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激化するガザ情勢②

10月7日から始まったイスラエルとハマースの衝突は、開戦から三週間を経て「第二段階」に入った。

10月7日のハマースの奇襲を受けて以降、イスラエルはガザ地区を封鎖し、激しい空爆を継続してきた。しかし、空爆のみではハマースに拉致された人質の救出、ハマースの無力化は困難であり、いずれ地上戦に移行すると見られてきた。限定的な地上戦はこれまでにも起きていたものの、10月27日夜からイスラエル軍はガザ地区内に部隊を進軍させ、ガザ地区内の制圧に乗り出した。10月28日、イスラエルのネタニヤフ首相は、戦争が地上戦を伴う「第二段階」に入ったと宣言し、ハマースを殲滅すると誓った。

10月28日以降、イスラエル軍は北西、北東、中央の三地点からガザ地区への侵攻を開始し、侵攻5日目の11月1日時点で以下のような戦況図となっている。

出所:War Mapper

ガザ地区は長さ40km、幅6-12kmの細長いかたちをしており、面積は365平方kmと東京23区の6割程の広さである。地区内は中心部を走るワディ(涸れ川)・ガザによって概ね南北に分断されている。イスラエル軍の進軍経路を見ると、北西の沿岸部からガザ市北部、ベイト・ラーヒヤーに向けて進んでいる部隊と、北東のベイト・ハーヌーンの攻略を行っている部隊、ガザ市とワディ・ガザの間の人口の少ない中央部を海岸線に向けて大きく前進している部隊があることが分かる。

総合的に見て、イスラエル軍はガザ地区内の最大の街であるガザ市を包囲すべく動いていると考えて良いだろう。イスラエル軍は開戦当初からハマースの地下トンネルが多く張り巡らされている北部に攻撃目標を集中させており、民間人に南部に避難するよう呼び掛けていた。中央部を進軍する部隊が海岸線に到達すれば、ガザ市は孤立することになる。

既に各所で銃撃戦は起きているものの、主な戦闘はまだ郊外で行われており、本格的な市街戦は始まっていない。地上戦が開始されてからの、地上戦に関連付けられる正確な被害数は明らかではないが、10月31日以降地上戦でのイスラエル軍の死者は17人出ていることがイスラエル軍によって確認されている。軍の発表によると、対戦車ミサイルにより装甲兵員輸送車が攻撃されたことで11人の被害が出た他、銃撃戦等で死傷者を出している。イスラエル軍の被害は10月7日の奇襲により300人超が犠牲となっており、現在の犠牲の総数が332人であることから、地上戦の開始によって兵士の犠牲が増え始めていることが分かる。

パレスチナ・ハマース側の被害については、ガザ市に隣接するジャバーリヤーの難民キャンプで数十人から200人の被害が出る等、地上戦が始まってからも激しい空爆が続いているため、地上戦の被害と区別して状況を把握することが困難である。10月7日の開戦以来、11月1日時点でガザ地区内での死者数は9,000人を超えているとされるが、このうちハマースの戦闘員が占める数は不明である。イスラエル軍はこれまでに複数のハマース幹部の殺害に成功したことを発表しているが、真偽は確認できていない。

地上戦の開始により軍事的なエスカレーションが高まったことは事実であるが、現状は本格的な地上戦が始まったとは言い難い状況である。常備兵17万人のイスラエル軍は予備役を36万人動員しており、総数53万人の規模まで増員されているが、ガザ地区内に侵攻している部隊の規模は2万人程度とされており、大半の部隊はまだガザとの境界に張り付いたままになっている。ハマースの戦闘員は2-4万人程度と見られることから、イスラエル軍は兵力で圧倒しているものの、これを全面的に投入することは避けていることになる。進撃速度を見ても、ハマースの防衛線が引かれている訳でもない中央部の平地を1日1-2kmしか進んでおらず、電撃的に包囲を完成させようという動きではない。2014年のガザ戦争で地上戦が行われた際は、ガザ地区からイスラエルへと繋がる地下トンネルの破壊も実施されたが、このときイスラエル軍は境界付近でのみ作戦を展開し、期間も20日間で終了している。2014年の衝突のイスラエル軍の死者数が67人であったことと比較すると、被害者数の観点での戦闘の苛烈さは現時点で2014年のときと大きく変わらないことになる。

ハマース側も、イスラエル軍の進撃を陣地戦で阻止するというよりは、地下トンネル等を駆使してゲリラ戦を行うことを優先しているようである。建物が密集する市街地や、縦横無尽に張り巡らされた地下トンネル内で戦闘を行う方がハマースにとっては地の利があるため、住民や拉致した人質を「人間の盾」として利用しながら、持久戦にもつれこませる算段だろう。従って、ハマースにとってもイスラエル軍との交戦が本格化するのは、イスラエル軍の部隊が市街地や地下トンネルに入ってきてからになると思われる。

人質については、10月30日に初めて地上作戦によってハマースに拉致されていたイスラエル軍の女性兵士1人が救出されたことが発表された。作戦が行われた場所や状況については公表されておらず、詳細は不明である。地上戦の実施は人質の生命を危険に晒すとしてイスラエル国内でも批判する声がある中、イスラエル政府としては早期に人質救出の実績を作る必要があったと思われる。もっとも、200人を超える人質を全て特殊作戦で救出していくのは容易ではなく、イスラエル軍が今後どのように軍事作戦を展開していくかで、イスラエルを取り巻く世論の状況は大きく変化するものと思われる。

ハマース側もこうした世論に影響を与えることを意識してか、10月30日に拘束している人質の映像を公開した。ハマースは人質解放にあたって、イスラエルがこれまでに拘束してきたパレスチナ人の囚人全てを解放することを条件として要求している。ハマースはこれまで4人の人質を解放しているが、交渉による人質解放に前向きな姿勢を示すことで、イスラエルの軍事侵攻を止め、政治交渉に持ち込みたい構えだ。

ガザ地区に展開するイスラエル軍
出所:Israel Defense Forces, October 30, 2023

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