経営の難しさ
通っていた中華料理屋が休業した。
再開も未定で、今後の人生、ここよりも美味しい担々麺を食べられる日が来るのかどうか、不安で胸にぽっかりと穴が開いているのです。
ただ、通っていたと書いたとおり、最近は足が遠のいてまして。
理由は明確で、スタッフが変わったからです。
お店の運営方法が若干変わり、お酒に力を入れ始めました。
それと同時に、ソムリエが常駐するようになったのです。
これが僕には全く合わなかった。
お酒を飲まない人には冷たく、お酒を飲む人には良いサービスを。
これがあからさますぎて冷めてしまったのです。
お店の難しい所ですね。
そもそもは、食事だけの人も快く受け入れてくれました。
客席を見た感じ、お酒を頼む人は半分ぐらいで、何杯も飲むような人は少なかったように思う。
食事と軽く一杯のお店。
でも、それをやるにはきっと客数が少なかった。
これでは利益率が低い。
という事で、お酒に力を入れようとなったのかなと推測します。
すると、お店の雰囲気は徐々に、だけど、着実に変わっていきました。
騒々しくなる店内、冷遇されるサービス。
切り捨てられた側の人間の気持ちを体感する事が出来ました。
うちも上手くいかなくなった時、何かを変えるかもしれません。
僕が現場を離れる事もあるかもしれないし、売るものが変わるとか、営業形態が変わるとか。
でも、その時に思い浮かぶのは通ってくれてる人でしょう。
これをすると、あの人が来れなくなる。
それに囚われて変化が出来ず、潰れてしまうお店もあるかもしれない。
でも、思う。
お店を続ける事が大切なのかどうか。
好きだった人を切り捨て、新規のお客さんをとりに行くのが正解なのか。
後戻りは出来なくなる。
失った信頼は取り戻せない。
それをしてでもお店を続ける為に舵を切るのか。
経営って難しいですね。
全ての人を満足させる事は出来ない。
うちもそう。
客席がなくて文句を言う人がいる。
ディカフェが無くてがっかりする人がいる。
アーモンドミルクもないし、豆だって選べない。
でも、それらをとりに行くと、切り捨てなければいけない人が出てくる。
まず、今のスペースだと出来ないから移転しなきゃだし。
そしたら大半の人は来なくなるだろう。
やりたい事をやる為に始めたのに、気がつけば誰のためにやっているのか分からなくなる。
柔軟さも大事だけど、今は同じぐらい頑固さも大切な気がする。
時代の流れが早くなってる分、変わらないお店の貴重さにそろそろ気づき出すんじゃなかろうか。
というか、早く気づいてくれ。