見出し画像

二度と行きません。

トマティーナって知ってますか?

トマティーナは、別名「トマト祭り」とも言われ、8月の炎天下、スペインのバレンシア州に位置するブニョルという小さな街に人口の何倍もの人が集まって、トマトを投げつけ合うというクレイジーな祭りです。

僕は大学を卒業してからスペインで1年間モラトリアム期を過ごしていたんだけれど、滞在していたのがバレンシアでした。

「バレンシアにいるのにトマティーナに参加しないのはもったいない!」

トマティーナの存在を知った僕は、"トマトを投げ合うクレイジーな祭り"という一見楽しそうな紹介文に惹かれ、ロクに調べもせずに参加することを即決した。

もっとよく調べてから行くべきだったし、よく調べていたら行くという決断をしていなかったと思う。本当に愚かだったと思うし、実際に行ってから何度も後悔した。まあ今となってはこうして語種ができたから、当時の僕にいくらか感謝をするべきではあるんだろうけど。

現地の友達に聞くところによると、トマティーナというのはどうやら前夜祭から始まるらしい。前夜祭といっても特別な催し物があるわけではなく、基本的には翌日に起こる悲劇に備え、住宅をビニールで保護したりそういう現実的な準備が行われている。あとは、街がイルミネーションで飾り付けられ、屋台が並び、酒を飲んだりダンスをしたりして盛り上がるという、いかにもスペインらしい賑わいが前日からあるとのことだった。

まあそれはいいや、と前夜祭を省略し、当日の朝バレンシアの中心街からバスに乗って郊外のブニョルに降り立った。

ちなみに、スペイン人の友達にトマティーナのことを聞くと割と親切に色々と教えてくれるんだけど、「一緒に行かない?」と誘うとみんな答えは「No」だった。ここでおかしいと気づくべきだったんだ。

トマティーナは、トマトを投げ合う前にpalo jabón(パロ・ハボン)と呼ばれるイベントがある。palo jabónは「石鹸棒」とでも訳すだろうか。その名の通り、石鹸を塗りたくられた木の棒の先っちょに生ハム(もちろんスライスされたものではなく、塊です)が括りつけられ、石鹸で滑る棒をよじ登って生ハムをゲットするという全く意味のわからないイベントが行われる。

画像1

本当に意味がわからない。テレビ東京の深夜番組でもこんなくだらない企画はやらないだろう。ほぼ全裸の男、大丈夫か?まあでも見てる分には結構おもしろかった。なんのかんのと言って人間はくだらないことが大好きなんだ。

ちなみに、このパロ・ハボンが終わるまではトマトを投げることは禁じられているらしい。つまり、生ハムが取れないとトマトが投げられない。だから生ハムを取った人は、にわかにその場の「英雄」となる。ヒーローになりたいって人は押し合いへし合い生ハムを目指す。ヒーローってなんでこんなに人(主に男性)を駆り立てるんでしょうね。

ハムが取られると、群集が沸き立ち、トマトを求める声が上がり、発砲音とともに「トマティーナ」が正式に開始される。

どこからともなく、トラックの荷台いっぱいにトマトを積んだトラックがあわわれ、荷台から群集に向かってトマトがばら撒かれる。というか、投げつけられる。これがめちゃくちゃ痛い。

画像2

しばらくすると、トラックに積まれたトマトは群衆に渡り、街はあっという間にトマトで満たされる。

この日間違いなく、同一視野内に捉えたトマトの最大量を記録したし、トマトで負ったダメージも人生最大を記録した。トマトを投げる背徳感のようなものが相まって割と高揚したのを覚えている。

街はトマトの湖と化し、人はほぼ裸で揉みくちゃになり(ポロリしている女性とかが本当に結構いた)、歌を歌い、トマトを投げる。本当にこの世の光景とは思えない景色が広がっている。

画像3

もちろん自分も顔面トマトまみれだし、ボクシングの試合でも終えたのかというくらいにあざだらけだ。

しばらくすると再び発泡音がなり、トマト投げは終了となる。

散水車が回遊し、トマトまみれの人や街を洗い流す。トマティーナ用に組まれたツアーを利用した人はそれぞれ用意された仮説のシャワーに駆け込む。

興奮状態、アドレナリン出っ放しだった状態からここでみんなふと我に返るわけだ。いや、もう本当に汚いし臭いんです。30℃をゆうに超える気温の中、放置されたペースト上のトマトが酸っぱい臭いを放つし、砕けたトマトが絶妙に身体にまとわりついて気持ちが悪い。

間違いなく今まで置かれた環境の中で最も気持ちが悪い環境だったのだけど、それを仔細に表現し、伝えられない自分の語彙のなさを呪っている。

振り返ってみると、確かに異様な環境に置かれ、トマトを投げることの高揚感やみんなでワーキャー騒ぐ感じは間違いなく非日常であったのだけど、正直ありえないほど臭いし、痛いし、人ごみすごいしで不快感しか記憶にない。笑

でもまあいい出会いもなかったでもない。僕は無謀にもバスのチケットだけ買って身一つで乗り込んだので汚れた身体を綺麗にするのに苦労したんだけど、街の端っこでこそこそと着替えようとしていると、近くに住んでいるおじさん(ホセ)がシャワーを貸してくれた。

少し話をすると、
「こんな街に住んでいると同じ人と話してばかりで新しい人と出会うことってあんまりないんだよ。だから、年に一回のこの祭りで色んな人に出会えるのが楽しみなんだよ」
とのこと。

「白人の人たちなら分かるんだけど、俺らみたいなアジア人に絡むのって結構レアだと思うんだけど、そういうのって特に気にしないの?」
と聞いてみると、

「あんたら日本人だろ?これまで何度か日本人と知り合ったけどあんたら日本人は本当に礼儀正しくてみんな好きだよ。だから仲良くなりたいし、助けたいんだよ」
と言う。これまでトマティーナに来ていた礼儀正しい日本人の方、ありがとう。

色々話して、結局ご飯までご馳走になってしまった。終始優しさの塊だったホセ、ありがとう。

バスの時間が来たのでホセと別れ、ホセのおかげで綺麗になった身なりでバスに乗り込み家に帰った。流石にくたくただった。

それで祭りは終わらなかった。

翌日から原因不明の高熱に襲われ、5日間下がることのない熱と闘った。もちろん原因不明ではない。どう考えてもあの祭りが原因だ。その証拠に、トマティーナに参加していたという日本人全員が寝込んでいたらしい(バレンシアは狭い街なので日本人がいると繋がるものなのだ)。この時の高熱ほど辛い症状を思い出せない。リアルに目の前が霞むという経験は後にも先にもこの時だけだった。

物事には必ずいい面と悪い面があるが、トマティーナについて振り返ると良かった点が2割、悪かった点が8割だ。なかなかできない体験ができたという意味で、良い経験だったとは言えなくはないが、本当にあの臭い、その後の高熱が辛すぎた。この世の地獄と言っても差し支えないかもしれない。

一つ言えることがあるとしたら、トマティーナにはもう二度と行くことはないということだ。ホセには申し訳ないけれども。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?