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根拠の強度が問われる

「面白くなさそうだけど観る。それが私には出来ないんです。」

この間、常連さんと話してた時に言われました。

たしかこの記事を読んでくれてたから、そんな会話になったのかな。

映画を観る時に、「これはきっと面白くない」「これは地雷だ」そんな事を警戒しつつも観る事があります。

(豪華キャストなのに90分の作品とか)

(豪華キャストなのに無名監督とか)

(豪華キャストなのに上映してたのも知らないやつとか)

(主演だけ豪華とか)

(邦題がめっちゃださいとか)

他に観るべき作品があるにも関わらず、そんな事をします。

なんでか。

楽しくないんです。

面白いと分かってる作品を観るのって。

(もちろん観るけど)

作品じゃなくて、観るという行為が。

面白くても期待通りだし、もし合わなかったら期待外れになる。

ある意味、リスクが大きいとも言える。

一番人気の単勝を買ってる感じか。

勝ってもリターンは低く、外した時のがっかり感はえげつない。

でも、最初からこうではなかったんです。

昔はレビューの高い作品、賞を貰ってるやつ、聞いた事のある名作。

これらを中心に観てました。

何も観てきてなくて、ただ逆張りをしてるだけではないんです。

過去があるから今がある。

何事もそうですね。

過去があるからカフェラテ屋だし、過去があるから今の豆、過去があるから東京牛乳。

流行りとか、差別化とか、逆張りとか。

何をするにも根拠がある。

その根拠の強度が問われる時代だと思います。

無理やりお店と結びつけてみました。

この強引な感じが地雷作品に多く見られ、駄作になってしまう特徴です。

気をつけよう。

自分も。



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