即興演奏と東洋思想(2023年7月19日)

即興演奏を聞いた。作曲者自身によるピアノの独奏。10分前後の曲。

聞いてから色々考えたこと。

※この記事は書きかけです。


精神の顕現としてのピアノ。言語を介さない感情表現の可能性。

井筒俊彦はその著作において、世界の認識形態をソシュール言語哲学的な世界観で表現した。言語的意味分節の世界(経験的世界・表層的世界)と非言語的無分節の世界(深層的世界)。コスモス(秩序)とカオス=アンチコスモス(渾沌)。我々が表層的意識で把捉する経験的世界は、非言語的無分節世界に言語で補助線を引いた世界。

「内なる精神」。未だ言語化されていない無分節の「感覚」。人はこうした不明瞭なものに言語をあてはめ明瞭にしていく。深層的世界から表層的世界への展開。
言語化は人間にとって重要な能力だ。不鮮明だった感覚が言語によって鮮明になる。非言語的無分節世界から言語的分節世界へ対象を切り出すことによって把捉し、事物を理解する。

しかし、言語化とは「深層」から「表層」への動き。私はときとして言語化を歓迎しない。

映画を見たとする。2時間の間に様々な感情が生まれる。気に入った場面もあればよくわからない場面もあったり、なんならちょっと嫌な場面もときにあった。エンドロールまで見終え、様々な感情が再起する。映画によって感情が揺さぶられる。そんな中、この映画について友人から「どうだった?」と聞かれて「よかった」と答えたとする。すると、言語化される前の微妙な揺らぎを持った感情のかたまりは「よかった」という言葉一つに集約され、その映画はただの「よかった」映画になる。もうあの「揺さぶり」は再起されない。

言語による意味分節作用は、感情を固着させる。複雑な形状をしたものを、綺麗な直線で切っていくような、そんな感じ。シンプルでわかりやすくなるが、元の形状には戻れない。そして、切ったことで生まれる切れ端は捨てられてしまう。

感情とは言語化以前の心の微妙な動きだ。となると、感情を「音」で表現することは、言語的意味分節的世界への挑戦だ。

自己の内なる感情の表現について「ピアノ」を媒介する。言語的意味分節の世界を通らないアウトプット。深層心理を経験的世界へ深層心理のまま顕現することができるのではないか。


私がピアノになり、ピアノが私となる。世界との融入。

禅仏教が目指すもの。深層的世界の把捉。すなわち、言語化以前の世界を見ること。言語によって分節されていない渾沌に身を晒す。

ーーー

書いていたらわけがわからなくなってきた。
結局この経験で何を感じたのか。

まず、芸術の可能性。いや、何をいまさらなんだが。感情を固着することが言語のもつ良い点であり悪い点である。これを芸術は超克する。はず。少なくともあの演奏は。言語的意味分節世界からの逃走。奏者が精神の顕現としての音を発し、それをただ音としてのみ観客が受け取る。そこに言語的コミュニケーションは存在しない。感情のかすかな揺れ動きを言語以前の感性で受け止める。「鑑賞」とはこうでいいのかもしれない。

そして、自分の表皮を拡張し外の世界と「融入」すること。自分にはこんな経験があるだろうかと考えてみたが、一番卑近な例としては「他者の喜びを自分の喜びと感じる」とか、そんなところだろうか。他者への融入体験。私があなたになり、あなたが私になる。そこに言語は介在しない。絶対的な個人の崩壊。他者愛即自己愛。

ーーー

最後に余談。どうしても気になること。

私-楽器-世界、と、「私が外に滑り出していくのか」、それとも「私に世界が融入していくのか」。主客未分という言葉があるが、これすなわち「主」も「客」もなくなっているということなのだろうか。しかし、そうなると感情をアウトプットする「私」はどこへいってしまうのだろう。
そんなことを考えていたら井筒はこう書いていた。

しかも、事物のこの「本質」的分節構造を毀せば、さきにも言ったとおり、経験的世界はたちどころに収拾のつかない混乱状態に陥ってカオス化し、意識主体もその本来の認識機能を完全に喪失してしまう。だが、しかもなお、禅はあえてこの危険を犯そうとする、存在の究極的真相を体認するために。

井筒俊彦「意識と本質」岩波文庫 131頁

「私」の喪失について禅哲学が挑戦を試みている!これがいわゆる井筒俊彦の「二重の見」。存在の絶対無分節と経験的分節の同時現生。すごい。一度聞いた即興演奏が、自分が最も尊敬する学者である井筒俊彦とリンクした。

この話は長くなるからそのうち自分の中で整理しよう。

ーーー

形而上に行き過ぎた。もう少し卑近な話を。


ーーー

まるで演奏をきいてその場で感じたような書き方をしたが、演奏を聞いて家に帰って5日くらい寝かせてようやくこうなった。非言語的無分節世界への憧れを言語で記す。まだまだ先は長い。


金沢の思い出と共に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?