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【ミステリ感想】犯人はきみ。~『仮題・中学殺人事件』著者:辻真先

Hello world,はーぼです。
これから、時々、ボクが読んだミステリーの感想などを書いていこうと思います。
その第1弾は、辻真先氏の「仮題・中学殺人事件」です。

山田風太郎の作品は読んで胸が痛い

のっけから何を書いてるんだ?と思われた方、すいません。
推理小説・時代小説・伝奇小説など多岐にわたる活躍をされた山田風太郎は、国民作家・司馬遼太郎とは光と影をなしている、といわれることがあります。

両作家ともに忍者を主人公にした小説で大いに読者を喜ばせた時期があり、『剣豪作家』ならぬ『忍豪作家』と呼ばれたことがあります。

司馬遼太郎氏は幕末・明治の時代をテンポよく、行間で読者の想像を膨らませる伸びやかで明るい作風で、過去の日本にはこんなスゴイ人たちがいたんだよと、ボクたちに教えてくれるかのように英傑・異端児たちを描いています。

山田風太郎もまた、「明治モノ」としていくつもの傑作をかいてますが、どんなに高名な偉人も、欠点のあるひとりの人間にすぎないというシニカルな視線で描かれている気がして、ラストは苦いコーヒーを飲んだ後のような気分になるのです(あくまでも個人の感想です)。

山田風太郎の幕末・明治モノの作品は、ほろ苦く胸が痛くなるのです。
司馬遼太郎の幕末・明治を舞台にした小説には熱中できるけれど、山田風太郎の作品は敬遠しがちになるのです。
これは作品の優劣に関係なく、ボク個人の嗜好の問題なんですが。

辻真先氏のジュブナイルミステリもまた胸が痛い

さてようやく、本題。

辻真先氏の「仮題・中学殺人事件」はボクが中学生になるかならないかの時期に読んだジュブナイル(少年・少女向け)ミステリです。
書店で手に取ったのは単純にタイトルと同じ中学生だったか、もしくはそれに近い年齢だったので親近感を覚えた、その程度の理由のような気がします。

辻真先氏について多くの人が持つイメージは、アニメの脚本家・ミステリー・SF・青春小説家の大御所。
ミステリーの作風はトリッキーにしてユーモアとペーソス…。

ですが、辻真先氏の実質的な(ノベライズを除く)デビュー作品である、1972年に発表されたこの作品はユーモア成分は控え目です。

また、作中作となる2本の短編のアリバイトリックは1972年当時の鉄道マニアでないとわからないものなので、はぁそうですかとしか言いようがなく、密室トリックは決して独創性のあるものではないので、思わず膝を叩いて、してやられた!と快哉を叫ぶものではありませんでした。

しかし、この作品のミソはそこではありません

作中作となる2本の短編ミステリを書いている(という設定の)作家デビュー直前の中学生・桂真佐喜少年が遭遇した、暗く陰惨な事故にまつわる殺人事件。

こちらも密室とアリバイトリックが盛り込まれていますが、この「仮題・中学殺人事件」のミソは、意外な犯人の設定、つまり『この小説を読んでいる読者(つまり、きみ)こそが殺人事件の真犯人だ』という離れ業を成立させていることなんですね。

おまえは何を言っているのだ、と思われる方も多いと思いますが。

作者=犯人(厳密にはちょっと違うけど)というのは、海外でも有名作家の代表作がありますが、読者=犯人、という奇想天外な設定のミステリを、この作品で初めて読みました。

この難題に対するアクロバティックな解決に膝を打てるか、それこじつけだよねと思うかは、本格ミステリの持つ無邪気さにどこまで付き合えるか、といった読者それぞれの個人差になると思います。

そして探偵役をつとめる桂真佐喜少年がすべての謎を解いた後に訪れる、だれも幸せになれない絶望的結末は胸が締め付けられるほど痛いのです。

青春は、痛く、そして、残酷だ

逆転する入れ子細工

救いのないラストの後に続く、エピローグでは三度作中作の登場人物が出てきます。

どうして?と思う間もなく、そこで語られる登場人物たちのセリフで今まで作品の中でリアルだと思われていたことが実はそうではなかったのではないか、むしろ作中作ことが小説の中のリアルではなかったのかという錯覚に襲われます。

明確な答えは作中になく、迷宮の中に取り残されて、物語は幕を下ろします。

事件が起こり、名探偵が謎を解き、犯人が捕まり大団円。
という純然な本格ミステリーから少し道を外れた、メタ的な味わいのある、1972年にこのような作品が少年少女向けに書かれていたという奇跡のような作品でした。

当時の評判がどうであったかはわかりませんが、今も電子書籍で入手できるという事実から見て、今日では、一定の評価を得ているものと思われます。

この後も、辻真先氏は意外な犯人設定のトリッキーで、だけど胸の痛むジュブナイル・ミステリーを発表していくのですが、それはまた別の機会に(機会があるといいなぁ)。

ということで本日はこれまで。Good-bye world,はーぼでした。


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