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「カルチャーは組織に人間らしさを取り戻す」KESIKI井上さんが語るカルチャーデザインの必要性

「組織に人間らしさを取り戻すのが、カルチャーだと思うんです。」

カルチャーデザインファーム『KESIKI』の創業メンバーでエグゼクティブディレクターとして活動する井上裕太さんはそう言います。

マッキンゼーやスタートアップスタジオ『quantum』のなかで、10年以上にわたり企業変革を行ってきた井上さん。事業開発にも長く携わり、大小多くのビジネスを発展させてきた井上さんですが、「組織にとって、カルチャーこそがすべてだ」とさえ言い切ります。

なぜ組織にカルチャーが必要なのか、そもそもカルチャーとは何なのか。そして、カルチャーデザインとコーチングの共通点について井上さんにお伺いしました。

井上 裕太(いのうえ ゆうた)
プロジェクトマネージャー /KESIKI INC. Executive Director
マッキンゼー、WIREDの北米特派員、TBWA HAKUHODOを経てquantum設立に参加。CSOやCIOとして大企業やスタートアップとの共同事業開発及び投資を主導。その後KESIKI INC.の創業に携わり、現職。クリエイティブスタジオのWhateverにも参画している。文部科学省でのトビタテ留学JAPAN留学プログラム設立、九州大学のGIC客員准教授など産官学連携も多く経験。

Twitter:https://twitter.com/yutainoue


なぜ、組織にカルチャーが必要なのか

——井上さんが、組織にカルチャーが必要だと考えられている理由を教えてください。

私は、キャリアを通して長らく新規事業開発に携わってきました。新しい事業を作ることは今でも好きで社会的な意味もあると思っているのですが、ただ事業を作るのではなく組織そのもののあり方を変えていかないと、長期的な価値や永続的に機能する価値創出の仕組みは生み出せないと考えているんです。

組織が何を目指し、どんな価値観を持ち、何を大事にして、どう楽しむのか。そこに思想を持たせて組織を作っていくことが、価値を生む源泉になるんですよね。その思想を総括したものがカルチャーと呼ばれ、組織の「人間らしさ」、ひいては組織が生み出す価値につながると思っています。

また現在は、組織のカルチャーはその組織だけでなく、経済圏や社会のあり方にも影響するんじゃないかとも考えています。私が関わってきたテック業界は、短期でいかにグロースし、スケールできるかという価値観が支配的でした。その価値観も社会を変えるためには大事なエンジンです。ですが、本当に大事なものを社会にどう残していくか、本当に暮らしやすい世の中をどう作っていくかを考えると、その価値観をもつ経済圏だけでは実現できないこともやっぱりあるなと実感したんです。

そこで、私は大事なものが残る「やさしさがめぐる経済」、「オルタナティブな経済」のあり方を探求したいと考えるようになりました。そして、経済圏のあり方には、経済圏のなかにある組織がどんな組織か、そこにいる人がどんな風に働いているのかが大きな要素になるのだと気付いたんです。ふわふわとして掴みにくい、社会や経済を考える入り口に組織がなり得る。組織は、個と経済のインターフェースになる。

だから、自分たちが作りたい社会や経済を目指して事業を行っていく組織体にとって、自らがもつカルチャーを考えることは重要だと考えています。

そもそも、カルチャーとは何か

——「カルチャー」を井上さんが定義するなら、どのような言葉になるでしょうか?

まずは、カルチャーにはいろんな捉え方があって、一文で定義し切ることは難しいと考えています。そうした前提のうえで、私なりにカルチャーを定義するとしたら、「BeingとDoingの円環」であるということ。

まず、Beingは、組織のパーパスやビジョンなどの目指す先、その過程で大事にする価値観・バリュー、行動指針、組織構造やインセンティブ設計のような組織のあり方。Beingは、これらの総体を指します。

ただ、Beingだけを設計すればカルチャーができるのではなく、Beingを踏まえて何をするかのDoingが重要になります。どんな行動をし、どんなメッセージを社会に発していくのか。どんなプロダクトを作っていくのか、どんな体験を世の中に生み出していくかというDoingを通して、Beingも深まり更新されていく。そのBeingとDoingの円環が、私の考えるカルチャーです。

しかし、言語化し得ない粒度のこと。例えば、どういう意思決定がなされるか、何をやり抜けるのかといった、行動から滲み出るものやその組織の人が信じぬけるもの、自分たちのあり方だと信じれるものもカルチャーがもつ重要な側面だと思っています。

カルチャーはデザインするべきものなのか

——カルチャーは自然発生するものという意見もあります。カルチャーをデザインする必要性はどこにあると井上さんは考えられていますか?

そうですね。カルチャーはそれこそCultivate(耕す)ものだと思うので、1からデザインしデプロイするものではないと思います。しかし、ただ放っておけば醸成されるものかというと、そういうものではないとも考えています。

必ず酵母は必要になるし、どの面をどのくらい空気に触れさせるべきかも、自然に任せすぎずに意思や意図をもってデザインしてこそカルチャーが整えられていくのだと。ただ、「カルチャーをデザインするときは、この3つに取り組めばOK」といったようなものはなく、組織を多角的に見てこのカルチャーは残したい、このカルチャーは進化させたいと慎重に進めるしかないと感じています。

——組織のカルチャーデザインを行う際、どのような取り組みを進めていくのでしょうか?

まず重要なのは「対話」です。経営層だけでなく現場のメンバーとも、対話の機会を設け、組織にどのようなカルチャーが眠っているのか紐解いていきます。

カルチャーを紐解く際、私が注意しているのが、組織に眠る「意志」と「意義」です。組織にいる人たちが何を目指したいのか、何をやっていきたいのかなどどんな意志を持っているのかが大事だと思っています。その一方で、その意志と社会はどう交わるのか、その交差点も組織のカルチャーを考えるうえで重要な要素になると思っています。

また、何かを目指すうえでの山の登り方、船の漕ぎ方にも組織らしさが表れるので、カルチャーデザインを進めるうえでは、それも一つひとつ見ていきます。組織にいる人たちが何が好きで、どんなことにワクワクし、いまどんな気分で、どんな口癖があって、何を大切にしたいと思っていて、許せないことは何か。組織のなかにグッと入っていって、抱えている祈り(願望・希望)とマグマ(怒り・違和感)を紐解いて、残すべきカルチャーと、残したくないカルチャーを見つけていくんです。

ビジネス的な方法だけでは、カルチャーデザインの本質的な価値は発揮できない

——井上さんは、THE COACH ICPでコーチングを学ばれた際、「コーチングとカルチャーデザインには共通点が多い」と話されていたのが印象的でした。

コーチングは、自己や他者との対話を通して、自己を発見していくプロセスだと思います。それはカルチャーデザインで求められるプロセスと似ていて。カルチャーデザインも対話を通して、組織の根底にある「その人たちらしさ」や「価値観」を明らかにしていく作業です。カルチャーデザインもコーチングでも、他者はそのプロセスをサポートすることはできるけど、何より大事なのは本人たちが納得できるかどうか。対話や内省を深められるコーチングを学ぶことは、組織のあり方やカルチャーを考えることにもつながると感じています。

カルチャーや自分たちらしさといったものに向き合うのって難しいことだと思うんです。日常では、目の前のやらなきゃいけないことも多く、さまざまな事情もあるから、「自分たちが本当にやりたいことってなんだろう」と立ち返って考える時間と余裕はあまりない。

ただ、カルチャーデザインもコーチングも、ササッと情報処理して分かりやすくまとめたり、仮説を立てて直線的に進めたりというビジネス的なやり方だけでは、本質にたどりつかない領域だと思っています。そのプロセスは、個人や組織によって本当に千差万別で、探求しながら見出していくもので、「これが答えだ」という方法はありません。だから、経営課題として取り組みにくかったり、腰を据えて向き合うことが続かなかったりするのだろうなと。

しかし、自分らしさや組織らしさに向き合うことによって得られるものは、限りなく大きいものです。「自分は何をしたくて、社会とどう関わっていくのか」、そこに対して自分なりの答えをもっているかどうかで、発揮できる価値も変わってくると思います。