静岡の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える

2020年4月28日 09:02

富士山と南アルプス、大井川や富士川に天竜川、駿河湾に浜名湖、そして太平洋。東西南北にかけての標高と気候の環境勾配が、静岡の生物多様性を特徴づけています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まると思いました。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、静岡の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供していきます。

生物多様性の様々な地図情報（レイヤー）を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。

静岡県の生物多様性を特徴づける環境条件

静岡県は広大な県で、北東部に富士山があり、その南には伊豆半島が太平洋に向かって突き出しています。そして、伊豆半島と県央南端の御前崎の間には、駿河湾が広がっています。

県北部の長野県境あるいは山梨県境から、赤石山脈（南アルプス）の山々、間ノ岳（3189m）、荒川岳（3141m）、赤石岳（3121m）、聖岳（3013m）が連なっています。

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間ノ岳に源をもつ大井川は、南アルプスの東側の山麓を流れて、大井川平野や志太平野をぬけて駿河湾に注いでいます。また、大井川西部には菊川が流れています。大井川下流と菊川の間には、牧之原台地があります。

大井川の東には、山梨県境から南アルプスの南端に位置する身延山地が連なっています。静岡県北部の山梨県境からは安倍川が発し、身延山地の東山麓を流れて、静岡平野にいたり駿河湾に注いでいます。

また、南アルプス北部からは、富士川が流れでて、富士山西部の天子山地の山麓をぬけて、稲子川や芝川と合流して、駿河湾に注いでいます。

富士山の南のすそ野（富士川と伊豆半島のつけ根の間）には、火山の愛鷹山（1504m）があります。

また、伊豆半島の中央部には、天城山の山々、万三郎岳（1406m）や万二郎岳（1299m）などが連なり、狩野川が流れでて駿河湾に注いでいます。

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静岡県西部には、天竜川が南アルプス（赤石山脈）の南端をぬけて流れ、浜松平野にいたり、太平洋に注いでいます。

浜松平野の西部には、天竜川の扇状地だった三方原台地があり、都田川が流れて河口域には汽水の浜名湖や佐鳴湖があります。天竜川の東部には太田川が流れています。

静岡県は黒潮の流れる太平洋に面しているため比較的温暖な気候ですが、南から北にかけて、山地から平野にいたる標高勾配があるため、気温や降水量が県内でも大きく異なります（山地では年間降水量が3000mmの地域もあります）。このような環境の地理的な勾配が、静岡の生物多様性を特徴づけています。

それでは、静岡の生物多様性（植物・動物の種数）の地図を見てみましょう。

生物多様性の可視化：種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種数が豊かな地域は、富士山麓や愛鷹山の周辺、伊豆半島の天城山や狩野川流域、南アルプスの山地の一部、富士川や安倍川の流域、大井川や天竜川の中流域などです。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな地域は、富士山麓の周辺、南アルプスや身延山地、安倍川や大井川や天竜川の上中流域、伊豆半島の天城山の一部などです。

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鳥類の種数が豊かな地域は、駿河湾沿岸の静岡平野、安倍川や大井川の下流域および、大井川平野や志太平野、天竜川下流域の浜松平野や浜名湖の周辺、太田川や菊川の下流域などです。

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爬虫類の種数が豊かな地域は、太平洋沿岸や駿河湾沿岸の低地で、浜名湖周辺や天竜川の下流域の浜松平野から太田川や菊川の下流域にかけて、大井川平野や安倍川の下流域、伊豆半島の狩野川流域などです。

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両生類の種数が豊かな地域は、箱根の西山麓や伊豆半島のつけ根から天城山にかけて、富士川や安倍川の流域および身延山地の山腹の一部などです。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、駿河湾沿岸の静岡平野、安倍川や大井川の下流域および、伊豆半島の狩野川流域、大井川流域、天竜川流域や都田川流域と浜名湖、太田川や菊川の流域などです。

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生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考えるポイントがあります。

生き物のレア度：希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物：絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。静岡県は2004年に静岡県レッドデータブックを編纂して、その後も生物分類群ごとにレッドリスト種を検討を行い、2020年に「まもりたい静岡県の野生生物―静岡県レッドデータブック―＜植物・菌類編＞＜動物編＞」を改訂発表しています。

生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、静岡県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、静岡県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。

具体的には、静岡県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

静岡県の生物多様性の保全重要地域

維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、なおかつ、土地区画の社会経済的価値も組み込んで、静岡県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

静岡県の生物多様性の保全重要地域は、南アルプスや身延山地、富士山麓、安倍川や富士川の流域に一部、大井川や天竜川の流域の一部、駿河湾沿岸の一部などです。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を見てみましょう。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、南アルプスの山嶺および山腹の一部、富士山麓や愛鷹山の周辺、伊豆半島の天城山の一部、富士川や安倍川の流域の一部、大井川や天竜川の中流域の一部などです。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、南アルプスおよび身延山地、富士山周辺、安倍川や大井川や天竜川の上中流域、伊豆半島の天城山の一部などです。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、駿河湾沿岸の静岡平野、安倍川や大井川の下流域の大井川平野や志太平野、天竜川下流域の浜松平野や浜名湖の周辺、太田川や菊川の下流域などです。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、太平洋沿岸や駿河湾沿岸の低地で、天竜川の下流域の浜松平野から太田川や菊川の下流域にかけて、大井川平野や安倍川の下流域、伊豆半島の狩野川流域などです。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、南アルプス南部の山腹や身延山地の山腹、安倍川や大井川や天竜川の中上流域、箱根の西山麓、伊豆半島の天城山周辺などです

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、天竜川流域や都田川流域と浜名湖、太田川や菊川の流域、大井川や安倍川の下流域、駿河湾沿岸の静岡平野の水系、および、伊豆半島の狩野川流域などです。

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静岡県レッドデータブック（RDB）事業の検証

生物分布データを用いて、静岡県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

維管束植物と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を見ると、RDBランクが高いほど（横軸の左のランク、絶滅危惧ⅠA類　CR、絶滅危惧ⅠB類　EN、絶滅危惧Ⅱ類　VU、準絶滅危惧　NT）、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。種の希少性を、とてもよく反映したランク付けになっています。ただし、現RDB「その他」や「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）希少種が含まれていることがわかります。

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