見出し画像

コロナに危機を感じながら行動する人とは。

価値観の違いがどうも大きく影響する世の中になってしまいました。警戒し危機を感じながら生活する人とは、どんな人なのでしょうか?そして全く何も考えず今までの生活をし続ける人は、どんな人なのでしょうか?

私がコロナを警戒する理由-カナダでの生活

そもそもこんなにも警戒するのは、(もうこのブログでは何度も話しましたが)カナダでの生活でしっかりと危機感を植え付けられたからです。

そして私は思うに日本社会ではコロナの為に短期間自粛しただけで少しのダメージしか受けなかったから。

カナダでは(カナダだけじゃなく、他の国でも)多くの人が
失業しスーパーやドラッグストア以外は一時休業を1か月くらい強いられたのです。これは多くの人にとって大ダメージでしたでしょう。カナダの場合、失業補償や給付金のサポートがかなり手厚くしっかりしていたので多くの人が助けられたと思います。

Quarantine(隔離)期間が始まって間もなく、夜7時になると人々の声や盛り上がる音が聞こえ始めました。忘れもしません。次の日の朝にわかったのは、医療従事者及びコロナ禍でも働かざるを得ないフロントラインワーカーに向けて家からエールを送っていたこと。コロナが始まってより一層、人と人は支えあって生きるということを実感したのです。

営業が再開されたカフェやレストランも今までの勝手とは180℃異なり、きちんと徹底されたガイドラインに従って運営されます。ガイドラインに従わないとお店の信用はもちろんのこと、罰金が科せられる可能性もあり、営業も危うくなるからです。ダメージだけでなく、今後をも左右するインパクトまで人々は与えられました。そしてもちろん、これは店側の立場だけでなく、お客としても同じことが言えます。

私がコロナを警戒する理由-帰国経験

そんな中で過ごしたカナダ生活も惜しくもピリオドを打ち、いよいよ帰国となりました。(ビザの期限のため。)さて、これが一番大変です。コロナが始まったころの日本は海外からの帰国者をまるでばい菌扱いして、帰ってくるな!とか、軽率な行動だ!とかそういった罵声が飛び交っていました。本当に心が痛みました。

帰国する理由は人それぞれです。
・ビザの問題
・学校がオンライン授業のみになってしまい日本からでも受けられるから
・コロナ禍で日本の家族に万が一のことがあったら
・海外で自分がコロナにかかったら
(カナダ医療保険はかなり充実していますがコロナにかかった場合は保険がききませんでした。)

海外にいる人は、(ただし、この頃の海外旅行者は除きます。旅行者こそこんな時期に流行地域に出かけて、何もわかっておらず、楽しむだけ楽しんでウイルスを持ち込むのはもっての他ですので...)海外生活を経験して、そのうえで止むを得なく帰国する人はその生活に終止符を打つことの重さを重々わかっていると思います。そんな背景を知らずにとやかく言うのは心ない行動だと思います。

私が帰国の頃は海外からの帰国者の感染がほとんどなく、空港でPCR検査も受けれる状況したので、特に非難される心配もないと思いましたが、一緒に暮らす家族がいて、父はフロントラインワーカーなので、万が一を考えてかなり慎重に考えていました。

YVR(バンクーバー国際空港)からの搭乗まではまったくもって不安はありませんでしたが、到着してからが問題です。まず日本に到着しても、検疫が混んでいたようで機内で1時間近く待たされました。その後も、ちょろちょろと空港内を動き回られるのを避けるためか、謎の"一定人数集まってからの移動"。順番に質疑応答を終え、PCR検査を受け、税関を抜け、ようやく空港から出られます。空港の出口(出迎えゲートみたいなところ?)に迎えの者を来させようやく空港から出ることを許可されます。そして海外からの帰国者は公共交通機関の使用が禁止されていましたので、父が成田空港まで車で迎えに来ていました。私の場合、そのゲートに父がいなかったため、待機所と呼ばれるところに移動させられました。そう、それは、一時脚光を浴びた、段ボールベッドの場所です。

紆余曲折ありましたがやっと空港の駐車場につき、車までたどり着きました。徹底家族ですから、もちろんうちの車は隔離車仕様です。運転席と後部座席はビニールで完全に仕切って、自分の荷物は全部自分で積卸し。20キロ近くあるラゲージ2つを積み、空港内できていた服は脱ぎ、さあ出発です。高速飛ばして約2時間。自宅に帰ってきました。

感動の家族との再会はさて置き、帰国後は、隣の祖母が住んでいた空き家で完全隔離。食事は時間になったら置き渡しされます。

画像1

画像2

家族には頭上がりません。。

帰ってきて数日後に厚労省からのフォローアップの連絡が来ると思いきや、なかなか来ません。(私同様5月に帰国した妹には毎日のフォローアップがメールで届いていたとのこと。)空港でぐずぐず質疑応答されたあの時間は何だったのでしょうか。自主的に検温したり、体調管理すること数日、PCR検査の結果が。もちろん陰性でした。いつ連絡が来るのだろうかと思いながら淡々と2週間過ごし、隔離を終えました。(実際、一度だけ自宅の電話にオートメッセージ式の電話が来たようです。)

帰国後の日本に唖然

帰国2週間後、初めて外に買い物に出かけてびっくり。人多すぎ近づきすぎ。こんなんじゃ当分日本では遊びにも働きに出かけられないと思いました。日本でも運営側で頑張ってる人はいるかもしれません。でもこのままじゃ本当にダメだと思いました。コロナの初めのころに”みんなで支えっていこうね”みたいなマインドを植え付けられなかった日本政府に問題があるのではと思います。

さらに拍車をかけたGo Toキャンペーン。もはや何が何だかわかりません。日本はどうなっちゃってるんでしょうか。

コロナ禍で危機を感じない人とは

コロナで命を落とした方もいらっしゃいます。コロナがなければまだご存命なはずです。ご家族をコロナで命を落とされた方もいるかもしれません。そんな状況を悲しんでいる方もいらっしゃると思います。

他国と比べ人数は少ないとはいえ、油断大敵です。ウイルスが目に見えてそれを避けながら生活することができれば、自分で警戒することもできるので外出しても問題ないでしょう。ですが、実際問題、ウイルスは目に見えません!当たり前ですが!(笑)どこに存在するかもわかりません。無症状者もいるのですから。そんな中で、危険を冒して外出する人はどんな人なのでしょうか?

簡単に言えば、コロナを怖いウイルスと捉える人かそうでない人だと思うのですが。
・責任感が欠ける人
・危機管理能力が低い人
・知識が足りない人
・自己欲求が強く、融通が利かない人
・チャレンジをする予定がない人

まず、責任感が欠ける、ですが、コロナになれば社会から隔離を強いられます。仕事がある人は穴をあけるのです。その穴は誰かによってカバーされると思いますが、その誰かに負担をかけることになりますよね。

危機管理能力が低いのは致命的です。リスクを考えないのですから。バンジージャンプをロープ一本で挑戦するようなものでしょう。命を落とす危険はどこにでもあります。

知識が足りないと、適切な行動をとれません。

自己欲求が強い上に融通が利かないのは一番厄介です。事態に対して臨機応変に対応することが難しく、且つ自分の欲求を満たしたいのですから。ニューノーマルの生活にシフトと言われてもすぐに変えられない、変えたくない、といったところでしょうか...。

そして、これから特に何かにチャレンジをする予定がない人はあまりコロナのことを重く考えないでしょう。だってその人にとっては今が一番なのだから。未来に期待はしていないのです。(うーん、それってかなり自己中心的な考えですよね...)

未来に期待する人たち

2020年、コロナでいろいろなことが中止、延期を強いられた人がたくさんいるでしょう。私もその一人です。その人たちは、未来にそのやりたかったことを実現するために、この時代を元気に過ごして生き抜かなければならないのです。予定していたプランを止めることは本当に心苦しいです。色んな理由付けをしてその計画自体を悔やんでしまう人もいると思います。誰もこんな事態を予測していなかったのだから、どうか悔やんだりしないでください。過去は変えられません。その計画を実行するのに労力をつぎ込んできたことを、わかってくれる人は絶対います。そして、是非この先の未来でまたチャレンジしましょう!(これは私自身にも言い聞かせています!)だから今の世の中で未来の自分を守るためには自己自粛しかないのです。

今は”今を生きる人”と”未来に期待する人”の2種類

特効薬やワクチンができれば警戒しながらも安心して出かけられるようになると思いますが、そうなる日はまだ先です。人生の教訓で、経験がものをいうといいますが、本当にそうで、この状況で帰国を強いられた人とかコロナにかかって大変な思いをした人や大切な人をなくしてしまった人、また希望が経たれてしまった人。そういう人がコロナに対して非常に警戒心を持ちながら今を過ごしているのだと思います。それと同じくらいに、そういった経験がなく、今だけに生きる人も多くいます。この2つが共存している限り、前者である人たちは極力自粛しながら生きていくしか今はないのです。これは私の勝手な意見ですが、ここで強く踏ん張れる人はきっと強く生きていけると思います。希望を持って、一緒に頑張りましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?