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京都市立芸術大移転問題に思うこと

 昨日(2/21)の京都新聞に、京都市立芸術大学(京芸)の移転をめぐり、工事請負契約議案の取り下げを求める申し入れが市議会にされたとの報道があった。

財政難の中で京都市立芸大を移転「経済効果は?」 市議の質問に市は数値示せず | 京都新聞 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/511214

いわく「財源の手当てや経済効果が説明されない」とのことで工事を凍結するように迫っているとのことである。
当然ながらこの工事は、総工費280億円となる京芸、市立銅駝美術工芸高の移設費用の一部があてがわれるものだ。

京都市:京都市立芸術大学及び京都市立銅駝美術工芸高等学校移転整備事業に係る基本設計について https://www.city.kyoto.lg.jp/gyozai/page/0000244196.html

 こうした状況に関して、ツイッターで見る反応の限りでは移転中止を求める声が非常に多い。その多くが「経済的効果がわからない移転は受け入れられない」「財政難の中移設する意味はない」という意見におおむね集約される。

確かに京都市は現状経済的に苦しい状況にあり、かつ京都市側も移転に伴う経済効果について具体的な説明をできていないようだ。しかしこうした頭ごなしの否定論は、本当に正鵠を射たものだろうか?

①そもそもなぜ今?
 芸大移転が発表されたのは2014年、今から7年前のことだ。当然用地もすでに確保されており、あとは「建てるだけ」という状況になっている。

京都市:京都市立芸術大学及び京都市立銅駝美術工芸高等学校移転整備事業に係る基本設計について https://www.city.kyoto.lg.jp/gyozai/page/0000244196.html

更に芸大が移設するに及んで、これまで様々な施策が設けられてきた。特に2018年から20年にかけては旧小学校の建物がギャラリー、展示場として有効活用されてきたことは特筆すべきである。毎年2月の作品展などの機会に学生の作品を展示することはもちろん、「ギャラリー崇仁」として卒業生の作家が個展を行うスペースも確保されていた。

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 旧崇仁小学校内、京芸生の作品展示。「プレ作品展 2019」より。

一角には地元住民による企画スペースなども設けられており、他でもないこの場所に大学がやってくる意義を理解できるようになっている。建て替えのために現存しないこの空間だが、地元住民と大学、その学生、行政が「芸大の街」とするために重ねてきた対話の成果の一つといえるだろう。もし、万が一この芸大移転が短期的な視野によって凍結されてしまったら、7年、それ以前から水面下で進められてきたであろう諸々の取り組みは振り出しに戻ることになりかねない。更にすでに建設業者なども決定しているなどの状況などから、延期に際しての違約金というリスクなども伴うだろう。そうすれば建物もない市有地だけが残り、出費だけが伴う可能性もある。避けるべき事態であることは明白だ。

②遅かれ早かれ京芸は建て替えられる
 京芸が現在立地しているのは西京区沓掛、阪急京都線桂駅からバスで20分強と、特に車を持たない学生にとってアクセス良好とはいえない環境だ。ここに京芸が移転したのは1980年であり、現在築40年を超える。実際に足を運ぶとわかるが、どの棟も壁面のひび割れなどが見られ建物の老朽化が感じられる。いずれにせよ耐震などの観点から今後も同じ建物を使用し続けることは難しいだろう。京都市が芸術大学を抱える限り、これは「必要経費」なのだ。
 また京芸は江戸期京都画壇の直系に位置し、上村松園や草間彌生、佐渡裕など様々な芸術家を輩出してきたアカデミーである。だからこそより美術館やホールなどの施設に至便である、より新しく施設がふさわしいというのがいち芸術愛好家からの率直な意見である。そもそも現在の場所へ移転する前、京芸は左京区聖護院の京大医学部附属病院の近隣に立地していた。京都会館(現ロームシアター)、京都国立近代美術館などに近く元来大学街である場所である。建て替えに伴いかつてのような良好な環境を求めて移転しようとするのは、何ら不思議なことではないだろう。

③教育施設に経済効果を求める?
 知る限り、今回議論になっているのは芸大の移転に関してのみである。その理由の一つが「経済効果が明らかになっていない」というものである。仮にテーマパークや遊興施設などの誘致なら考えられる理由であるが、大学という教育施設において経済効果をメインイシューにするのはいささか無理筋ではなかろうか。このような観点で大学の設置移転が決められる前例が生まれてしまうと、将来「経済効果が明らかになっていない」という観点から移転、建て替え計画に待ったがかかったり、縮小せねばならなくなるおそれがある。大学の構成員として、やはりこうしたナンセンスな傾向は斥けるべきというのが正直な心情である。

④芸大移転は都市開発の核
この芸大移転は、京都市による「京都駅東南部エリア活性化方針」という都市計画の一部にも位置づけることができる。

京都市:「京都駅東南部エリア活性化方針」の策定について https://www.city.kyoto.lg.jp/sogo/page/0000217013.html


 ここでは京芸に近い位置にある、人口減少の続く京都市南区の東九条地域を活性化させるための様々な指針が策定されている。容積率などの規制緩和でホテル、商業施設等を誘致するものから、バリアフリー対応、ムスリム対応などの施策が謳われている。こうした内容をみると、この都市計画が単にツーリズム的観点に重点を置いたものではないということがよく分かるだろう。ツーリズムに偏重した施策がコロナ禍の中で見直しを余儀なくされているなかで、「京都駅東南部エリア活性化方針」の取り組みは持続的なものであり、一定の評価がされるべきだろう。こうした都市計画という観点で見ると「経済効果」を重んじる面々も溜飲を下げるかもしれない。
 そして、都市計画の核となるのが文化芸術である。「若者・アートモデル地区」として若者やアーティストの住環境を整え、文化芸術関連産業を集積し、「創造・発信拠点」とするという目論見だ。都市計画に基づくアーティスト・関連産業の誘致はアムステルダムの北地区のような例を見ることができるが、京都における本例もその限りであろう。
 その中で計画書にも言及されているように京芸の移転は非常に大きな意義を持つ。多くの学生が移ることにより、必然的に周辺地区が学生、教員、関連企業などの受け皿となることが想定される。仮に京芸の移設が延期、見直しとなったら、この東九条地区における都市計画の根本から見直さなくてはいけないだろう。

 以上のように、京芸の移転をめぐる動きにブレーキがかかりつつある現状について、慎重となるべき4つの要因を挙げた。当然ながらこの一連のやり取りに最も気を揉んでいるのは、現地住民、並びに京芸の学生、教員、関係者であろう。何年もかけて彼らが理解を醸成し、(このケースでは特に不可欠である)準備を進めてきた計画が、行政の諍いによって不透明となっている現状は見るに堪えない。一刻も早い解決を望むのみである。



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