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「仮面ライダー」俳優・中村優一の新しい冒険 初監督&プロデュース作『YOKOHAMA』公開

 俳優でありながら、映画監督でもあるという才人たちがいる。米国で言えばクリント・イーストウッドにメル・ギブソン、それにロブ・ライナーやベン・アフレック。日本でも北野武、竹中直人、田口トモロヲ、近年はオダギリジョー、斎藤工、山田孝之らが映画監督やプロデューサーを務めるようになってきた。映画が好き過ぎて、カメラの前に立つだけでは満足できず、映画づくりそのものが好きになってしまったクレバーな映画狂たちだ。

 多くの俳優たちも「監督してみたい」と思ってはいるはずだが、なかなか実現はできずにいる。映画製作には時間もお金も掛かるし、失敗すれば酷評されるはめになる。俳優と監督を兼ねるのは至難の技だ。クレバーな映画狂になるのは、やはり容易ではない。

 とはいえ、優れた俳優は自分が演じるキャラクターのことだけでなく、作品全体をイメージしながら、自分の役をどう演じれば作品全体がより生きてくるかを考えている。サッカーやラグビーの名プレイヤーが、試合の流れを把握しつつ、ゲームを組み立てていくのに似ているように思う。そうした俳優は出番の多い少ないに関係なく、作品の雰囲気づくりに欠かすことができないので、監督からの信頼も篤い。

 中村優一という俳優も、作品内容をきちんと理解し、監督の狙い以上のものを提供できる俳優部の一員だろう。2005年に放映された『仮面ライダー響鬼』(テレビ朝日系)で注目を集め、2007年放送の人気作『仮面ライダー電王』(テレビ朝日系)では準主演だった。映画『湾岸ミッドナイト THE MOVIE』(09年)などにも主演している。ルックスがよく、性格もいい。そのまま活躍を続けていれば、かなりの人気俳優になっていたはずだが、体調を崩し、一時的に芸能界から離れることになった。

 復帰後の中村優一は、かなりユニークな作品に出演するようになった。2023年だけを見ても、アクション時代劇『妖獣奇譚ニンジャvsシャーク』、犯罪サスペンス『ランサム』、井口昇監督の自主映画『異端の純愛』、アジアからの技能実習生の問題を扱った社会派コメディ『縁の下のイミグレ』と、実にバラエティーに富んだ映画に出演している。

中村優一の監督デビュー作『死仮面』より

いろんな役が演じられる俳優の面白さ

 2023年、配給会社「エクストリーム」の叶井俊太郎プロデューサーから依頼され、エクストリームが配給した『ニンジャvsシャーク』と『ランサム』の劇場パンフレット用のインタビューで、中村優一に2度会うことになった。どちらも悪役を中村は演じているが、スクリーンの中の彼は悪役をとても楽しげに演じていた。そのことを伝えると、彼はうれしそうに語った。

「20代の頃はこういう役を演じる機会がありませんでしたし、主人公役だとなかなか崩して演じることができないんです。その点、悪役のほうが幅広く、人間的な感情をいろんなパターンで表現することができるんです。悪い役であっても、その根っこの部分には過去の経歴があったり、悪役なりの美学もある。今は悪役を演じることが楽しいですね」(『ランサム』劇場パンフレット)

 初めての監督作『死仮面』を撮ったことも、『ニンジャvsシャーク』取材の際に話してくれた。すっかり前置きが長くなってしまったが、中村優一監督デビュー作『死仮面』を含む、オムニバス映画『YOKOHAMA』が劇場公開中だ。中村は3話で構成された『YOKOHAMA』の総合プロデューサーも務めている。どれも中村の出身地・横浜を舞台にし、映画というフィクションの世界に対する愛情が伝わってくるオムニバスものだ。

オムニバス映画『YOKOHAMA』の第1話『贋作』より

特撮出身者らしいプロデュース作

 中村優一の監督デビュー作『死仮面』は、特撮ドラマでのキャリアが長く、またホラー映画が大好きな彼らしく、特殊造形アーティストを主人公にしたサスペンスドラマとなっている。米村(秋沢健太朗)は予算や制作時間を度外視して造形づくりに情熱を注いでいたが、自分が仕事を教えた後輩の田所(小嶋修二)が独立したことに不穏な感情が湧いてくるのを抑えられずにいた。田所は予算や納期を守り、CGチームともコミュニケーションが取れるとプロデューサー受けがよかったからだ。

 米村の内面は、リアルな死体の造形をつくってみたいという願望とCG隆盛となった映画業界で今後生き残れるのかという恐怖心が渦を巻いている状態だった。「いい作品を残したい」という米村の常軌を逸した創造欲が、恐ろしい事件を引き起こしてしまう。特殊造形アーティストならではのトリックが仕掛けられており、ピエロメイクによって米村が別人になっていく様子などが緊迫感を持って描かれ、最後まで目を離すことができない。素晴らしい監督デビュー作だ。初めての監督作ゆえに、出演はせずに監督業だけに徹したのもクレバーな判断だと思う。

 オムニバス映画『YOKOHAMA』のオープニングを飾るのは、金子智明監督の『贋作』。『仮面ライダーアギト』(テレビ朝日系)に主演した賀集利樹と、『仮面ライダーゼロワン』(テレビ朝日系)で女優デビューした鶴嶋乃愛との共演作だ。「仮面ライダー」シリーズと違って変身シーンはないものの、人間の感情が「変心」してしまう哀しみをテーマにしたドラマとなっている。

 妻に去られた男・ノボル(賀集)と恋人とケンカ別れした若い女・サエコ(鶴嶋)とが、一瞬だけ心が触れ合う様子を描いている。中村優一が俳優として意外なシーンに登場するのも見逃せない。

第2話『横濱の仮族』。後列左が中村優一

「エクストリームで配給するよ」

 第2話『横濱の仮族』は全編をワンカットで撮影した、スタイリッシュな不条理劇となっている。横浜に住む大富豪の横濱権蔵(高山孟久)が、失った自分の家族によく似た男女を拉致して、「仮族」として暮らすという奇妙極まりない物語だ。

 舞台『戦国BASARA』などの演出・構成を手掛けてきたヨリコ ジュン監督の凝りに凝った映像が楽しめるので、不条理な展開も気にならずにおかしな世界へと引き込まれてしまう。こうしたユニークな作風が可能なのも、オムニバス映画だからこそだろう。俳優・中村優一のアクのある演技も楽しめる。ヨリコ ジュン監督は長編映画『家出レスラー』が5月17日(金)に劇場公開されるので、こちら期待される。

 3つの物語はどれも「フェイク」であることをテーマにしているわけだが、フェイク、フィクションだからこそ、描けるものもあるようだ。3つのフィクションが浮き彫りにする「真実」に刮目したい。

 2023年の春に『ニンジャvsシャーク』、続けて『ランサム』を取材した。その際に中村優一は監督作『死仮面』を撮ったことを話すと、取材に立ち会った叶井プロデューサーは「エクストリームで配給するよ」と即答していた。その場に居合わせていたこともあり、オムニバス映画『YOKOHAMA』として劇場公開されたことには自分もちょっとした感慨を覚えている。

 映画界のお騒がせ男だった叶井プロデューサーは、2024年2月に56歳で亡くなった。彼の最期の著書『カーテンコール』(サイゾー社)を読むと、この時期の叶井プロデューサーは、すでに医者から余命宣告されていたことになる。自分が亡くなった先のことも考えて、叶井プロデューサーは中村優一の監督デビュー作の配給に動いていたわけだ。

 叶井プロデューサーは『カーテンコール』が発売された2023年10月まで、余命宣告を受けていることは公表しておらず、自分がそのことを知ったのも本が発売される直前になってからだった。『ニンジャvsシャーク』や『ランサム』の取材時も、いつもと変わらず軽い調子で出演者たちと談笑していた。しんどい姿を見せるのは、叶井俊太郎の美学に反していたのだろう。今から思うと、黒澤明監督の『生きる』(52年)を思わせる状況だった。志村喬とは真逆のキャラだけど。

 叶井プロデューサーはもういないけれど、彼が宣伝・配給したおかしな作品たちはこの世界に残り、エクストリームから巣立った監督たちはさらにおかしな映画を撮っていくはずだ。中村優一らも『YOKOHAMA』でその仲間入りを果たしたことになる。メジャーな映画会社が手を出さないエクストリームな作品は、今後ますます生まれ続けるに違いない。

『YOKOHAMA』
監督/中村優一、ヨリコ ジュン、金子智明 
出演/秋沢健太朗、渋江譲ニ、西尾聖玄、高山孟久、Raychell、末野卓磨、水原ゆき、波多野比奈、新田ミオ、白又敦、西洋亮、賀集利樹、鶴嶋乃愛、小野まりえ、飛葉大樹、中村優一
配給/エクストリーム 4月19日よりヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、シネマート新宿、UPLINK吉祥寺ほか全国ロードショー
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