見出し画像

001.官能小説と一般小説を書き出しだけで見分ける力を養うnote

こんにちは。

ここは、古今東西の様々な小説の一行目だけを読んで、それが一般小説なのか、或いは官能小説なのかを見分ける力を養うための場所です。
以下に示す4択の文章はいずれも、実在の小説の書き出しを引用したものです。
ひとつだけ隠された官能小説の書き出しを見極める訓練をすることで、あなたも官能小説とそれ以外の小説とを書き出しだけで判別することができるようになるかもしれません。


<Room.001>

次のうち、官能小説の書き出しを1つ選べ。

A.駅のホームに降りると、冷たい空気が頰を撫でた。

B.八月、ひどく暑いさかりに、この西松原住宅地に引越した。

C.真っ直ぐに伸びた銃身の鈍い輝きに、長峰は心の奥底が疼くのを感じた。

D.生活の匂いを残したまま、出て行かなくてはならない。





<Room.001>解答


A.『熟れどき同窓会』/葉月奏太

B.『海と毒薬』/遠藤周作

C. 『さまよう刃』/東野圭吾

D. 『ロードムービー』/辻村深月





解説


A.駅のホームに”いつ”降り立ったと読むかによって、「冷たい空気」の捉え方も大きく変わってくるだろう。「頬」「撫でた」の頻出語句から、人物像を如何に類推できるかが解答の鍵となる。同様の場面で「髪」も重要語句として押さえておきたい。B.「ひどく暑いさかり」、「住宅地に引越し」はいかにも淫靡な雰囲気をたたえた表現とも思われがちだが、まずは他の選択肢と慎重に比較検討するべきだ。もしこれが住宅地ではなく「団地に」であったならば、一躍本命に躍り出るだろう。C.日本語のメタファー、もとい日本語話者の想像力の豊穣さが証明される設問であろう。これを誤って選択した者は、ある意味では正解者と言っても過言ではあるまい。「真っ直ぐに伸びた銃身」の「心の奥底が疼く」感覚を知らない者は<童貞>に違いないからだ。D.「生活の匂い」とは恐れ入った。この常人には到底書き得ない表現は、しかし何故か「わかる」と思わせるところがある。変哲もない生活臭も、どこか艶かしく感じてしまうのが生物としての本性かもしれない。「出て行(く)」という動詞ではなく、”〜匂いがした”というような筆運びであったなら或いは。


※おことわり
以上は、あくまでも私的な言葉遊びであり、原作者、作品を貶める意図はありません。

「(前略)官能小説は性欲をかきたてるためのものではなく、もっと感性の深くにある淫心を燃えたたせるものです。(後略)」 

永田守弘 『官能小説用語表現辞典』ちくま文庫


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?