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花について #05 地植えと切り花

「エニシダが大きくなりましたよ」というLINEが実家からきた。添付された写真には文面の通り、庭で大きくなったエニシダが写っていた。元はといえば1年ほど前、ちょっとした入院の後(もうなんともない)で実家の部屋用にとホームセンターで買った鉢植えだった。東京に戻った後で母が地植えにしたらしい。比較的行儀よく咲いていた黄色い花は縦に元気よく伸び、ずいぶんワイルドな印象に変わっていた。「これにミモザとユーカリも植えるつもり」と続いていたので「華やかになるからいいね」と返し、うさぎが親指を立てたスタンプも送った。

地植えの底力を再確認するのはこういう時だ。水の切り花より土の鉢植え、同じ土でも鉢植えよりプランター、さらに地植え。その順番で花の生命力は増していく。養分や水分を蓄え、限りなく与え続ける土は、言うまでもなくすごい力を持っている。

大人になると自然の摂理にじっくり向き合う機会が減るからか、たまに遭遇すると「おお……」と妙に感動してしまう。ブルーベリーを買った時もそうだった。花と同じくらい実ものが好きなので、あれば買ってしまう。今では赤も緑も通年で手に入るヒペリカムは合わせるものに困ると手が伸びるし、茱萸やピンクペッパー、ビバーナム・ティヌス、ローズヒップ・センセーショナルファンタジー、ローゼル、ブラックベリー、花茄子など書き出したらきりがない。ただ珍しい品種は商店街の花屋では入れる時期が限られるのか、買えたのはそれぞれ一度きりだ。もちろんブルーベリーも。

ブルーベリーを切り花で買えると思わなかったから、店頭で見た時には驚いた(花屋ではそれほど珍しくはないようだが、わたしはなかなか出会えない)。いそいそと買って緑の実がついた数本飾っておいたら、いつの間にかちゃんと熟して濃紺に変わり、ぷくぷくとおいしそうな丸い実になった。どこから見てもブルーベリーなので、嬉しくなって一粒食べてみた。残念ながら味はイマイチ、というかまったく味がしない。食べる前に聞いた「食べても問題ないけど、土の養分が実の甘みになるから水だと味がしないはず」という花屋さんの回答そのままだった。植物の仕組みは小中高と学んだから知っているし、普通に考えて当然の話なのに、思わず「おお……」と感動してしまった。繋がっていなかった知識と理解がちゃんと繋がった瞬間だった。そして鉢植えのブルーベリーならもう少し味がしておいしかったかなと思った。

バラは栽培が難しいのに、好きな人も栽培人口も多いことでおなじみの花だ。西武ドームの「国際バラとガーデニングショウ」に行くと(2019年で終わるらしく本当に残念)、鉢植えの苗を手にしたたくさんの人とすれ違う。多くの人はその苗を庭に植えるために買っていく。実際、同じように手入れをしたとしても、バラは地植えにした途端にぐんぐんと広がっていくらしい。病気や虫の手入れもその分大変にはなるが、そういうことを楽しめる人たちだから苗を買っていく。
家のまわりは地の人が多い住宅街なので、どの家にもそこそこの庭があり、みんな何かしらの花や木を植えている。そろそろバラの時期なので、これからしばらくの間は、華やかなハイブリッドティーからシンプルな野ばら、小さな花が凝縮するモッコウバラまでが見られるようになる。ときどき香りの強い品種を育てている家もあって、そこはわたしの5月定番の通り道になる。写真を数枚撮り、きれいなものをお裾分けしてくれてありがとうと心でお礼を言って仕事や用事に向かい、また帰ってくる。
そんな毎日なので、庭も花を植えることもずっと一戸建てのためのものだと思ってきた。でもこの間、ある所でふと見上げたら、マンションの最上階に緑が生い茂ったベランダがあることに気付いた。これでもかと育った枝が外にはみ出た様子は、カンティレバーの建物のような不安定さがあってなんとも不思議な光景だった。でもその、マンションでも庭を諦めない家主の強い思いに感心した。マンガ家の西村しのぶ先生も「下山手ドレス別館」でマンションにたくさんの鉢植えを置いてバラ園をつくっていると書いていた。なんでもやりようかもしれない。ベランダからはみ出すほどの木を育て、屋上に鉢植えでバラ園をつくることができるなら花だって育てられるはず。土のすごさを実感できるのは今のほうかもしれない。そう思ったら、今までの自分の花に対するガッツのなさが際立って、急に少し恥ずかしくなった。

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