美術館の休業要請、クラシック演奏会の中止について思うこと(5月20日)

 緊急事態宣言が5月末まで延長されることとなった。大阪に住んでいる身分としたら、残念だけどやむを得ないいうところだ。しかしここに来て文化芸術界隈がにわかに騒がしくなってきた感がある。
 発端は14日に発表された文化庁長官の声明だろう。「文化芸術に関わる全ての皆様へ」と銘打ったこの文章は、実際に直後に国へ支援を要請していることもあり、昨年3月の前長官による「お気持ち表明」と揶揄された声明と比して実効性をもって受け止められた。確かにこのメッセージに勇気づけられたアーティストの方も多いだろう。素晴らしいことだ。

昨月半ばから始まった緊急事態宣言では、年初のそれよりも厳格な措置が取られている。最初に宣言対象地域とされた京都、大阪、兵庫、東京の美術館には休業要請が発出された。
クラシックの演奏会についても同様だ。大阪、京都のプロオーケストラは軒並み公演中止、無観客での演奏会を強いられている。

緩んでいく措置…

こうした措置については、当然文化、芸術業界から反発する意見が根強い。こうしたステートメントを受けてか、緊急事態宣言地域内の芸術施設の再開館の動きが加速している。5月の半ばにして兵庫県では公立美術館が全面開館、京都も国立の2館は再開館となった。埼玉県、福岡県など他の県も追随して閉館措置はとっていない。例外は大阪府と東京都のみである。
オーケストラでも似たような状況だ。関西では公演中止が相次ぐ一方で、東京では多くの団体が活動しているなど、東西での温度差は拭えない。どちらのケースにおいても足並みが全国で全く揃っていない事実は直視しなければいけない。この点について現在はもちろん、やがて来る宣言期間以後も風化させずに振り返るべきだろう。

緩和は適切なのか?

緊急事態宣言発出当初の厳しい措置が翻ったともとれるこれらの緩和は、文化芸術業界からの反発を受けたものであろう。しかし地方でも感染が拡大し、緊急事態宣言の解除にも至っていない中、これらの反論は果たして適切なものであったのか?
文化庁長官のコメントでとりわけ重要なのがこの箇所だ。

「文化芸術活動の休止を求めることは、あらゆる手段を尽くした上での最終的な手段であるべきと考えます。」

なるほど尤もである。従事する人間にとっては活動はすなわち生活の糧である。無闇矢鱈と休止を求めるなど以ての外だ。しかし「最終的な手段」とはまさしく緊急事態宣言のことではないだろうか。現状我々は感染拡大を阻止するための措置として、国が発出する緊急事態宣言を超える制限を伴うものを経験していない。これでもなお現在を「最終的な手段」の中にあると言うならば、それは現実からの逃避に他ならない。

「美術館やコンサートではクラスターは発生しておらず、休業要請の根拠に乏しい」

こういう声も極めて多い。パッと見では首肯するしかない意見のようだ。しかし今回の休業措置が「人の流れ」を止めるためのものであることを忘れてはならない。大勢の人が交通機関を使い、芸術を観賞をし、ついでにご飯を食べる…こうした動きを止めるための措置である。それに対して反論するなら「芸術鑑賞をする人は、総じて人流には影響を与えない」というものである。「施設で感染事例は起きていない」というのは答えになっているようでなっていない。
もし来客が全員従順に呼びかけに応じて、美術館やコンサートに誰とも話さず、行き帰りに何も食べずに「お利口に」過ごすことができるとしたら、それはとんだ思い違いであり、完全な買いかぶりだ。来客の中にはマスク拒否論者もいるかもしれないし、集団で喋りながら観賞する人だっているかもしれない。特に後者は何度と言ってもいいほど美術館、コンサートホールのホワイエで目にした光景である。それが運営者として見えていないとしたら、控えめに言って由々しき事態である。

「文化芸術は不要不急ではない」

これももう一年以上聞いている言葉である。そしてこれは極めて独り歩きしやすい言葉だ。例えばアーティストのようにそれでメシを食っている者からしたら、不要不急ではない生活の糧である。そうした当事者の生は無条件で保証されるべきだ。しかし一端の鑑賞者にしてみたらどうだろう。余暇の穴埋めであったり気晴らしであり、一つや二つ逃したところで命の危機はない。そして人はそれを不要不急と呼ぶ。
 こうした作り手と受け手の非対称構造こそが、文化芸術を文化芸術たらしめる要素である。いわゆる自律性というやつだ。時には社会的規範を逸脱した表現が文化芸術に許容されているのは、ある種の聖域化によるものであるが、それは社会義務の枠外に芸術が置かれているからに他ならない。もし芸術がオーソリティによって100%義務付けられた「不要不急ではない」存在になったとしたら、それは権威によって芸術が定義づけられることとイコールである。表現の自由などもあったものではない。そんな世界は諸兄も真っ平ごめんだろう。
「不要不急」の市民の芸術観賞で引き起こされる人の流れによって、医療という我々の権利が脅かされているとしたら、従事者に対する補填がある限り進んで道を開ける以外の選択肢は残されていないはずだ。それでも心情などを盾にした「文化芸術は不要不急」という主張を見たとしたら、エゴイズムとの誹りを免れない。更にそれが文化芸術を生業としていない人から語られるならば、それはナイーヴな意見表明であり、空虚に響くのみだ。殆どの場合それは語り手の政治信条のダシに文化芸術を使っているにすぎない。軽はずみに使われる言葉ではない。

個人的な立場…非

ここで美術館の再開館、コンサートに話を戻そう。正直に言って私は措置緩和に疑問符を呈さずにはいられない。特に国公立のものの母体は当然自治体である。施設を再開館することは、他ならぬ自治体自身が決定した「人流を避ける」という感染対策に基づく措置を骨抜きにしてしまうことである。もし風の吹き回しが変われば感染拡大のスケープゴートにされてしまう可能性だってあるだろう。「美術館も開いた/演奏会もやってることだし、峠も越したから安心だ」という誤ったメッセージをも市民に与えうる、危険な措置である。更に措置緩和は職務従事者のリスクも上がることを意味する。場合によっては感染リスクの中「戦わさせられる」ということだ。もし生ぬるい措置でいたずらに期間が長引くことがあれば、採算が悪化する期間がそれだけ伸びてしまうことを意味する。国公立施設は私営の施設、フリーランスとは違い即座に経営の危機に陥ることは考えづらい。それらの率先して感染拡大に配慮した措置を行うべきだ。
しばしばこうした意見の反論として、ではテーマパークも閉めろという物が上げられる。仰るとおりだ。率直に言って、私は宣言対象地域の近隣県の施設を開放している現状すら手ぬるいと思っている立場である。こういう点を含めて現状は市民に判断を丸投げにしており、そこも看過できない点だ。

求められるべきは再開ではなく従事者への補償

「文化人」の方々は何かと欧米に比較して日本を論じるのが好きだが、ついこの間までコンサートに観客を入れなかったり、完全に全国的に閉館措置をとっていた英仏をはじめとするヨーロッパ各地については目を背けがちである。本気で人の流れを断ち切り、流行を抑えて通常の生活に近づこうとするなら、補償のもとこうした措置を受け入れるのが最も論理的だろう。
幸いにも文化庁は先日「不特定多数への公開を前提とした事業」を対象とする事業”ARTS for the future!”においてキャンセル料支援を拡張した。文化施設の措置緩和はこうした動きにも逆行するものである。
 こうした現状を踏まえ、昨年行われた持続化給付金、飲食業を対象とする休業支援金のような支援こそ、本来叫ばれるべきもののはずだ。少なくとも現在経済的に困窮していない立場の人間が「文化芸術は不要不急」という「お題目」のもと感染防止策を骨抜きにしようとしている様に、私は危機感をおぼえている。医療が脅かされている現状を顧みず、いたずらに措置の緩和を唱えるだけでは、これまで以上に社会と文化芸術が乖離し、社会からの憎悪を招きすらしてしまうかもしれない。我々が危惧し、最も見たくない将来そのものである。少なくとも、補償策などを一足飛ばしにして放縦を良しとするこうした主張、それに基づく施設設置者への非難は、もはやこうした自体を一日でも早く終わらせるというごく一般的な総意を見失った極めて醜いものであろう。

きっかけ

 この平凡なことしか書いていないNoteを作ろうと思った理由が、先日見たリンク先の記事である。「補償なき臨時休館で失われる鑑賞機会」と銘打ったれたこの記事は、博物館学の専門家である東京藝大の熊澤弘准教授のインタビューも行われたものである。そして私はこの熊澤先生の主張にほぼ酸性である。
 ところが、だ。末文の主張が全くタイトル、そして内容と食い違っており、極めてミスリードを招きうるものである。センター試験の現代文にある、文章の一節を穴埋めする問題で間違った選択肢をとるとこうなるのだ、と言わんばかりの様相である。実際はリンク先で確認してほしいのだが、端的に言って末尾の主張ありきで取材を行った意味を感じえない、メディアとしての矜持を疑いさえするものである。そして「このままではまずい、これが文化芸術に関わるものの総意と思われたらまずい…」と思ったのがこのNoteのきっかけだ。
 また、この記事には市況が先月始めには確実に悪化していたにもかかわらず「急な要請により、直ちに休館しなければならなかったため大変困惑している。」というような春風駘蕩とした美術館職員も出てきており、たいへん「香ばしい」内容である。いずれにせよ是非一読をおすすめしたい。

https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/23963

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?