見出し画像

一人暮らしを始めるまでを振り返る

一人暮らしを始めてから十数年、住んだ部屋は今のところが3つめ。退去のたびに居住年数を見て少し驚かれるので、賃貸でひとつのところに5年くらい住むのは珍しいほうなのだろうか。

一番最初に借りた部屋は繁華街の外れにある10畳のワンルームだった。入居したのは社会人になってまもない4月か5月頃だったと思う。最寄りのスーパーまで徒歩15分、街の中心部にある会社まで徒歩30分ほど。利便性はあまりよくなかったが、当時居候させてもらっていた祖母の家から近く、自力で荷物を運べることが決め手となった。


実家暮らし時代


社会人として働き始める数年ほど前、私は理由もなくニートだった。留年するほど成績が悪かったわけでも、人間関係に深刻なトラブルを抱えていたわけでもない。本当に突然すべてがどうでもよくなって学校を辞めた。

辛い環境を変えるための決断であったならまだしも、何の理由もなく辞めたところで次にやりたいことなどあるはずもない。実家に引きこもり、食うか寝るか「2ちゃんねる」を見るかの生活になるのは必然だった。

だがそんな生活も1年続くとさすがにしんどくなってくる。金も変化もなくただ時間だけが無限にある日々はヤバい。私はありあまる時間をやり過ごすためにほとんど一日眠り続け、食事も数日に一度しかとらなくなった。

やがて限界を迎えた私は思った。働いて時間を潰そう。

世をナメすぎだが、結果的に社会復帰を果たしているので「よくぞナメてくれた」といったところだろうか。人生って意外とすぐには詰まないんだな。

社会復帰と居候生活


私の実家は交通機関もろくにない地方にあり、働きたいと思っても仕事がなかったので、都市部に住む祖母を頼ることにした。祖母は孫が突然労働に目覚めたことを喜び、4畳半の和室をひとつ空けてくれた。

初めてのアルバイトは飲食店のホールスタッフだった。まかないとして1食300円で店のものを好きなだけ食べることができ、ニートあがりの貧乏人にはとてもありがたかったことを覚えている。私はホールスタッフだったが、空き時間にちょっとした調理の基本なども教えてもらった。これが今日の自炊の礎になっていると言っても過言ではない。

慣れないながらも必死に働き、労働の対価を手にすると、「働くと金がもらえる」という当たり前の事実に私はすっかり魅了された。すげえ!あのありあまる時間を全部バイトに充てたらいっぱい金がもらえるじゃん!!

昼夜掛け持ち90連勤、狂気のバイト戦士誕生の瞬間である。

自室で虚空を見つめていた期間があまりに長すぎたため、時間が潰せて金までもらえると思えば大抵の嫌なことには耐えられた。穴の空いたシフトにいつでも駆けつけ、クレーム対応も吐瀉物の片付けも率先してやっていたあの頃が一番労働意欲に溢れていたかもしれない。

こうしてすっかり勤労の味を覚えた私だったが、一方で祖母との生活には翳りが出ていた。居候というのは身内の下であっても肩身の狭いものなのだ。

自立意識の高まり


アルバイトを始めて以来、私は食費を自分で捻出するのとは別に、光熱費や消耗品費として毎月3万円を家に入れていた。

しかし、祖母の機嫌を損ねると事あるごとに「出ていけ」「居候のくせに」と言われるのが嫌で仕方がなかった。このような物言いは、自分たちの間には明確な上下関係があり、何か意見できるような対等な存在ではないと言われているに等しいように思う。生活費を入れていようが私は祖母にとって“共に暮らす家族”ではないのだ。いつも本当に追い出されてしまわないように気を使う必要があった。

社会復帰からしばらくして、私は運良く事務職の正社員として就職する機会に恵まれた。

当時、仕事を辞めて行き場を失った兄も祖母の家に身を寄せており、兄は生活費さえ入れずに遊び歩いていたため、家の中の空気はいつもピリピリしていた。

せめて自分だけでもしっかりせねばと思っていた矢先のことだったので、就職が決まったときは喜びもひとしおだったのだが……そこで何がきっかけだったか、祖母からこのようになじられる出来事が起きた。

「出ていけ金食い虫!今まで一銭だって家に入れたこともないくせに!」

一月も欠かさず入れてた生活費、一銭にも数えられてなかったかぁ。

その翌日、私は不動産屋を訪ねた。
1日も早く人に頼らない生活がしたかった。

ギリギリからのスタート


こうして私は「祖母の家から自力で物を運べる距離にある部屋」を借りるに至った。決意から入居まで1ヶ月もかからなかったと思う。

軍資金は貯金が10万円と正社員としての収入が手取りで毎月12万円。家具も家電も一切ない状態からのスタートだったので、今あるお金で何から揃えるかは重要なところだった。

確か最初は寝具一式、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジで計5万円くらい。どれも単身者向けの安価なもので揃えたが、これだけで貯金が半分吹き飛んだ。家賃も初月の半月分と翌月分を先に振り込まないといけなかったので、光熱費なども入れると最初の1ヶ月は本当にギリギリだった。よく間に合ったな……。

家賃は管理費込みで2万6000円。値段を聞いた知人友人みんなから事故物件?と聞かれたくらいには安いが、5年住んでも霊障に見舞われたりはしなかった。

強いて言えば入居時からユニットバスの換気扇が壊れており、「音デカいし全然乾かねえな」とは思っていた。そんなもんだと思って使い続け、退去のときに判明して愕然とした。換気扇って換気ができるんだ?

気ままな一人暮らし


半ば意地で始めた一人暮らしだが、自分ですべてのことが決められるというのは本当に気が楽だ。

家賃を払ってさえいれば基本的に追い出される心配はないし、何にどれだけお金をかけても、あるいはかけなくてもいい。この自由さを知ってしまうと何があっても今後家族と住むことはないだろうなと思う。

実家暮らしで家族との関係に思い悩んでいる人に一度抜け出してみるのもいいよ、案外なんとかなるよと言いたくなるのにはこういった経緯がある。

なお、その後も少ない手取りからコツコツ貯めた50万円超の貯金が親のパチンコ代に消え、さらなる金の無心から逃れるために次の家に引っ越すなどの災難に見舞われるのだが、今は仕事も生活も安定し、自分で自分の世話だけすればいい生活を謳歌している。

よくまあ野垂れ死なずにやってこれたよ。
なんなら1から貯金し直して家買っちゃったよ。

不屈の精神に恵まれたのはラッキーだったかもしれない。