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北海道の生物多様性:地域戦略・保全利用を考える

北海道は広大で、数多くの山と河川や湖沼や半島があり、生物にとって様々な生息環境があります。また、津軽海峡による地理的分断や、古気候変動と陸橋形成による大陸との結合で、生物の移入分散の制限と促進が繰り返されてきた地域です。歴史的な地理環境の変化、現生の環境の多様さが、北海道の生物多様性を特徴づけています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まると思いました。このような意図から、日本の地方自治体(47都道府県)の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、北海道の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。特に、北海道は広大なので、生物多様性の特徴を解説するのは大変です。道内各地を詳細に分析した結果、様々な視点(例えば、森林の生態学的管理や野生生物管理などの観点)で分析した結果を、徐々に追記していきたいと思います。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト(保全カードシステム)と連動させて情報提供していきますので、以下サイトもご覧ください。

北海道の生物多様性を特徴づける環境条件

北海道は東アジア島嶼の北部に位置しています。古気候変動に関係した海水面変動のため、サハリンを介した陸橋で大陸と結合していた時期もあります。そのため、大陸から陸橋を経由して移入分散してきた生物も分布しています。実際、津軽海峡を境にして、生物地理学的に異なる生物相と定義されてきました。

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また、北海道には、火山など数多くの山地(大雪山・日高山脈など)、半島(知床半島・根室半島・渡島半島など)、河川(石狩川や十勝川や天塩川や釧路川など)、湖沼(屈斜路湖・摩周湖・支笏湖・洞爺湖など)があります。

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このような地理・地形の複雑さは、生物にとって多様な生息環境を提供しています。歴史的な地理環境の変化、現生の環境の多様さが、現在の北海道の生物多様性の成り立ちに関わっていると考えられます。

それでは、北海道の生物多様性(植物・動物の種数)の特徴を見てみましょう。

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生物多様性の可視化:種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を1kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

北海道の維管束植物(木本・草本・シダ)の種数が潜在的に豊かな地域は、大雪山から日高山脈にかけての山岳地域、知床半島や根室半島を含む道東の低地、道南の山地などです。土地利用などの人為影響によって、植物種数のパターンが複雑になっていることもわかります。例えば、低地の人為活動が活発な地域では、植物種数の豊かな場所がパッチ状に分布しています。

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哺乳類の種数が潜在的に豊かな地域は、大雪山や日高山脈など山地域、知床半島や釧路湿原の周辺などを含む道東の低地、道北など、広域的にパッチ状に分布しています。また、土地改変によって、哺乳類の種数の豊かな地域が小さなパッチ状になっていることがわかります。

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鳥類の種数が潜在的に豊かな地域は、北海道のほぼ全域の沿岸の低地域、十勝川や石狩川などの河川流域です。特に、石狩平野から勇払平野、十勝平野、道東の釧路平野や根室半島など低地域には、鳥類の種多様性が豊かな地域が広がっています。そして、土地改変によって、鳥類の種数の豊かな場所の分布は複雑になっており、パッチ状の分布が顕著になってます。

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爬虫類の種数が潜在的に豊かな地域は内陸部で、例えば、日高山脈の東西の中標高域から低地にかけて、道東や道南などの地域にパッチ状に分布しています。

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両生類の種数が潜在的に豊かな地域は、道南や道央内陸で、例えば、渡島半島(あるいは松前半島)、石狩川流域の低地から上川盆地などにパッチ状に分布しています。そして、土地利用によって、両生類の種数の豊かな地域が分断・縮小して小さなパッチ状になっていることがわかります。

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淡水魚類の種数が潜在的に豊かな地域は、北海道の全域の低地の河川流域です。例えば、石狩平野から勇払平野の流域、道東の釧路湿原や根釧平野、道北の天塩川流域などが、淡水魚類の種数が豊かです。

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北海道の生物多様性の重要性

生物多様性の保全重要地域はどこですか?と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にもいろいろと考える要素があります。

生き物のレア度:希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物(固有な生物種)がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな=希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物:絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。北海道は2001年に「北海道の希少野生生物 北海道レッドデータブック2001」を編纂し、その後も調査検討を継続して改訂を行っています。

生物の機能:人間社会にとっての生物の価値(生態系サービス)

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

しかし、ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、北海道の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、北海道の1km x 1km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア(特に人口密度の高い土地区画)を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか?を探索することができます。

具体的には、北海道を1km x 1kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア(特に人口密度の高い土地区画)を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

北海道の生物多様性の保全重要地域

維管束植物(木本・草本・シダ植物)と脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、北海道の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注)土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

北海道の生物多様性の保全重要地域は、北海道のほぼ全域の沿岸域、石狩平野から勇払平野にかけての低地、石狩川の流域の一部、道北の天塩川流域などの低地と利尻や礼文島、大雪山や日高山脈などの山岳地域の一部、知床半島やオホーツク海沿岸の低地、および根室半島や釧路周辺の低地などです。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を分析してみました。

維管束植物(木本・草本・シダ)の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、大雪山から日高山脈にかけての山岳地域、知床半島や根室半島を含む道東の低地の一部、道北の沿岸低地や利尻島と礼文島などです。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、大雪山や日高山脈、知床半島や根室半島や釧路湿原の周辺、道北の低地の一部や天塩川の下流域、石狩平野から勇払平野にかけての低地などに、パッチ状に分布しています。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、北海道のほぼ全域の沿岸の低地域、石狩平野から勇払平野にかけての低地、石狩川流域、天塩川流域、十勝川流域、道東の釧路平野や根室半島など低地域です。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、道北の天塩川流域などを含む低地、石狩平野や勇払平野、北海道の沿岸低地の一部などです。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、石狩川流域の低地から増毛山地にかけて、勇払平野の一部、道東の釧路平野などの低地の一部など、北海道全域にパッチ状に分布しています。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、北海道の全域の低地の河川流域です。特に、石狩平野を流れる石狩川の流域、勇払平野を流れる千歳川の流域、道東の釧路湿原と釧路川の流域、道北の天塩川流域などです。

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北海道レッドデータブック(RDB)事業の検証

生物分布データを用いて、北海道RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数(面積)を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

維管束植物と脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)を見ると、RDBランクが高いほど(横軸のランク)、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。種の希少性を比較的よく反映したランク付けになっています。ただし、現RDBに含まれていない「指定なし」にも分布面積の小さいな希少種が数多く含まれていることがわかります。またRDBランク間の希少性の違いが必ずしも明確でなく、希少性評価に歪みがあることも推察されます。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)、絶滅の恐れのある地域個体群(LP) 。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)、絶滅の恐れのある地域個体群(LP) 。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)、絶滅の恐れのある地域個体群(LP) 。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)、絶滅の恐れのある地域個体群(LP) 。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)、絶滅の恐れのある地域個体群(LP) 。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)、絶滅の恐れのある地域個体群(LP) 。

以上のような分析をもとにして、RDBに追加すべき種やランク付けを検討できるでしょう。

本記事の分析結果の関連論文

久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之, 鈴木 亮, 福島 新, 小澤 宏之, 宮良 工. 2019. 生物多様性地域戦略を空間的保全優先度分析で具現化する: 沖縄県の生物多様性保全利用指針OKINAWA 作成の事例. 日本生態学会誌 69: 239-250.

久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之 生物多様性の保全科学:システム化保全計画の概念と手法の概要. 日本生態学会誌 67: 267-286.

Lehtomäki J., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T., Kubota Y., Moilanen A. (2018) Spatial conservation prioritization for the East Asian islands: A balanced representation of multitaxon biogeography in a protected area network. Diversity and Distributions 25: 414-429.

Kusumoto B., Shiono T., Konoshima M., Yoshimoto A., Tanaka T., Kubota Y. (2017) How well are biodiversity drivers reflected in protected areas? A representativeness assessment of the geohistorical gradients that shaped endemic flora in Japan. Ecological Research 32: 299-311.

Kubota Y., Shiono T., Kusumoto B. (2015) Role of climate and geohistorical factors in driving plant richness patterns and endemicity on the east Asian continental islands. Ecography 38: 639-648.

Kubota Y., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T (2017) Phylogenetic properties of Tertiary relict flora in the East Asian continental islands: imprint of climatic niche conservatism and in situ diversification. Ecography 40: 436-447.




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