宇宙

誕生日

「"私にとって宇宙は〇〇だ"、この〇〇に何を入れるかがあなたの人生だと、私は思います。」
タクシーはちょうど首都高速を新宿出口で降りたところだった。仕事をしていたら終電がなくなり表参道のオフィスからタクシーで帰っている。週のうち半分くらいはこんな風だ。
タクシーのラジオからは宇宙飛行士が4回連続"宇宙"をテーマに話す特番の最終回が流れている。
くぐもった声の奥からビリビリという音が聞こえてくる。多分AM波の番組だ。

番組はBGMも何もなくただビリビリという音の中に宇宙飛行士の喋りなれていない声だけが乗っかっている。本当に宇宙から放送してるみたいだな、と思う。

宇宙なんて、とわたしは思う。毎日の仕事など様々な雑踏の中にかき消されていく日常で私は宇宙について考えたことなどあっただろうか。

今日は私の28回目の誕生日だということさえ忙しい中に紛れてすっかり忘れてしまっていた。Facebookのタイムライン上のキラキラとした装飾と「今日は松永エリカさんの28回目の誕生日です!おめでとうございます!」というメッセージで私は私のバースデーを思い出したのだった。

お祝いの言葉はFacebookのポップアップ通知で気付いた取引先やしばらくあってない友人数名がお誕生日おめでとうとメッセージをくれた。そんな社交辞令のやり取りが私の誕生日を心から喜んでくれている人なんてどこにもいないだろうなと思わせて普段は気付かないようにしていた孤独感がどっと押し寄せる。いつから誕生日はみんなに囲まれる日ではなく、1年で1番孤独に直面する日になったのだろう。

宇宙か、とさっきの宇宙飛行士の言葉をもう一度思う。宇宙。一人。宇宙。一人。今、身にしみた言葉が頭でぐるぐるする。私は宇宙でも1人だろうか。タクシーはちょうど初台に差し掛かったところだった。宇宙まで行く勇気があれば私は一人じゃなくなるのではないかとふと思った。ふと思い立ってタクシーの運転手にお願いする。

「あの!今日の打ち合わせ先に忘れ物をしてきてしまったみたいでここから戻って青山霊園の方に向かって欲しいです。ここまで来たのにごめんなさい。」
口からでまかせだった。宇宙に一番近い場所で思い出されるのがなんとなく青山霊園だった。

「は、はあ。」
「お願いします。コースは、おまかせします。」
タクシーはちょうど甲州街道を走っているところだったので、どこかで曲がれば簡単青山霊園まで行けるはずだ。

20分くらいで青山にはついた。私はタクシーを外苑西通り沿いで降りる。246と外苑西通りの交差点を西麻布の方に少しすぎると青山霊園への階段が現れる。タクシーから外に出ると、夕立の影響か蒸し蒸し暑い。じんわり額に汗をかきながら青山霊園への階段を上る。ひとつひとつ私の日常について思いながら登る。
登り終えるとそこには港区で一番暗いであろう場所が現れる。真っ暗。地面からにょきにょきと出ている墓石がクレーターのように見える。一度新人時代に会社のお花見の幹事になった時に下見に来たことがある。同期皆で肝試し気分で楽しかった。あの時は同期もたくさんいて、まだ孤独を感じることは少なかった。みんな結婚したり、転職したりで散り散りになってしまった。そんな事を思いながら、しばらく霊園をブラブラする。やっぱりここは宇宙みたいだな、と思った。私にとって、宇宙は青山霊園だ。職場は表参道。こんな近くに宇宙みたいな場所がある。

そういえば、こんな風に表参道の夜をゆっくり過ごしたことはあっただろうか。仕事と職場の往復だけで、毎日自分をかえりみることなんてしようとしなかったと思う。そんなこと思って今日どこか孤独を感じさせる周りを攻めた私だが、孤独という言葉は無責任だと思った。孤独を選び続けたのは私ではないだろうか。忙しさを言い訳に誰とも交ろうとしなかったのは私ではないだろうか。

こんな近くにある場所にも気づきもしなかった。

私にとって宇宙とはまだ見ぬ日常だと思う。まだ見ぬ日常、私が普段気づきもしなかった場所、人、物。

昨日私は28歳になった。久しぶりに今日はこの辺のバーで飲んで帰ろうと思う。28歳の私は、孤独という地球とさよならして、まだ見ぬ日常に足を踏み入れるのだ。

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