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気候変動と生物多様性:温暖化で生物は北上しているのか?

気候変動による温暖化は、生物多様性と生態系サービスの空間パターンを大きく変化させると予想されています。以下の記事で、生物分布の変化を予測した結果を紹介しましたが、あくまで予想です。予想の結果は、分析の仮定の置き方でどうにでも変わりえます。実際には、近年の気候変動に対応して、生物の分布はどれくらい変化しているのでしょうか

そこで、生物分布の記録情報を時系列で分析して、日本の生物の分布変化を検証してみました。

日本に在来分布する維管束植物と脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)の種について、1989年以前の分布データと、1990年以後の分布の北限緯度、中央緯度、南限を特定しました。生物種の分布の北限、中央緯度、南限の変化をまとめた結果が、以下の箱ひげ図です。グラフの横軸には、”北限の変化”、”中央緯度の変化”、”南限の変化”を配列して、それらがどの程度シフトしたか(1989年以前と1990年以後での変化した緯度)を縦軸に表示しています。グラフの中ほどの点線は「緯度変化がゼロ」を意味しているので、箱ひげが点線よりも上の位置していたら、分布が北上したことを示します。

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2010年代の全国の平均気温は、1980年代と比べて1.08度(緯度約120kmの気温差に相当)も上昇しています。東日本の太平洋側では2度以上も上昇しています(緯度にして約230kmの気温差に相当します)。そのような温暖化にも関わらず、哺乳類、爬虫類、両生類、淡水魚類の分布域は、ほぼ変化していません。特に北限は、平均で数十mから3kmほどの変化でした。しかし、個々の種ごとに分布を見ると、北上している種もありました。

例えば、水草や川辺に生育する植物は北上しているようです。また、鳥類は多くの種が分布を北上させていました(”北限の変化”の箱ひげが点線よりも上に位置しています)。鳥類は、平均で北限が0.78度(約85km)北上し、気温の上昇に伴い分布域を変化させている傾向が明らかです。

今回の分析からわかったことは、以下の3つです。

1)気候変動が生物分布に与える影響を定量するのは難しい。2)温暖化による生物分布シフトは、一部の生物種(特に移動能力の高い鳥類)では確実に進行している。3)温暖化の影響を定量するには、より詳細な生物分布データが不可欠。

このような分析をすれば、温暖化の影響をうまく察知(モニタリング)できる生物種をリスト化できます。今回の記事では紹介できませんでしたが、一部の昆虫類(蝶・トンボ類のような移動能力の高い種)も、鳥類と同様に北上する傾向が確認できています。このような北上しつつある生物種をターゲットにして、各地域で気候変動の影響を定量するためのモニタリング手法をプランニングできます。

最後に、今回の分析結果の重要な暗示を、もう一つ指摘しておきます。

植物や脊椎動物の多くが分布をシフトできていないという事実は、移動能力の低い生物種が温暖化の将来的な進行に対応することが困難かもしれない?ということです。実際、飛翔性の無い生物が琉球諸島から本州へ、あるいは本州から北海道に、海峡を越えて分布域をシフトすることは困難です(不可能でしょう)。そうすると、日本のような島国の場合、地域的な固有種(局在分布する希少種)の多くは分散制限のため、温暖化の進行で絶滅する可能性があります。私たちの研究チームは、これを悲観的シナリオと呼んでいます。温暖化に伴う生物多様性の変動予測は、分析対象の生物種(普通種なのか希少種なのか)によって異なり、生物の移動能力をどう仮定するかにも依存します(例えば、以下のHof et al.2018やOhashi et al. 2019)。したがって、今回のような実際の分布域の変化を様々な生物分類群で定量(実測)することが、とても重要なのです






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