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奄美・徳之島・沖縄島北部・西表島が世界自然遺産へ:登録までを振り返る

奄美大島・徳之島・沖縄島北部・西表島が、世界自然遺産に登録されます。私も科学委員会などを通して10年ほど関わってきたので、感無量です。

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さて、IUCNの評価結果によると、奄美大島・徳之島・沖縄島北部・西表島の世界遺産候補地域は「生物多様性」の観点から「国際的にも希少な固有種に代表される生物多様性保全上重要な地域である」とのこと。

同時に、IUCNは以下の点について対応を要請しています。

a)特に西表島について、観光客の収容能力と影響に関する評価が実施され、観光管理計画に統合されるまでは、観光客の上限を設けるか、減少させるための措置を要請する。
b)希少種(特にアマミノクロウサギ、イリオモテヤマネコ、ヤンバルクイナ)の交通事故死を減少させるための交通管理の取組の効果を検証し、必要な場合には強化するよう要請する。
c)可能な場合には、自然再生のアプローチを採用するための包括的な河川再生戦略を策定するよう要請する。
d)緩衝地帯における森林伐採について適切に管理するとともに、あらゆる伐採を厳に緩衝地帯の中にとどめるよう要請する。

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つまり、遺産登録で終わりでなく、今後は、遺産地域と緩衝地帯の適切な管理が課題になり、これからが始まりということです。

世界遺産の生物多様性保全上の意義

この記事では、奄美大島・徳之島・沖縄島北部・西表島を世界遺産に登録する活動を振り返り、その意義を生物多様性保全の観点から解説します。

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奄美群島以南の保護区ネットワーク強化:法的な実効性

以下の地図は、2003年時点と2020年の、奄美群島以南の自然公園の分布を示しています。ここで言う自然公園とは、都道府県自然公園、国定公園、国立公園です。また、自然公園の内部は、土地利用が厳しく規制されているエリアから、土地利用があまり規制されていないエリアまで、様々な地種に区分(ゾーニング)されています。土地利用が最も厳しく規制されている特別保護地区、すなわち、保全の法的実効性が高いエリアは、赤色で示されています。

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この地域が世界自然遺産の候補になった2003年当時(右側の地図)、自然公園のエリアがとても少ないことがわかります。特に、奄美大島・徳之島・沖縄島北部(ヤンバル)には、2003年当時、自然公園はほとんどありませんでしたが、2020年までに自然公園が新設・拡大されたことが、左側の地図で確認できます。

これに、世界遺産地域を重ねたのが、以下の地図です。

自然公園の核心的エリア(特別保護地区と第1種特別地域)に世界遺産地域が分布していることがわかります。

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次に、奄美群島以南の鹿児島県と、沖縄県の陸地面積に占める、自然公園の面積割合(%)の年変化を見てみましょう。自然公園の面積割合は、1980年代前半までに10%に達した後、1980 年代から2000年代まで、ほとんど増加しませんでした。2003年時点の自然公園の面積割合は10.8%です。しかし、2003年以後、自然公園は急激に増加し、面積割合は現在の33.3%に達しました。

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世界遺産は、その価値を将来にわたって維持するために、該当エリアが厳に保全されることが要求されます。したがって、世界遺産登録の際、候補地の保全を担保する法律や制度が前提条件になります

自然公園面積の時系列グラフから、世界自然遺産に登録する前段階の措置として、奄美大島・徳之島・沖縄島北部・西表島に自然公園を新設あるいは拡大して、これらの地域の保全を法制度的に担保していった過程がわかります

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奄美群島以南の”かけがえのなさ”:保全の科学的根拠

さらに、世界自然遺産の登録には、該当エリアの科学的価値が最重要な要件になります。J-BMPの生物多様性ビッグデータを用いた空間的保全優先地域の順位付け分析(spatial conservation prioritization )で、奄美大島・徳之島・沖縄島北部・西表島の遺産候補地の生物多様性保全の重要度を見てみましょう。

「生物絶滅リスクを最小化して生物種数を保つ」ことを目標にしたアルゴリズムを用いて、日本全国37万9037個の1 x 1kmメッシュをそれぞれ評価し、優先度1位から37万9037位までランキングしました。すると、以下のグラフで示したように、奄美大島・徳之島・沖縄島北部・西表島の世界遺産地域の保全優先度スコアは、トップランクです。参考情報として、知床・白神山地・屋久島・小笠原など、その他の世界自然遺産の保全優先度スコアも、比較として示しました。

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日本は世界の生物多様性ホットスポットの1つとして知られています。ですので、奄美大島・徳之島・沖縄島北部・西表島の世界遺産地域は、”世界のホットスポットの中のホットスポット”であり、生物絶滅を抑止し、生物多様性を保全する観点から代替不可能な”かけがえのない地域”と言えます。

世界遺産登録をレバレッジにして得られた保全実効性

それでは、世界遺産登録の目標をテコ(レバレッジ)にして、保護区ネットワークを拡大した保全上の効果を見てみましょう。自然公園は、森林伐採のような開発行為を法的に規制するため、生物の生息場所を保全するのに役立ちます。

生物多様性ビッグデータを用いると、自然公園の増加で生物の生息場所が確保されたことで、生物絶滅をどれくらい抑止できるのか、つまり、自然公園の生物多様性保全効果の実効性を見積もることができます。

そこで、2006年と2017年時点の自然公園の分布に基づいて、維管束植物と脊椎動物の相対絶滅リスクの緩和量を計算してみました。

2006年から2017年にかけて、新たな自然公園は奄美群島以南に設置(あるいは拡大)され、全体として0.45%しか増加していません。しかし、維管束植物や脊椎動物の相対絶滅リスクを平均6.70%も減少させる効果があります。費用対効果的にリターンの大きな措置だったことがわかり、日本の生物多様性を効果的に保全することに、奄美以南の自然公園が機能しうることが明らかです。

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以上の分析から、奄美大島・徳之島・沖縄島北部・西表島は、生物多様性を保全する上で”かけがえのない地域”でありながら、2000年代までは保護区ネットワークで十分カバーされることなく、2003年以降の世界遺産登録を目指す過程で、保全の実効性が整えられてきたことが理解できます。

最後に・・・

奄美群島以南の地域は、戦後史に関係した社会経済的な地域特性があります。森林伐採、林道開発、複雑な土地利用形態、あるいは米軍基地の問題などがあり、世界遺産登録は容易ではありませんでした。

一方で、この地域の生物多様性の科学的価値は高く評価され、奄美群島国立公園の指定、ヤンバル国立公園の指定、西表島全域の国立公園拡張など、戦略的に保全措置を強化することができました。

奄美群島以南の地域だから世界遺産登録の難易度は高かったけれど、地域固有のかけがえのない生物多様性があったからこそ世界遺産登録に至った、と言えます。

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冒頭のIUCNから示された宿題を見たらわかるように、遺産登録で終わりでなく、これからが始まりです。森林管理、外来種管理、ノネコ問題、オーバーユースなど地域的あるいは個別的な課題、そして温暖化に関係した台風強大化と森林破壊のような気候変動リスクなど、いくつもの課題があります。

奄美大島・徳之島・沖縄島北部・西表島のかけがえのない地域を、自然公園として適切に保全利用し、世界自然遺産という観点で、その価値を未来へ継承していきたいですね。

参考文献

久保田康裕 ・塩野貴之 ・藤井新次郎 ・楠本聞太郎(2017)琉球諸島の生物多様性の固有性の解明とその保全に関する統合的研究(自然保護助成基金成果報告書 vol. 25).

久保田康裕(2017)琉球諸島の生物多様性保全と森林管理:システム化保全計画と森林施業スキーム. 日本森林学会大会発表データベース 128(0), 721.

楠本 聞太郎・南木 大祐・久保田 康裕(2019)外来種駆除の生物多様性保全効果:保全優先地域と脅威動態の関係. 統計数理 第67巻 第1号 39–50.

Lehtomäki J., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T., Kubota Y., Moilanen A. (2018) Spatial conservation prioritization for the East Asian islands: A balanced representation of multitaxon biogeography in a protected area network. Diversity and Distributions 25: 414-429.




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