「彼女は頭が悪いから」読了感想と考察。

この本を読んだきっかけ

 自分自身が私大から東大にロンダしており、東京大学大学院修士卒の肩書の重さをヒシヒシと感じている。良く言えば大きな期待を抱かれる、一方で踏み間違えれば傲慢で期待外れとレッテルを貼られてしまう。
人と話すと東大という肩書きに対して自分が思っていることと世間が思っていることに違いはあるなと感じることが増えてきて、自分は無意識でも相手に「このひと私の事バカにしてきている」と悪印象を与えてしまいかねないし、できればそれは避けたい。
やはり相手の立場に立って考えるためにはどのような色眼鏡で見られているかを知るのは大事だと思いこの本を他山の石として手に取った。


話の簡単なあらすじ

感想と考察の前に簡単なあらすじ。(ネタバレ有)

◆人物
*美咲:水谷女子大学。野草研究会に所属。温厚な家庭で育ち、おっとりしていて自分にあまり自信がない。プラトニックな恋愛をしていたが過去に彼氏を寝取られた辛い経験を持つ。

*つばさ:東大生。プライド高くて自分に自信あり。
高校から大学2年までパドルテニス部に所属。東大に入学してからモテ期が到来して過去のマネジャーとやりまくる。
その後知り合い繋がりから六本木でつばさは後の加害者となる東大生たち、和久田、國枝、譲治、エノキと出会う。その後仲良くなり譲治の提案によって『星座研究会』という名のヤリサーを設立。

◆ストーリー
美咲とつばさが初めて出会うのは野外のオクトーバーフェスト。
美咲は所属している野草研究会の飲み会として7人で来たが美咲以外のメンバーは全員カップルになっていた事をここで知る。余り者になり、ヤケになっている美咲の隣でたまたまつばさが飲んでいて、ちょっと良い雰囲気になりオクフェスを抜け出しお持ち帰りされ処女喪失。

美咲はつばさと恋人の関係だと思っているがつばさはそうは思わず曖昧な感じになっている。後日、祖母の紹介でつばさは摩耶という美人を紹介され心が移り、美咲はセフレに降格する。

つばさ、和久田、國枝、譲治の4人の飲み会に美咲がつばさから誘われる。
つばさは盛り上げ役として誘ったが美咲は自分の気持ちを伝えてこれを最後にしたいという思いで参加。美咲が登場すると和久田、國枝、譲治に品定めされ、「デブでブスなネタ枠」と評価されつばさのプライドは傷つき、美咲との関係を隠すのに必死。美咲も盛り上げ役として執拗に酒を飲まされる。優香というOLも途中から参加。

つばさに幻滅した美咲は帰ろうとするが二次会をやるエノキの家に無理やり連れていかれる。優香も来たが胸の小ささをバカにされ怒り、美咲に一緒に帰るかと聞いたがなにも言わない美咲をおいて帰る。そこからは実際の事件の通り、残った美咲は譲治に卑劣な強制わいせつを受けることになる。

 

感想

読んでて気持ちが暗くなる本だった。もう悪いこと企んでる東大生も最悪だし、それにひっかかる女子大生も救いようが無いし、読んだ後「はぁ…」となってしまった。
東大という肩書を前面に出してヤらせろって最低だし女性を娯楽品として見ている神経が理解できなかった。女性は高学歴な男を欲しくてたまらないって勘違い甚だしいわ!こういう自分の要領のよさ、世の中の仕組みをわかってる気になっている「頭のいい」男子学生たちの描写が気持ち悪い。しかも逮捕さるきっかけはレイプ現行犯ではなく侮辱して遊んでたからというのが猥褻よりも残酷。お前なんかセックスする価値もないって言われて肛門に割りばしいれられて遊ばれた女子大の気持ちといったら。。。これはもう計画的で悪質な犯行ですわ。
他の登場人物もモテる人間の上から目線が生々しくて汚い部分がでてて良かった。女子でもかわいいと私の事好きでしょ、デートしてやってもいいわ、みたいな。
唯一、須田秀はいいやつ。女子マネとやって責任を感じて美咲ちゃんと別れたところも、東大事件も偏った情報を鵜呑みにするだけでなく被害者の気持ちをも唯一考えられている良いやつだった。こいつ良いやつ。

考察

「彼女は頭が悪いから」というタイトルについて

悪口を言うときは自身のコンプレックスの裏返しだと思う。
相手をブスと蔑む人は自身のルックスにコンプレックスを抱えていて、相手をバカだという人は自分が低能だと思われたくないから。
「彼女は頭が悪いから」は「俺は頭悪くないからな」の裏返しという事なのではないかと思った。タイトルを東大○○事件とかではなく、このタイルにすることで表紙からこの事件に関わった東大生の傲慢さが滲み出ていて胸糞が悪い印象を受けた。タイトルからも「東大生」だからこの事件になったことがわかる。


どうしてこんなことになってしまったのか

僕はこの小説を読んで東大生5人はもちろん悪いが被害者の美咲ちゃんも悪いと思わざるを得ないところがあったと思う。お互い「頭が悪い」から逮捕事件に発展してしまったという感想をもった。ではなぜこんなことになってしまったのか?
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/ || ̄ ̄|| ∧_∧
|.....||__|| (     )  どうしてこうなった・・・
| ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
|    | ( ./     /

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/ || ̄ ̄|| ∧_∧
|.....||__|| ( ^ω^ )  どうしてこうなった!?
| ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
|    | ( ./     /
 
この事件の根本的原因はどちらも所属しているコミュニティが狭すぎたことにあると思う。人は何を重要視して、価値観の優先順位を決めるかは所属しているコミュニティに左右されると思っている。体育会系サークルに所属していれば筋肉量でヒエラルキーは決まり、音楽系サークルに所属していれば楽器の上手さがそのコミュニティ内の優劣を決める。つまりどんなに筋肉がムキムキでも音楽系に人には無価値であり、絶対音感を持っていたところでバスケをする人にとっては使えないプレイヤーなのである。
今回の事件に関わっている人たちはみな「偏差値」という物差ししか持っていないために視野が狭くなり、いわば村社会のようになってしまったのではないだろうか?
東大生5人は自分の出身大学を言えば「すごーい!」と即答しパンツを下す女としか関わっていないし、そうしてくれる人がいるところに自ら進んで行った。学歴が通用しないコミュニティに身を置いていたら価値観が広がりここまで傲慢にならなかっただろうな、と。けれどエノキ、和久田、國枝、譲治の4人は星座研究会に所属する前にダンスサークル・ダージリンに所属していたもののダンスは評価されず、またサークルの異性トラブルをおこしプライドの高さから追放されてしまっている。ここで謙虚に学歴がすべてではないと思えれば良かったものの、自分には非の打ち所がないと信じ切ってしまっているから自分が王様になれる出会い系インカレサークルを作ってしまい、井の中の蛙となってしまった。
 一方、美咲ちゃんはと言えば、東大生のように一つのコミュニティに縛られること無くパン屋のバイト、野草研究会、家族と様々なコミュニティに所属し普通の女子大生らしく恋愛して、失恋、友達と喧嘩、仲直り、家事の手つだいとこなしてしたのになぜこの事件に絡んでしまったのか?僕が考えるに美咲ちゃんは自分の物差しを形成できなかったからだと思っている。どのコミュニティに所属していても受け身で自分の意思があまりないから、どのコミュニティにいても求められている人物になろうとしてしまった。


“一緒にいると気楽な子。なんでもけらけら笑って話を聞いてくれる子。「そうでない子」は、相手に「思い」「ウザい」と感じさせないようにするのが、分際をわきまえる配慮であることを、美咲は学校生活で体得している” 
引用元:姫野カオルコ(2018)『彼女は頭が悪いから』文春e-book(p.1773) 


美咲ちゃんは自分にとってのYESの物差しが無かったからNOが言えなくなってしまった。自分の物差しを持っていない人は世間の物差しを使ってモノを見る傾向がある、そうすれば自分で考えなくてもある程度の正解になるから。では世間の物差しとは何か、それが偏差値ではないだろうか。みんなが良いと言ってるもの=偏差値を美咲ちゃんも良い事としてしまい、たとえ執拗なセクハラを受けようとも偏差値の高い人(=偉い人)にNOと言えず、心身ボロボロになるまで使われてしまった。このことがトラウマになり最後美咲ちゃんは「偉い人に怒られるから通報しないで!」とまで怯えてしまうようになってしまった。

東大生5人は高学歴は人の情感の機微を考える必要が無いという驕りから、また美咲ちゃんは平和な家庭で育ち自主性になさから、両者ともに自分にとって価値のあるものは何か、自分にとっての幸せはなにかを考えること放棄した「頭の悪い人」になってしまい、この事件を招いたと思った。


モンスター高学歴を生んでしまう環境

物語中に出てくる東大生は5人ともプライドが高く、自分が偉いと信じて疑わない。なぜそのことを疑わず、驕り高く振舞えるのだろうか。それは両親がそう育ててしまったからでないのか。両親が高い学歴を持つことが正義で東大に入ることが世界のすべてであるかのように子供を育ててしまったから、東大に入学した瞬間から子供は世界のすべてを手に入れたと錯覚してしまったのだろう。しかも東大生は裕福な家庭が多く不自由なく生活を送ることができばかりでなく、受験勉強さえして東大に入りさえすればいいと神様のように親が扱っているからではないだろうか。勉強さえしていれば三食用意されて、洗濯物はたたまれて、冷蔵庫には好きな飲み物が用意されている。そして子供はそれが普通であると思い、親のおかげとは気づかない。そして親の方も気づかせる時間や機会を子供に与えなかった。


“そのパラダイス・ママおらばこそ、冷蔵庫を開ければ好きな飲み物があり、(略)、Tシャツの襟ぐりがくたってきたら真新しいそれがチェストの引き出しを開ければ入ってることに、つばさは気づかない。”
引用元:姫野カオルコ(2018)『彼女は頭が悪いから』文春e-book(p.1537)

また東大の恐ろしいところは1位であるゆえに、第一志望で入ってくる人しかいないことだと思う。他の大学であれば東大落ち、京大落ち、早慶落ちなど受験に失敗してそこの大学にいる人が周りにいる。一方、東大はどうだろうか。東大にいる人はある意味成功体験しかしてこなかった人ばかり、受験に失敗した同期のいない環境にいたら自分の功績を信じて疑うことなど微塵もないだろう。
大学に限らずこういう狭い社会と裕福な当たり前が他人の気持ちを考えられなくさせてしまうのだろう。むしろ苦労が無くてあまりにピュアだから己を疑う発想がないのかもしれない。
最後に世間の目線もこの矜持へ加担していると思う。世間の東大卒への期待値はなにかと高いために「なんでもできる頭の良い人」からちょっとしたことで無責任に「そんなこともできない」へ評価の急降下が東大生のプライドの高さと執着を助長させているのではないか?
美咲ちゃんの落ち度の時に少しでたが、世間の価値観にはなにがあるだろうか?一般的にみんなが価値を置くものに僕は学歴、お金、容姿があると思う。今回の事件はこのうちの学歴に絡んだものだからなおたちが悪いものになってしまったとも思っている。


まとめ

僕も東京大学大学院に入ってからプライドが高い人は多いなと感じることは多々あった。でもそれは嫌な意味ではなく、自分の仕事や成果に責任を持っていてかっこいいなと感じた。ただ、たまーに上から目線に感じてしまうこともないこともない、仕方ないけど。ただこの小説に出てくるほど下劣で品の無い東大生も珍しいと思う(笑)から結構脚色して書いている感じが否めない。高学歴はこういう人ばかりではないしほんの一部が悪目立ちしているだけだともわかっている、さすがに高学歴ってだけで女釣れるはないでしょw。けれど東大生がただ偏差値が高いからプライドも高いのではなく家庭環境、両親の引け目、高校のエピソードなどから骨の髄まで東大生としての誇りが浸み込んでいることが感じとれたのは面白かった。人間は権力を手に入れると誇りがはみ出て驕りとなるもんだなと。やはり権力に胡坐をかくのは良くないし、常に他人から学ぶ姿勢を持つことと大切さを東大の院を卒業して一層重く内省するきかっけとなった良い本だった。お金と学歴の格差に絡んで最近見た映画パラサイトとも似ているところが何点かあったと思う。
やはり肩書は過去の栄光なのであり、そこで何をしたかが大事ですな。

にしても胸糞悪い本だった。

[番外編] 個人的に好きだった場面
つばさが那珂いずみと半年だけ付き合っていた時、クリスマス・イブでレストランでのワンシーン。


“「そっか。おれ、無宗教で。那珂さん、カトリックだもんね」
(略)
「『那珂さん』だって、生理のとき中出しするときは、『いずみ、いずみ』って大声出してたくせに」
「やめろよ。こんなとこで。下品だろ」
「下品?用がなくなったらぱっと那珂さんに代わる方が露骨で下品じゃない」“
引用元:姫野カオルコ(2018)『彼女は頭が悪いから』文春e-book(p.2038)

さすがに笑った。

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