見出し画像

「小テスト」は進捗の確認にすぎない

「小テスト」は、学生や、かつて学生だった人にとってはおなじみ。今もやってるんでしょうか?漢字ドリルを配布され、テストの範囲が事前に周知され、定期的に記憶力を図るといったもの。算数や数学、英単語なんかも、小テストで勉強の習熟度を確認していました。ときに小テストでの得点が通信簿や内申点?などに反映されるので、たとえ「確認」という意味合いがあったとしても必死に暗記して高得点を狙ったりもしました。

さはさりながら、あくまでも小テストは進捗を確認するためのもの。普段の授業や自主学習、ひいては「大学合格」といった長期ビジョンを果たすための一里塚や橋頭堡でしかありません。一つひとつの小テストは長期的な目標を達成するための手段。小テストだけを見て出てくる答えには、目的のための視点が欠けています。つまり、押さえるところさえ間違っていなければ、小テストでつまづいても構わない。むしろ早期に失敗を確認することで、のちのちの、ここぞという時の失敗を回避する防波堤の役割を担います。

(長期的)成果を、各場面の総点で考えない。

これは仕事においてとても大切な考え方だと思っています。例えばAmazonなんかは、アマゾンプライムのような安価なサブスクでありえないようなサービスを提供しながら、アマゾンウェブサービス(AWS)という超高利益率の事業で全社的なハイパフォーマンスを実現しています。つまり押さえるところをちゃんと押さえているからこそ、「大負け」を許容できるわけです。

全部のシチュエーションで勝とうとする。前述の「小テスト」すべてに全力で高得点を狙いにいくやり方です。でも、バラバラにされた局面や要素というのは、単なるパーツでしかありません。木を見て森を見ずという言葉がありますが、部分最適に固執するあまり、全体構想の視点を忘れています。全体としての視点があれば、場面レベルでのミスは折り込める。逆に、目の前の状況ばかりに視点がいくと、各状況で成果が出なかったり失敗すると、それだけでいちいち「悪」という評価をせざるをえない。成果を各場面の総点でしか考えていないからです。

うまくいかない。だからこそ場面レベルで細かく修正する。これは特に私たち日本人が陥りやすい罠だと思っています。「減点方式」で評価する傾向がこの文化に拍車をかけているような気がします。ミスが許されない雰囲気はチャレンジを阻害。イノベーションが起きにくく、旧態依然からの脱却が難しくなります。ですが失敗してもいいところではむしろ失敗を奨励し、挑戦を当たり前にするマネジメントには「全体構想」があります。「うまくいかない、だったら全体構想を見直そう」という修正が大切。目的地やビジョンの見直しということですね。

ずっと勝ち続ける人は、さらにレベルが高い。「うまくいっている」のに部分の修正をしつつ、全体構想に疑問を持つ。勝ち続けていて、今の視点に不足はないけれども、新しい視点に気づけば積極的に試して、必要に応じて移行することをいとわない。相対的に負けていなくても、伸びしろが感じられなければ先手を打って新しい視点を持つことが大事だと思っています。

どんどん変えていく。ひたすら仮説を立てて検証を繰り返す。細かい結果に一喜一憂せず、反省と改善案を考えてすぐに動くことを志向していきたいと思います。

久保大輔




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?