90'sレイヴと三拍子が出会う彼の地ではーJaermulk Manhattan「Thinner」(20181001)
Jaermulk Manhattanは、ヤーマルク・マンハッタンと読む。90年代から音楽制作を始め、現在も都内でライブやCDのリリースを続けるテクノアーティストだ。現在はTB-303などを使ったマシンライブを行うユニット、アシッド田宮三四郎のメンバーとしても活動している。
名前だけ見ると取っつきづらさを感じる人もいるかもしれないが、別に煙に巻こうという意図はなさそうだ。もし何かそう感じることがあるとすれば、名前よりも作品に込められる真意かもしれない。彼の活動を比較的昔から知っている人ですら、完璧に読み取ることは難しいのではないかと思う。もちろん、逆にそこが曲の魅力に繋がっているとも言えるのだけど。
一方で、過去の音に誰にでもわかりやすいイメージが一つあるとすれば、それは恐らく“三拍子”になるだろう。例に違わず私もそうだ。三拍子の、よくも悪くもきれいで邪魔をしない、職人肌のテクノミュージック。
だから2017年発売のこのアルバム「Thinner」に添えられた、「90'sレイヴを思わせる」という触れ込みは、正直とても意外だった。なぜなら90'sレイヴは、ジャンクさやラフさ、抑えきれない衝動が音に滲む部分が楽しさであり、特徴だからだ。この特徴が、彼の今まで扱ってきた音とどう繋がるのかイマイチ読めなかったのだ。
実際にCDを聴いてみると、自分の予想は半分正解であり、半分間違っていた。 オープニングの「Night In Knight」、ベルギーのテクノアーティスト・アウトランダーがR&Sから出したヒット曲「Vamp」を思わせるタイトル曲「Thinner」、名前からもオルタネイトのカバーとおぼしき「AlteR-8」。このあたりはまさに音色もボイスも直球、あのレイヴだ。でも、リズムだけはどこかスウィングしている。言ってみればレイヴの圧と三拍子の特殊さが二層で届く不思議な印象なのだ。それがロックな側面とアシッド田宮三四郎での制作が反映されたとおぼしき「6Beat City」、不穏さと明るさが交互に現れる不安定な映画のような「Hyper Limacization」と聴き進めるうちに、徐々に“いつもの”ではなく、“いつもと少し違う”印象に変わっていくのがわかる。
その後の「Discovery Of Computers」から「Hysteric Pro-Glummer」への流れは、個人的に特に好きな部分だ。焦りなのか綱渡りなのか、理屈では説明できない高揚感を感じるテクノが途切れ、ヒップハウス的なファンキーさに切り替わる。フロアではきっと踊りにくいだろうけれど、その独特な展開がとてもいい。心地よさよりも、違和感が面白くて興味を惹かれるという感覚。そして「Rock The Funkie Beats」ではさらにファンキーハウスの色が強くなり、踊れなかった揺らぎが踊れる揺らぎになっていく。この展開は、終盤に向けた「Lovely But Lethal」や「Ringing In The Ears」のようなドリーミーでファンシーな音が近くにあるとよく際立つ。実際のライブで聞けば、とても美しく聴こえるだろうと思う。
彼はこのアルバム一枚を通して、もしくは例えば「I Am Not A DJ」のように一曲に限ったとしても、膨大な数の80〜90年代のレイヴとボイスのサンプルから組み上げているはずだ。だけど、どこまで聞いても音色に力業感はなく、印象はずっと柔らかいまま。今までならそのことに物足りなさを感じることもあったが、この盤はそうではない。むしろ、遠くにあるジャンルや音色を同列に扱うことで、その個性が揺るぎないものとして、聴く側に定着される一枚ではないかと思う。もはや凶悪な音ですら自らの個性へと引き寄せる、そんな行き切った段階にある。
最後にもう一つ記しておきたいのは、彼のネーミングの秀逸さ。関西ローカルのABCテレビ夜23時枠とジャーマントランスのアーティスト・ジャム&スプーンの作品名を混ぜたかのような「Night In Knight」や、今ではベルリンで活躍するDJ氏の最初のMIX CDを思わせる「I Am Not A DJ」と、ある層からすれば大ネタが“さりげなく”散りばめられているのだ。今見るとそのニッチさとキャッチーさのバランスが独特で、ネタモノイコールわかりやすいネタという昨今には珍しい存在だと思う。しかも、価格も1,997円。年に置き換えれば、自らのターニングポイントとなったらしいアルバム、コーネリアス「ファンタズマ」や電気グルーヴ「A」がリリースされた年になる(ちなみにダフトパンク「Home Work」、V.A「Pacific State」なども同年)。そんな「ちゃんと伝わるんかな」と他人事ながら心配になるような、難解なひねりも入るこだわり。そういう部分まで含め、彼らしくありつつも少し新しい境地に入った一枚だと思った。
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