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竹書房退職エントリその後

ぼくが竹書房を退職して半年が経った。そしてどうなったかというと。

退職エントリをすごくたくさんの人が読んでくれて、皆さん一様に「面白いけど長い」と。確かにあれは長かった。一生懸命読んでくれてありがとうございます。今回も長いので結論だけ欲しい人は最後の方だけ読んでいってください。ただし前半の方が面白いとは思うけれど。

そのなかで何人かの方が野武士たちの会社だったんだね、と感想をくれました。
そうか先輩たちは野武士だったか、なんて思いだしてみると確かになんだかみんなボロボロの着流しを着てたんじゃないか、そんな気にもなってくる。そんなわけないんだけど。

野武士って在野の野だからどこにも所属してないとか、自由にしてるとか、そんな意味でイメージ。そう捉えると確かに先輩たちはそんな人が多かった。

倉庫でイラッとくるおじさんを殴ってやめてったバイトの先輩は自分の感情に対して自由だった。

部長の見てる前でずーっとPCにデフォルトでついてそうなパズルゲームやってて、さすがに見かねたのか「お前それずっとやってるけどそんなに楽しいのか?」と聞かれて「まあまあっすね」と答えてた先輩は社会の暗黙みたいなものに対して自由だった。
まあでもその部長も雑誌の柱を作ってて文字数が足りないなと思った時は語尾を「だよーーーーーん」にして音引の数で調整しろ、本当にどうしようもないときは「だよーーーーーんだよーーーーーん」と2回言えばなんとかなる、ってど新人のぼくに教えてくれた人でなんというか自由の親玉みたいな人だった。

アコムの常連だった先輩がいつものようにその先輩が「預金を下ろす」と認識していた機械で借り入れの手続きをしていたら突然機械から生身の人の声がした「奥にいらしてください」。
奥には有人のカウンターがあって先輩は深刻そうな顔でずっと何かを相談している様子だった。
帰ってきた先輩は僕に対して「他の会社の借金も借り換えでまとめにしたのでもう少し借りれそうだわ」と告げてニヤッとした。最低だけどものすごくキュートでチャーミングだった。この人は資本主義というシステムに対して根本的に自由だった。

ベロベロに酔っ払って行った飲み屋がぼったくりで、でもお金を持ってなかったから結局持ってるだけ払うことで許してもらって、そしたら朝起きてその先輩の記憶には安く飲めたということだけが残っていて、翌日安く飲もうと思ってもう一度同じ店に行ったらぼったくりの店員にめちゃくちゃ呆れられた先輩もいた。この先輩は自由すぎてもう何から自由だったのかよくわからない。いつもお金がなくてマジで奢ってくれなくて年下や部下たちからも平気で奢ってもらうような人だったけど、先輩が辞めるとき逆に今日ぐらいは払ってください、と言って奢ってもらった。あの夜はすごくいい夜だった。

同僚のクレジットカードを盗んで使ってクビになった(と聞いた)先輩がいた。
ずっとゲームしててもろくに怒られない会社でもさすがにクビになることはある。
ぼくはその先輩のことを総括して「泥棒」と呼んでいた。
その泥棒がいなくなってからしばらく後、転職したある後輩が「泥棒が転職先で働いてた!」と報告してきた。
その後輩の転職先は「お寺と神社のための」専門誌編集部だった。
泥棒だって再就職先が必要だから誰一人間違ってるわけじゃないけど、なんかこういろいろな教訓が詰まっている気がしてぼくはこのエピソードが好きだ。
そもそも竹書房からそんな専門誌に移る後輩もだいぶ自由だし、クレカ使われたのを気づかずに払ってた先輩もなかなか自由だし。

ある日、偉い人相手の電話をとった。「山本やけど〇〇さんおるか?」ものすごくしゃがれたおじさんというかお爺さんの声。嫌な予感しかしない口調だけど一応聞き返してみた「どちらの山本さんでしょうか……?」少し溜めた後にお爺さんは答えてくれた「……神戸の山本や」ぼくはできるだけそっと偉い人に電話を取り次いだ。横で聞いていたまた違う大先輩が怪訝そうだったので事情を話すと「おお。それは山口組の殺しの山本だな」と教えてくれた。えらくストレートな通り名だなあ、なんてその時は思った。「殺されなくてよかったなお前w」というのはなかなかにイケてる冗談だな、とも。

そんなヒットマン山本さんと付き合いのあった偉い人はヤクザ実話誌を成功させた功績なのか、後に社長になった。けれどヤクザ以外の本が売れたためしがなかった(とぼくは聞いた。なかでもいちばん売れなかったのは「なめ猫」ブームに乗って出した「なめ豚」の写真集だったらしいんだけど、まあとにかくそういう逸話の多い人だった)ためその人のあだ名はヒットレス〇〇だった。ヒットマンを取材するヒットレス、ヒットレスを社長にする会社、自由がみなぎっている。でもヒットレスさんはヒットレスだから社長としてはうまくいかなかったけれど今では作家としてすごく成功されている。自由と経営は相性が悪いのだ。

社屋のあらゆる場所でタバコが吸えた竹書房も時代の波には抗えず数年前(数年前……)に原則禁煙になった。タバコは指定された喫煙場所に行って吸ってください、そんなお達しにみんなが従ってタバコを吸いに席を外すなか、ぼくに殺しの山本を教えてくれた大先輩がひとりデスクで悠々とタバコをふかしていた。
隣に座っていたぼくはある日さすがに黙っているのもあれかと思い大先輩に「このフロアも会社も禁煙になったんですよ」と教えてあげた。すると大先輩はギリギリ視線が見える濃さのサングラス越しにぼくを見つめてボソッと言った。

「そうだな」

そして美味しそうにタバコをまたふかした。

痺れるくらいかっこいいなこの人は、と思ったけど、そのしばらくあとデスクでは吸わなくなったのでさすがに怒られたんだろうな。自由って難しい。

そんなイカした野武士たちに囲まれて育ったぼくは退職エントリに竹村さんも野武士の一員だったんですね、という声があったことに驚いた。
そんなつもりはまったくなかった。だってぼくは借金もないし人を殴ったりもしないし急に行方をくらませたりヤクザから電話がかかってきたりしない。

けれど確かに茶髪に色眼鏡をかけたピンクの服に短パンで「その額は仕事じゃなくままごとですねまだ」とか他社の人たちと丁々発止していた時期もあった。ぼくも若かったんですごめんなさい。そういえばついこないだも業界の親分的存在の超大物大先輩と飲んでたら「お前は本当に偉そうだな」と言われた。いやもう何年も会った時からずっと言われている。その大先輩はおそらく業界でも屈指に偉そう、いや偉いとされている人で、そんな人から偉そうだと言われるとかぼくはやっぱり自分ではそこまで思ってないけど本当に偉そうなんだろうか。……まあそうなんだろうな。


そうかぼくも野武士の端くれではあったのか。


だから……というわけじゃないけど、いやだからなんだけど、竹書房を辞めてももう少し野武士でいることにした。誰かに仕えることをしない野武士。


マンガ業界は今空前に調子がいい。
売り上げ金額は6000億円を超え、作られている作品数もおそらく歴史上いまがいちばん多いし、日本国外へのマンガ配信や逆にwebtoonなど日本以外で制作されたマンガが作品数もクオリティも売り上げも激増し、全世界規模で盛り上がっている。

取次というシステムをベースに作り上げたマンガ雑誌という強固なマンガ生産システムに制度疲労が来たタイミングでまた違う方向に強力なインターネットベースのビジネスモデルが出来上がったのだからタイミングとしてギリギリではあったけど最高の状態だ。

だからいま、今までマンガとは関わりのなかった人々、企業が次々とマンガに興味を持ってくれて消費者、読者となったりビジネスをしようとしてくれている。

マンガ業界はいま大チャンス。
でも、ぼくにはそんなチャンスなのに新しい考え方ややり方を持ったベンチャーやテクノロジー企業やナショナルクライアントとマンガがうまく噛み合わないようなシーンに出会うことがままあった。

いまこの瞬間が大きなターニングポイント。
マンガに成功やメリットや活力を見出して寄ってきてくれた人たちはそれが本当じゃなかったり、上手くいかなかったりすれば簡単に離れていくだろう。
そうなった時とそうならなかった時の差はとてつもなく大きい。

ぼくはこの世になるべくたくさんの、なるべく幅広いマンガが生み出されて行って欲しいと願っている。だからこのチャンスの少しでも助けになるような、そんな生き方ができればいいなと思った。野武士として。


そんなわけでひとつの会社に属するサラリーマンであることをやめてから半年、ぼくはいま誰にも仕えない自由な野武士として、マンガに関わるビジネスをしているある8つの企業と顧問契約をした。

マンガ制作だったりアプリ運営だったり編集部だったりライツビジネスだったり版元だったり書店だったりするバリエーションに富ませたこの8社は、どの会社もマンガに活力を与え、マンガを次のステージへと進めて行ってくれるだろう会社で、彼らのような存在がマンガ業界の中で成功していくことがこれからのマンガ業界にとって超重要だし、そう思える会社と一緒にやって行けることがまずはとても嬉しい楽しい。そして彼らが「マンガ」にさらなる自由を与えてくれて、マンガ業界がもっともっと大きくなっていく手助けをできればぼくとしてはこの上ないのだ。

たくさんの人が入社を誘ってくれたりしてもくれたんだけど、それは全部断らせてもらうことになって本当に申し訳ないけれど、でもぼくはこれまでも野武士だったらしいし、これからも野武士であることを決めてしまったから。でも誘ってくれた皆さんに本当に感謝しています。

引っ越して心機一転の竹書房も、野武士の心を大事にしていったほうがいいのかどうかはわからないけど、これからも素敵なマンガや本をたくさん生み出していってくれることを楽しみにしているし、そして野武士だった先輩たち、もう誰も竹書房にはいないけれど、皆さんのせい、じゃなくておかげでぼくも野武士の端くれになったことをここにご報告しておきたいと思います。

というわけで今後ともマンガにまつわるあんなところやこんなところで、また皆さん引き続きお会いしましょう。これからもよろしくお願いします。

それでは新しい冒険へ。

行ってきます!

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