今にも壊れそうな世界で

私達は生きている。

完全な遊戯を書いた石原慎太郎が都知事になって、批判もあっただろうけどその後の人生を全うしきった2022年上半期(私がスピード違反で捕まった日ですね)は、まだ平和だったのかというときっとそうでもなかった。

みんな綱渡りなのかもしれない。しかし、私達は自分自身すら綱渡りをしていることに気付かない。自分達の近くの誰が落ちそうになっているとか、何もわからない。

だからある時人の人生は崩壊してしまう。

今までそれは個人だった。だから壊れた人が見えずらかったり、透明な人に気がついても見て見ぬふりをすることが容易にできた。

そんな今日、規模が国になった。亡くなったのはたしかに個人だけれど、あくまでも「民主主義の国で選ばれた人」なのである。そんな人が確実に殺意を持って殺されてしまった。それも、私達国民に対する演説の場で、である。

今、私達は完全に箱の中の猫である。中のことは開けてみなければ分からない。

これから私達の生きる世界がどうなっていくのか。

私はこんなときでも透明な彼について考える。
君は今日の出来事を受けていつものように心を痛め、震え、泣いたのだろうか?
それとも完全に壊れて、あちら側。無敵の人になってしまうのだろうか。

箱の中の猫が生きているのか死んでいるのかは私には分からないのだけれど。
もし壊れかけの透明の彼がほんとうに全部壊れてしまったとき、私はどちらに付けばいいのだろう、なんて思う。

みんなが生きている世界を壊す人間と、私の世界だったみんなに壊された人間。

みんなってそもそも何だったんでしょう。たった一人の悪意を持った愚か者。全てに気付かなかった愚か者。気付いてはいたけど見て見ぬふりをしていた愚か者。

壊れる前に一緒に死のうと言われたのに逃げ出した私。

壊れかけているのは透明のあの人ではなくって、私の方なのかもなんて、そういうことは気付いても言わない決まりだったり。そもそも私だって透明なのかもしれないとか、今あの人と死にたいのは私の方だったり、とか。

私はひとしきり考えて、いつも無条件に寄り添ってくれる偶像からの言葉が無いことに気がついて、それから私の過激な教祖が赤子を抱いて、聖母みたいな顔で微笑んでいるのを見た。

歪んだ私はやっと我に返った。

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,153件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?