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか?を探索することができます。

具体的には、大阪府を1km x 1kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア(特に人口密度の高い土地区画)を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

大阪府の生物多様性の保全重要地域

維管束植物(木本・草本・シダ植物)と脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、大阪の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注)土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

大阪の生物多様性の保全重要地域は、淀川中流域および大阪平野の一部、北摂山地や生駒山地の山麓の一部、大和川の中流域、金剛山地や和泉山脈の一部、大阪湾南部に面した低地や泉南台地の一部などです。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を見てみましょう。

維管束植物(木本・草本・シダ)の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、淀川中流域や大阪平野の一部、北摂山地の山腹や山麓の一部、生駒山地の一部、大和川の中流域、金剛山地の一部、和泉山脈の山腹から山麓にかけて、泉南台地の一部などです。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、北摂山地の山腹や山麓の一部、淀川流域や大阪平野の一部、生駒山地の一部、金剛山地から和泉山脈にかけての山腹や山麓、大阪湾南部に面した低地や河川下流域の一部などです。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、大阪湾沿岸の低地、淀川流域や大阪平野の一部、大和川および石川の流域、金剛山地の一部などです。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、淀川流域や大阪平野の一部、和泉山脈、生駒山地や金剛山地の一部、大阪湾南部に面した低地や河川下流域の一部などです。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、北摂山地の山腹や山麓、淀川流域の一部、生駒山地、金剛山地から和泉山脈にかけての山腹や山麓の一部や石川流域などです。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、淀川流域と大和川水系の中流域、および、大阪湾南部に面した河川水系などです。

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大阪府レッドデータブック(RDB)事業の検証

生物分布データを用いて、大阪府RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数(面積)を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

維管束植物と脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)を見ると、RDBランクが高いほど、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。種の希少性をよく反映したランク付けになっています。ただし、現RDB「指定なし」にも(横軸の右端のランクに)希少種が含まれていることがわかります。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

以上のような分析をもとにして、RDBに追加すべき種やランク付けを検討できるでしょう。

本記事の分析結果の関連論文

久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之, 鈴木 亮, 福島 新, 小澤 宏之, 宮良 工. 2019. 生物多様性地域戦略を空間的保全優先度分析で具現化する: 沖縄県の生物多様性保全利用指針OKINAWA 作成の事例. 日本生態学会誌 69: 239-250.

久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之 生物多様性の保全科学:システム化保全計画の概念と手法の概要. 日本生態学会誌 67: 267-286.

Lehtomäki J., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T., Kubota Y., Moilanen A. (2018) Spatial conservation prioritization for the East Asian islands: A balanced representation of multitaxon biogeography in a protected area network. Diversity and Distributions 25: 414-429.

Kusumoto B., Shiono T., Konoshima M., Yoshimoto A., Tanaka T., Kubota Y. (2017) How well are biodiversity drivers reflected in protected areas? A representativeness assessment of the geohistorical gradients that shaped endemic flora in Japan. Ecological Research 32: 299-311.

Kubota Y., Shiono T., Kusumoto B. (2015) Role of climate and geohistorical factors in driving plant richness patterns and endemicity on the east Asian continental islands. Ecography 38: 639-648.

Kubota Y., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T (2017) Phylogenetic properties of Tertiary relict flora in the East Asian continental islands: imprint of climatic niche conservatism and in situ diversification. Ecography 40: 436-447.




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