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この映画こそが事故物件『アパートメント』(06)

韓国語で「アパート」は日本のマンションのこと。恐ろしいマンションご近所関係が一人の死を招き怨霊を生む…が、リアリティと説得力の欠如、編集が繋がらない等、一言で言って「下手」。監督が中国に都落ちする事態に!

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『友引忌』(00)『ボイス』(02)で成功を収めたKホラー初期の立役者、ホラー専門監督と自他共に認めるアン・ビョンギ。専門家だけあり怖がらせテクは持っており、本作も一応、怖いは怖い。だが映画としては破綻している。

 このnoteでは毎回、あらすじを詳しく再現しようとしているが、今回ばかりは難しい。辻褄が合わなかったり意味が解らなかったりなので。

 本国での評も「酷評の嵐」といった様相。彼のフィルモグラフィの中でも知名度が低い作品だと思うが、それが理由だろう。まさにキャリアの汚点。

 新しい恐怖の映画表現を探究・確立するんだと、いつも抱負を語っていたアン・ビョンギ監督(写真右)だが、公開前にしばしば「それには失敗しました」と早くも認め、弱気になって反省と謝罪の弁を自分から述べてしまうという、潔い人と言うのか、困った人と言うのか…。現場ではくわえタバコのまま俳優に近づき厳しく演技指導したり、怨霊役の女優に生きたゴカイを騙して食べさせて撮影したりしてきたオラオラ系だが、実はメンタル弱い。「下手」、「雑」と言うよりも、気力が続かなかったのかもしれない。

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【前半あらすじ(ネタバレ無し)】
 マンションの一室。TVのニュースが引きこもりの問題を報じている暗い部屋で、女がカッターで自傷行為している。これは死ぬレベル!(引きこもりというキーワードは本作後半で電撃的に再登場するのでご記憶あれ)

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 9:56、断末魔の悲鳴がマンションに響く。ここまでアバンタイトル。

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 主人公はそのマンションで独り暮ししている女性セジンだ。最近ここでは動機不明の自殺が相次いでいる。ある晩、9:56になると決まって向かいの棟の家々の電気がチカチカ点いたり消えたりすることに気づく彼女。

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 仕事帰り、夜遅くなって誰もいない駅で何者かにつけられているセジン。

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 跡を付けてきたのは赤い服の不気味な女だった。

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 この赤い女、ホームに列車が入ってくると突然近づいてきて「…寂しくないですか?」と唐突に話しかけ、セジンの腕を掴むと、一緒に死のうと飛び込み自殺を図る!どうにか振りほどきセジンだけ助かったが女は轢死した。

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 この赤い女で一番恐ろしいのは、なんと物語の本筋とは一切関係無いという点だ!この後も前半は10分に1度ぐらいセジンの前に出没しては怖がらせる。バ〜ンとSEとともに飛び出てきて、そのショッカー・シークェンスに観客も驚く。だがメインのストーリーには全く絡まず、この赤い女の挿話は何一つ解決も回収もされないまま、ほったらかしで途中から忘れ去られる。この先も前半度々登場はするが、意味無いので今後は言及しないこととする。

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 後日。朝のジョギングからセジンがマンションに戻ってきたところで、向かいの棟の住人である車椅子の女性ユヨンから話しかけられる。この女性からも「寂しくない?」と言われて驚くセジン。「寂しい」というキーワード、出すだけ出しておいてこれも映画の中で回収されない。本作はWebホラー漫画原作だが、どうやらその原作のテーマが「マンション住人たちの孤独」で、それへのオマージュとして、何度も「寂しい」と台詞でだけ出しているようだ。やめれ!要らん!! なんか意味あると思うじゃないか!!!

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 ユヨンは両親を事故で亡くし、障害者である彼女を隣近所がサポートしてくれていると語ると、持っていた古びたルービックキューブをなぜかセジンにくれる。そこで、向こうの方からお婆さんに呼ばれ、立ち去るユヨン。

 このお婆さん、食事を作ってくれて「ア〜ンして」とユヨンに食べさせてくれる(動かないのは足だけで手は動かせるのに何故?)。9:56の電気チカチカが気になり向かいの棟を双眼鏡で覗くようになっていたセジンは、この心温まる光景を見て微笑ましく思う(双眼鏡覗き×車椅子の組み合わせはヒッチコックの『裏窓』を思い出させる)。ユヨンは向かいの棟の704号室の住人で、窓辺のロッキングチェアが彼女の定位置だ。

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 だがババア、カーテンを締めるといきなり豹変。ユヨンが「もうお腹いっぱい…」と残そうとすると「私が作ったメシが食えないのかい!」と暴力をふるう。それをその部屋の暗がりから凝視する、何者かの不気味な視線。

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 後日の日中、また双眼鏡で覗きをしているセジンに、ユヨンがスケッチブックにマジックで「会いたい」とメッセージを大書して見せ、外で落ち合い雑談する。ホラー映画で向かい合うマンション住人がこの方法でメッセージをやり取る着想は、コロナ禍の世相を投影したマンション巣篭もりKゾンビ映画『#生きている』(20)に引用されたのではないだろうか。

 セジンは警察に呼び出され、駅の飛び込み自殺事件の捜査が全て終了したと告げられる。呼ばれたついでに、9:56電気チカチカ自殺について警察に相談。昨夜9:56また新たな自殺があったのだ。だが「覗きは犯罪ですよ!」と刑事から情報提供をありがたがられるどこらか厳重注意されてしまう。

 覗きは住人にもバレて、ご近所トラブルに。向かいの棟の女子高生からは迷惑なんでやめてくれと面と向かって注意されるが、セジンはお構いなしに「10時前に電気を消さないで!」と向かいの棟に注意して回ったり、住人専用Web掲示板にその警告を書き込んだりと、奇行に及ぶ。別に自殺した人たちは自分で電気を消したワケではなく、電気が勝手にチカチカした直後に命を絶ってしまったので、ピント外れのお節介だと言わざるをえない。ユヨンの704号室もセジンは訪ねるが「みんながあなたと会うことを心配してる(からもう来ないで)」と冷たく門前払いされる。そのユヨンの家で、物陰から一瞬、もう1人、髪の長い女の頭が現れたのをセジンは目撃する。誰!?

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 セジンが去った部屋で、ユヨンは車椅子に手を縛られ服を剥がれ、24歳男子大学生にレイプされる!何者だこの男子大学生は!? それをまた奥の部屋から見つめる目。セジンが目撃した、ユヨンの家にいるもう1人の女なのか?

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 その夜の9:56、男子大学生はマンション内で赤い服の女(注:電車に飛び込み自殺した赤い女とは無関係の別者)を目撃。貞子と全く同じ関節の外れた動きをするその赤い貞子に襲われて逃げ惑う。聞いていたヘッドフォンが霊現象で最大音量になって半狂乱に(外せば?)。エレベーターで逃げようとして、赤い貞子に空のエレベーターシャフトに突き落とされる。

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 1階で止まっていたそのエレベーターには、“9:56になると居ても立ってもいられず向かいの棟に見回りに行く変な女”と化したセジンがたまたま乗り込んだところで、そこに天井を突き破り、24歳男子大学生の死体が上層階から降ってくる。さすがに警察もこれは尋常ではないと感じ始める。

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 しかしセジンの奇行と覗きもエスカレートし、警察にまた呼び出され厳重注意を喰らう。その帰り道、以前、覗かないでと至極まっとうな苦情を言ってきた女子高生が「警察に呼ばれたのは私のせい。ママにチクったら警察に通報しちゃったの」と謝ってきて、2人は親しくなる。セジンはユヨンから貰ったばかりの、あの古びたルービックキューブを女子高生にあげてしまう。人からの贈り物は大事にしなさいよ。

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 一方、ユヨンの704号室には、今度は新たな女性が来ていて、ユヨンに薬を無理やり飲ませたり注射を打ったりと怪しげな医療行為を行う。飯炊きババア、男子大学生、この女性医療従事者、こいつら何者なんだ!?

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 そしてユヨンが過剰医療を受けさせられている一部始終も、やはりこの家の奥の暗い部屋から何者かが覗いていた。このシーンで、それが赤い貞子だと判明(注:電車に飛び込んだ赤い女とは別者です!)。奥の部屋に隠れて覗きながら、この女、貞子的な関節の外れたカクカクした動きをし続ける。

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 赤い貞子は今度は女子高生の部屋にも出没。女子高生がマンション外廊下に人の気配を感じ、廊下側の自室の窓から覗いてその不気味な姿を目撃してしまい、窓を閉め切り布団を頭から被って震えるが、赤い貞子は室内にテレポートしてきて『呪怨』のように「あ゛あ゛あ゛あ゛」と謎の音まで発する始末。だが、それでこのシーンは何事も無く終了する。女子高生には危害を加えず消えたの?だったら何しに現れた!?

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 その夜、ユヨンに怪しい医療行為を施していた女性が発狂し、薬を自分で口いっぱいに頬張った上で『エクソシスト』のリンダ・ブレア顔になって注射器で旦那に襲いかかり、旦那に注射を奪われ逆に首にぶっ刺されて死ぬ。

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 翌朝の現場検証。女は『リング』の竹内結子や深田恭子のような凄まじい形相で死んでいた。そこで警察は、遺留品としてマンションのどこかの部屋の鍵を発見する。この家の鍵ではない。

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 別の晩、セジンはユヨンにせがまれて、車で夜明けの海までロングドライブに出かける。前回会った時は「みんながあなたと会うことを心配してる(からもう来ないで)」とけんもほろろな応対のユヨンだったが、この日はフレンドリーに会話を交わす。

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 また別の晩(話が細かくあっちゃこっちゃ跳ぶ。ここも下手)。セジンがその夜も覗きをしていると、ユヨンはまた別の新手のおばちゃんに暴力をふるわれていた。今度のおばちゃんは風呂場までユヨンを引きずって行き、水風呂にユヨンを浸けて韓国垢すり手袋で血が出るまで体をこする。

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 急いでセジンが向かいの棟に急行すると、そのおばちゃんがちょうどエレベーターから降りてきたところに鉢合わせる。「彼女に何をしたの!? 全部見てたのよ!」と問い詰めると、おばちゃん慌てた素振りで…そこでブチっと編集が入りおばちゃんの話いったん強制終了。次のカットでセジンはユヨンの704号室に到着した(編集ザツ!)。ノックしても応答が無い。

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 そこでまたおばちゃんの話に戻る。おばちゃんは何故か物凄く怯えて自分の部屋に帰って来た。慌ててロックしチェーンもかけるが、部屋の中にテレポートしてきた赤い貞子に襲われて、風呂場に引きずり込まれる(このシーン、イマジナリー・ラインを無視した切り返しで繋がれてしまっており、映画の一番の初歩すら崩壊してしまっている有り様)。

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 おばちゃん、湯船の中で全身をボキボキに折られて惨殺される。翌朝の警察の現場検証では、前の事件同様、またどこかの家の鍵が発見される。

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 一方、女子高生は、毎晩9:56の記憶が飛んでいることに気づき、自分の部屋にビデオカメラを仕掛けた。ここから『パラノーマル・アクティビティ』っぽい展開に。撮れた映像をセジンと刑事(この頃には刑事もセジンの話を信じるようになっていた)と一緒に見る女子高生。

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 9:56になると映像が乱れ、夢遊病のようにフラフラとベッドに腰掛ける自分の隣に、あの赤い貞子が、『呪怨』に出てきたような黒くうごめく影そっくりに、はっきりと映っているではないか!「あ゛あ゛あ゛あ゛」という伽椰子声まで発して!!

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 そこで刑事のケータイに着信アリ。ようやく警察が手がかりを掴んだ。これまで発見された鍵は全部同じ型のもので、摘みのデザインが全て違っていたのは、それが合鍵屋に作らせた合鍵だからだと判明。刑事は遺留品の鍵が合うかどうかを試して、マンションを一軒一軒しらみ潰しに回る。

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 その結果、704号室、ユヨンの部屋と鍵が合った!時刻はまさに9:56、電気の消えた真っ暗な室内に単身踏み込む刑事!もちろん赤い貞子がそこには待ち構えていて、襲ってくる!意外なことに「アイヤ〜!!!」などと気合一声、包丁を振りかざして斬りかかってくる赤い貞子!だが刑事に背負い投げで一本とられ、呆気なく御用となる。

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 そしてその正体は!なんと!後半、笑劇の、じゃなかった衝撃の展開に!!


解説
 本作は、素朴な絵が持ち味の漫画家カンフルが描いた『アパート』というWeb漫画が原作。「ウェブトゥーン」と呼ばれる、PCやスマホで縦スクロールして読むことに特化したコマ割りの漫画だ。最初の数話は↓から無料で見ることができる(韓国語)。

 この作品は韓国でとても読まれたそうで、カンフルはウェブトゥーンの第一人者という位置付け。ストーリーテリングの上手さが評価されている。

 映画版はこの原作から着想は得たが、内容は全く別物とのこと。監督も9割は違う内容だと言っている。どうも、原作をバラして改造して組み直そうとしたら元に戻せなくなって諦めた、ということのように見受ける…。

 なお、漫画家カンフルのウェブトゥーンは他にも映画化されている。たとえば、光州事件の被害者遺族が全斗煥元大統領邸にカチ込みをかけブチ殺す、という作品『26年』がそれだ。

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 さて、そのバラして元に戻せなくなった男、アン・ビョンギ監督である。以下のインタビューは映画公開数日後にWebに出たものだが、早くも敗北宣言めいてしまっている…。

「シナリオに完全には満足できないまま撮入した。原作を映画的に変換することがとても大変だった。脱稿時もスッキリしていなかったが、すでに制作準備がかなり進んでしまっており、エンディングをどうするかも完全には固まっていないまま撮影に入るしかなかった」
「多くのホラー映画が見せてくれた設定をまた焼き直さなければならないのかと思うと、撮影中は眠れずに悩むことも多かった。これまでのホラー映画作りでも多くの壁にぶつかったが、今回ほど厳しいことはなかった」
「1番大きなプレッシャーがそれ(ホラー専門監督という看板への期待)だ。海外のホラーファンは層が厚いので、正攻法でなくても作家性で歓迎される。しかし韓国では監督の色を出しすぎたら観客にそっぽを向かれる恐れがあるし、出資者も収益を得るため投資している。そうしたことから、新たな挑戦を恐れるようになる」
「日米にはホラー文化の蓄積がある。ホラー小説やホラー漫画も多い。それが韓国には無い。ホラー専門の脚本家もいない。完璧ではないと自覚しつつ私が自分で書くことになるが、私は脚本家ではないため、自分の恐怖や知っている怪談を映像化するので精一杯。監督が脚本を兼務することの限界だ。韓国ホラーの最大の問題はシナリオ。優れたシナリオが不可欠なのだ」

 アン・ビョンギ監督、公開前や公開中、映画祭で、弱気になりネガティヴなことを自分で言ってしまうというのは、今作だけでなく前作の時にも見られた悪い癖だが、関係者や俳優、出資者たちからしたら裏切り行為だ。

 結果、本作はコケた。韓国で観客動員54万人。100万は突破したい。監督デビュー作『友引忌』150万人、「ホラー専門監督」の座を確立した第2作『ボイス』220万人(Kホラー歴代3位)。別の監督の作品なら、歴代1位『箪笥』の314万人、2位『コンジアム』が267万人、Kホラーの元祖『女校怪談1』で200万(4位)、その2の不振を挽回した3『狐階段/女校怪談 三番目の物語』178万人(5位)、といった数字群と比べると…寂しい。

 また、貞子・伽椰子っぽい幽霊の描き方は、はっきり言って“パクリ”と言われても仕方がない。韓国本国でも映画ファンから叩かれまくっている。

 監督はこうも語っている。

「ホラー映画はとても典型化されているジャンルで、しかも自分は本作で4本目なので、新鮮さに欠けるのではないかと心配している。常に新しさを提供してこそ、ホラー映画の市場は維持される」

 懸念していた通り、Kホラーはこの頃から飽きられていき、貞子・伽椰子パクリが慢性化した2010年代には冬の時代を迎えることになる。

 本作以降、アン・ビョンギ監督は中国でメガホンをとっている。“都落ち”と言えなくもないが、韓国時代の昔取った杵柄を、新興の中国巨大市場で焼き直して、大成功を収めている。母国韓国での第3作目、こちらも動員60万と振るわなかった『コックリさん』(03、原題『ブンシンサバ』)を中国に輸出して新たに撮り直した『ブンシンサバ/呪いの始まり』(12)で、中国ホラー歴代最高興収記録を打ち立て、韓国の批評家からも高く評価された。

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 その続編『ブンシンサバ2』(13)は、ややこしいことに韓国での監督第3作『ブンシンサバ』よりもデビュー作『友引忌』のリメイクとのことで、『女校怪談3』のパク・ハンビョルを主演女優として同伴し再び中国市場でヒットをおさめた。アン・ビョンギは『ブンシンサバ3』(14)まで監督したが、ここで「ブンシンサバ」は中国本土でホラーキャラクターとして定着。アン・ビョンギの手を離れて『ブンシンサバvs貞子』(16)などという映画まで中国では作られ、そのパート2(17)まで制作されている始末だという。

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 なお、中国で成功する前、本作『アパートメント』でコケた後も、プロデューサーとして実はコメディを大ヒットさせている。観客動員数822万人の『過速スキャンダル』(08)と736万人の『サニー』 (11)だ。中国で「ブンシンサバ」シリーズから解放された後に『外公芳龄38』(16)というコメディを撮ったが、これは『過速スキャンダル』の中国版リメイクである。

 ということで「ホラー専門監督」アン・ビョンギ、もしかして、ホラーに向いていないのでは!? という気がしなくもない。キャリアのドン底が本作で、V字回復したように最近も国際的に活躍を続けている。

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 ところで、本作のケチの付き始めは、訴訟沙汰だった。ロケ地となったマンションの住人が「この映画は入居者の意見を無視して無断撮影され、私有財産権を侵害し、映画の中で幽霊が出没する呪いの空間として描写されて精神的苦痛を被った」として、地裁に上映禁止仮処分申請を行ったのだ。結局、裁判所は「映画が撮影された場所が原告のマンションのほか別の3つのマンションも含まれている点、撮影された部分もバルコニーとリビングに限られる点、映画に占める割合が3分15秒に過ぎない点などを考慮すると、映画の中に出てくるマンションが原告のマンションだと認識するのは難しい」として、訴えを退けた。もちろん、不動産会社からロケ使用許可は得ており、決して“無断撮影”ではなかった。その時点で分譲が始まっていなかった新築の建物で撮影しただけである。このゴタゴタで監督、嫌気が差したのかもしれない。メンタル弱い。

 あらすじ後編に戻る前に、簡単にキャストにも触れる。主人公セジン役のコ・ソヨンは『二重スパイ』(02)を最後に活動休止期間に入っていて、これが4年ぶり復帰第1作だった。90年代から活躍を続けるトップ女優だが、はっきり言って復帰作は大変残念な結果に…。最近ではチャン・ドンゴンの妻としてインスタ上でセレブライフの発信を活発に行っている。

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 ユヨン役のチャン・ヒジンはファッション誌のモデル出身で、CMやバラエティ、K-POP歌番組の司会と多方面でタレント活躍をしていたが、06年の本作が映画デビュー作だ(同じ年の『暴力サークル』と同時に出演していた)。筆者としては、彼女の熱演だけは本作で唯一絶賛したい。

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【後半あらすじ(警告!ネタバレあり!!)】
 704号室に踏み込んだ刑事に襲いかかり、一本背負いであえなく御用となった赤い貞子の正体は、男だった!寄り目で貞子っぽいロン毛の男だった!!

 警察署で取り調べが始まる。「シン・ジョンス29歳、昨年704号室に入居。引きこもりなので住民は彼の存在を知らない」と相棒から聞く刑事。そういえば冒頭アバンタイトル、カッター自傷行為の最初の自殺のシーンで、部屋のTVのニュースでは、何年も引きこもっていた男がインタビューされていた。「腰まで伸びた髪が、彼の引きこもり生活の長さを物語っている」なんてナレーションまで流れていたことを、ふと思い出す。ああ、「引きこもりなら髪が貞子ぐらい伸びてる男だっているでしょ?」って言いたいがための、伏線だったのね?と、ここは大人なんだから察してあげよう。

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 シン・ジョンス29歳は、相変わらずカクカクした貞子的な動きを止めない。「チック症だ。自分でも止められない。緊張や恐怖を感じるとひどくなる」「障害者なのか?」「いや、“引きこもり”と呼ばれる社会に馴染めない人だ。精神にまで異常をきたす。世の中が怖くて外に出られないんだ」「内気で話すことができない奴らだ」「イカれてる奴の行動だ、正気じゃ説明できない」などと、刑事たちのけっこう酷いセリフが続く。日本だとこれは「差別」と言うのだけれど、韓国では大丈夫なのだろうか…。

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 その頃マンションでは。容疑者は捕まったが不安は消えない。女子高生は両親が留守だからと(この状況で一人娘に留守番させるか!?)またセジンの部屋にお邪魔していた。そして「もらったルービックキューブだけど何度やっても元の位置に戻っちゃうの」と言ってセジンに返す。セジンは今まで気づかなかったが(なぜ!?)、一部のブロックにローマ数字が刻まれていた。

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 この数字、自殺があった部屋番号と一致するではないか!(上の画像だと1403号室) ルービックキューブなのに、色を揃えたら暗号が解ける、とかの謎解き要素は特に無く、女子高生曰く「何度やってもこの位置に戻る」と、数字がすでに揃った状態で今までもセジンと女子高生の掌の中にあったのだ(ならどうしてわざわざルービックキューブなんて小道具にした!?)。今の今まで気づかなかったなんて!もっと早くに気づいてれば自殺を阻止できたのに!っていうか、こんな決定的なヒントを誰が何のためにわざわざ残してくれたのか!? 映画を最後まで見てもその答えは明らかにされない…。

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 と、クヨクヨ悩んだり疑問に思ったりはせず、女子高生はセジンのPCをいじり始め、マンション住人専用Web掲示板にアクセスする。前に「10時前に電気を消さないでください」とセジンも書き込んだことのある掲示板だ。そこで去年の記事に気づいて読み上げる。

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「704号室のユヨンさんは障害者で、両親が事故死した後はマンションのコミュニティが介護などサポートをしてあげてきた。しかし、クリスマスイヴに世をはかなんで自殺してしまった」という内容だ。記事には写真も掲載されていた。そこに写っていたのは、冒頭でカッターで自傷行為して死んだ女、飯炊きババア、レイプ男子大学生、投薬注射女、垢すりババア…こいつら全員、ユヨンに同情して介護を買って出たマンションの住人だったのだ!

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 ユヨンは、生きている人間ではなかった!大ショックを受けるセジン。これまで自分が会い、言葉を交わし、海までドライブに出かけた親しいユヨンは、とっくに死んでいたのだ!正体は幽霊だったのである!!

 ところでルービックキューブの部屋番号で唯一、自殺者が出ていない部屋があることに気づく。そういえば飯炊きババアはまだ死んでいない。セジンは女子高生を残して、その部屋に向かう。

 一方、警察署ではシン・ジョンス29歳引きこもりの取り調べが続いていた。供述によると、ユヨンが死んだ部屋に“去年”越してきて(ユヨンの自殺は12/24なので12/31までの間に事故物件に越してきたことになるが…)、ユヨンの幻を見始め、彼女が経験した虐待の数々を幻視させられたという。

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 ユヨンが虐待を受けるたびに奥の部屋から覗いていた何者かの視線は、このシン・ジョンス29歳引きこもりのものだったのだ。霊現象で時空が歪んで、今のシン・ジョンスが去年もしくはそれ以上前の虐待の場面を、時を超えて目撃していたということである。

 シン・ジョンスはユヨンの過去を幻視させられて知った情報を警察に供述する。ユヨンの両親の事故死後、初めのうちこそ親身になってケアしてくれていた近隣住民だが、「時が流れ、人々は変わっていった」という。

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 ってエエエっ!? 理由がそれ!? 本気か!? 時が流れただけで、人って全員あんなサディスティックになるか!? 面倒になって介護をしなくなる、なら解る。レイプもまあ、弱者を餌食に欲望を満たしたのだとの動機は解る。

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 だが、薬物を大量投与したり、メシ食わないと殴ったり、あまつさえ水風呂に入れ垢すり手袋で血が滲むまでこするなんて、動機がさっぱり理解不能なんですが…。そうですか。時が流れて人々が変わったんですか…。いくら釈然としなくても、それ以上の説明をこの映画はしてくれないのであった。

 まあとにかく、かくして、ユヨンはクリスマスイヴの晩、自殺を選択した。幸せそうにパーティーを楽しむ向かいのマンションの部屋部屋を、ロッキングチェアに座って睨みつけながら、手首を切って(向かいのマンションを恨むなよ、虐待したのは自分の棟の隣人たちなんだから)。

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 手首から流れる血が、白いドレスを真紅に染め上げていく。彼女の呼吸が止まったのが9:56だった。

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 シン・ジョンス29歳ロン毛引きこもりは、ユヨンの霊に虐待の幻影を見せられるうち、いつしか完全にユヨンと同化してしまったという。部屋に遺された、ユヨンが死んだ時に着ていた血に染まったドレスをまとって。

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 尋問する刑事は「正気か!? あの家にはお前しか住んでいなかった!」とシン・ジョンス29歳引きこもりに迫る。ズレてる。シン・ジョンスも別に、ユヨンが生きているとも同居しているとも主張しておらず、夢かうつつか彼女の体験を幻視した、と供述しているだけなのだが、「だったら戻って確認してみるか?」とさらにトンチンカンな方向で刑事が畳みかけ、シン・ジョンスは「嫌だ〜!!!!」と今度こそ本当に発狂して刑事の拳銃を奪い、発作的に頭をブチ抜き自殺してしまう。警察の大失態だが、そろそろ9:56だ。さらに一騒動あると確信し刑事はこの場を放置してマンションに向かってしまう。

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 一方、セジンはルービックキューブの部屋番号で唯一自殺が発生していない部屋に到着した。中に入ると案の定そこは飯炊きババアの家で、ババアは冷蔵庫の物を口いっぱいに頬張り窒息死していた。鍵もくわえている。

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 なぜ合鍵なんて分かりやすい手がかりが毎度現場に落ちてるのか疑問に思う暇もなく、セジンはこの鍵を拾い704号室に直行する。そう、去年のクリスマスイヴにユヨンが死んだ、その後シン・ジョンス29歳引きこもりが逮捕されるまで住んでいた家だ。一連の怪事件の震源地はこの部屋に違いない。鍵を鍵穴に差し込む。合う。中に入ってみる。そこはガランとしていて、唯一あの窓辺のロッキングチェアだけが残されていた。座ってみるセジン。

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 その様子を、向かいの棟のセジンの部屋に独り取り残された女子高生は双眼鏡で覗いていたが、数軒隣りの自分の家に明かりが灯り、両親が帰ってきたと気づいて、とっとと帰宅してしまう。薄情だなお前!

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 が、途中、9:56になって停電になり、エレベーターの中に閉じ込められてしまう。それを救出したのは、署から駆けつけてきた刑事だった。

 セジンは、無人の704号室には何も無いと思い、立ち去ろうとすると、そこで電気がチカチカ明滅。まさに9:56だった。振り返ると、さっき自分が座ってみたロッキングチェアに、ユヨン(の怨霊)が座っている。「来ないから私が訪ねて行ったの。それなのに知らんぷり」と恨み言を述べるユヨン。ちょっと何言ってるか分からない。ユヨンが訪ねて行ったのにセジンがシカトしたなんてシーンは無い。シーンがカットされたのに台詞だけ残った?

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 さらに怨霊ユヨンは血の涙を流しながら鬼の形相で続ける。「許さない、私を一人ぼっちにした人を!吐き気をこらえながら無理やり食べた…冷たい浴槽にも入れられた。薬漬けに性のはけ口…でも、本当に耐えられなかったのは、私を無視する目よ!私はいないも同然だった!!」

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 そして「許さない〜っ!!」と金切り声で絶叫し、なんと「クララが立った!!」状態でユヨンはすっくと立ち上がったではないか!これで以降、逃げるセジンをユヨンの怨霊は2本の足で追い回せるようになった。

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 しかし、数々の身体的・性的な虐待よりも「私を無視する目」の方が耐えられない、というのも、ちょっと何言ってるか分からないagain。そもそも、ユヨンが無視されているような描写などこれまで一度も出てこなかった。近隣住人たちは最初は親切に接し、後にはサディズムの対象としてユヨンに深く関与してきたし、セジンに至っては初対面の時から(その時点でユヨンは霊だったワケだが)常にフレンドリーに接してきたではないか。

 しかし、理不尽にもセジンに襲いかかるユヨンの怨霊。その動きは、TVから這い出る貞子のカクカクした動きを完全にパクったものだが、三倍速ぐらいになっており、これはけっこう怖い。超高速貞子!乱れた前髪の間から片目で睨みつけるお約束もちゃんとやってくれる。

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 セジンは704号室内を逃げ惑い、ある一屋に閉じこもると、今度は頭が銃弾で吹っ飛んだシン・ジョンス29歳引きこもりの霊まで現れる。死に物狂いで704号室から逃げ出し、階段を何故か下りずに上って屋上に出てしまうセジン。当然、屋上には逃げ場が無い。

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 ユジンの怨霊はそこまで追ってきた。「助けたかった。理解したかった。嘘じゃない。あなたを救いたかった。手遅れね。あなたの痛み、私も分かち合うわ」と、最後まで優しいセジン。

 その頃、地上では女子高生をエレベーターから救出した刑事が覆面パトカーから応援と救急の無線要請をしていた。そこで横にいる女子高生が屋上の人影に気づく。それはユジンの霊だ。

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 屋上から飛び降りるユジンの霊。そして地面に衝突、地面に血まみれで横たわっていたのは…セジンの遺体だった!これまで殺されたのは虐待していた住人に限られていたが、なぜ親切なセジンまでをも…またも答えは無い。

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 2ヶ月後、刑事は704号室に引っ越してきた。ユジン→シン・ジョンス29歳引きこもり→刑事と、目まぐるしく居住者が変わる704号室。数軒お隣さん同士になった女子高生が手伝いに来てくれる。

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女子高生「全て終わったんですよね?」
刑事「恨みはそう簡単には消えないよ」

 その時、女子高生は気づく。向かいの棟、かつてのセジンの部屋に人影が見えるのを。それは、セジンだった!同時にこの704号室の電気がまたチカチカする。これは新たなる呪いの始まりなのだろうか…!? [終劇]


【蛇足】
 ユヨン役のチャン・ヒジンは「第2のチョン・ジヒョン」と呼ばれていた通り、ルックスが良すぎる女性タレントで、当時の流行語だった「オルチャン 」女優の1人に数えられる。ルックスの良い女優が怨霊を演じても、普通、怖くはなりにくい。しかし、本作が映画デビューにもかかわらず、彼女の熱演と、アン・ビョンギ監督の的確な演技指導と演出によって、ちゃんとユヨンがクライマックスで怖く見えている点だけは、お見事だと思う。




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