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この1杯で、明日も良い日になりますように #KUKUMU

18時00分49秒、よし、今日は最速記録かもしれない。私は、冷蔵庫のチルドからトップバリュの発泡酒を取り出し、ぷしゅっとプルタブを開けた。

幸運にも、在宅勤務が基本の会社に勤めている。残業はほぼゼロのホワイトな企業なので、よほどのことがなければ18時に退勤することができるのだ。やることがない平日は、退勤から何秒で飲酒ができるかのタイムアタックを開催している。これがあると、ラスト30分の集中力もグッと上がるものだ。

手元の350ml缶を見てふと思う。私は1年に何リットルお酒を飲んでいるんだろうか。

計算してみたところ、1日1缶だとしても127.75Lだった。なお、1缶だけで終了という日はほとんどないので、1日2缶計算で255.5L。二日酔いや体調が悪い日は飲んでいないと言っても、飲み会があれば家で飲むより量は増えるので、少なく見積もっても年間250Lは平気で飲酒しているんじゃないだろうか。

成人を過ぎてから、もうすぐ4年が経つ。人生で飲んできた酒の量は1000Lを越えているのかもしれない。「健康」の2文字が頭をよぎり、少しゾッとする。数字にすると興が醒めるので、もうやめておこう。

こんな私なので、もはや信じてもらおうとすら思っていないけど、子どもだったときのよしザわは「おさけ」が嫌いだった。

両親が晩酌を始めてしまうと、長くて飽きる。いつも神経質な父が、顔を真っ赤にしてリビングで寝てしまうのも嫌だった。母や私が起こしても、ちっとも話を聞いてくれないどころか、「起こしてんじゃねぇ」と逆ギレされることさえある。家族揃って居酒屋で外食するのはちょっと好きだったけど、夜に出歩いている自分は好きじゃなかった。いつも早く帰りたいと思っていた。

きっとあれは悪い飲み物だ。

おさけがあると、みんな変な人になってしまう。おさけさえ無ければ、みんなのことが好きなのに。よし、私は大人になっても絶対おさけを飲まないぞ。

そんな決意も虚しく十数年経ち、今では私もしっかり「変な人」側に回っている。初めて口にした瞬間から美味しかったので、飲まない理由がないと思った。酒の良さも、飲まないとやってられないような社会人の疲れも、あのときの私には分かるまい。それに、お酒の席だからこそ仲良くなれた人もたくさんいる。性格も少し明るくなった。学生時代は今よりも根暗で、ちょっとしたことでも引きずりまくっていたのだが、お酒を飲むことで「まぁいっか」と言えるようになったのだ。個人的に、これはとても大きい。

私にとってお酒とは、「今日も1日生きることができてよかったね」というご褒美だ。がんばるのは苦手だけど、自分を甘やかすのは得意。すっかりダメな大人になってしまった。

そんな訳で、毎晩の酒を活力になんとかを日々をやり過ごしているのだが、明確に「飲み」のステージが1つ上がった出来事がある。

ひとり飲みデビューだ。

大学4年生で授業もほぼなくなり、就活も半ば落ち着いてバイトばかりしていた頃、ようやく手持ちに余裕が生まれはじめたのがきっかけだ。それまで、飲酒といえば自宅で晩酌か飲み会の二択だったが、お金さえあれば居酒屋でひとり飲みをしても良いと知ってしまったのである。飲み方にはそれぞれ長短があって、どれが一番か決めることはできない。人と話ながら飲むのも楽しいし、家で動画でも見ながらダラっと飲むのも好きだ。しかし、満足度が高いのは圧倒的に居酒屋でのひとり飲み。好きな酒と料理を気を遣わずにマイペースで楽しめる。意地汚いかもしれないが、正直言って、好きな食べ物はひとりで全部食べてしまいたいのだ。その料理が好物であればあるほど、ひとり飲みはどんどん上質になっていく。

酒の席は一期一会、同じ場所で同じ酒を飲んでも、同じ酔いは二度として訪れない。だが、あえてひとり飲みのベストを決めるのだとしたら、私は『日本酒原価酒蔵』に一票を投じよう。

2015年に新橋でオープンして以来、都内を中心にお店を広げる日本酒専門店。入館料を支払う代わりに日本酒を原価販売してくれるので、他では手が出ないような良いお酒に巡り合うことができる素敵な場所だ。


こんな感じで、100ml瓶に日本酒を入れて提供してくれるのだ。3本も飲めばだいぶ良い気分、調子に乗ると5本までいってしまう。1本ずつ飲んでもいいし、いくつか頼んで飲み比べてみるのも良い。おちょこは使い放題だ。瓶は冷蔵庫で保存されているので、出てくる酒はどれもよく冷えている。各瓶に酒の説明カードを付けてくれるので、飲み進めていくうちになんとなく自分の好みがわかってくる。普段は日本酒を飲まない人でも、きっと楽しめるはず。

酒が安い代わりに料理は少々お高めだが、どれも非常に美味しい。干物、燻製、チーズ盛り、ポテサラと、メニューを見るだけで酒がすすむ。今日の気分はなんじゃろか、どの酒に合わせて頼もうか。お通しをつまみに、財布と相談しながら本日の主役をゆっくり見極めていく。


でも、やっぱりこれだけは外せない。最初に注文するのは、あん肝ポン酢と81の黄金セットだ。

まずはお酒から。この81は、『日本酒原価酒蔵』でしか飲めない看板商品だ。スッキリ飲みやすく、マジでどんな料理にでも合う。他の居酒屋ではとりあえず生を頼むように、ここに来たら迷わず81を頼み、最初のひと口をグッと飲むのだ。旨味が体に染み渡る。

ちなみに、この洒落た名前は海外から日本へ電話をかける時にプッシュする国番号「+81」が由来。日本国内だけでなく、世界へ日本酒の魅力を伝えたいという想いから名付けられた。81のファンとしても、1人でも多くの人にこの酒を飲んでもらいたいと思う。

そんでもって、ここのあん肝ポン酢がとにかく素晴らしい。私は note のプロフィールにも書いちゃうくらい、あん肝が大好物。店で目に入れば注文し、スーパーでパックや缶詰を買い、挙句の果てには生のあん肝から調理したことがあるほど心を奪われている。あんこうの名産地である茨城へ、あん肝旅行に行くことも計画中だ。

寿司屋やら小料理屋やら、お高めのお店でもあん肝ポン酢を食べた経験があるにはあるが、『日本酒原価酒蔵』のあん肝の柔らかさが私はかなり気に入っている。しかも、何度訪れても落ちることのないクオリティ。「美味しいあん肝が食べたいなぁ」と思ったときは、冒険して初めての店を開拓するよりも、この店に来たほうが早い。

箸の先であん肝をちょこんと取って、日本酒を舐める。海と米の風味が口の中に広がれば、頭の中は「うまい」の3文字だ。日本人に生まれて良かったぁ。このじーんと染み入る旨味は、ビールでもワインでも得られない。脳が幸で震えるこの瞬間が、たまらなく好きだ。

はぁ、思い出したらまた食べたくなってきた……。

酒好きな私だが、ひとり飲みに行く日はそれほど多くない。頑張ったけどまだ元気な日(主に出社日)か、絶好調に気分がいい日(早起きできた休日など)だけと決めている。飲んでコンディションが悪くなるのは、酒のせいじゃない。悪いコンディションで飲むから良くない酔い方をするのだ。「今日はもうダメだ!」という日って、つい酒に逃げてしまうけど本当はそうするべきでないんだよ。自戒を込めて、ここに書き残しておく。そうでないと、お酒と料理に失礼だからね。

年齢を重ねるとともに、より良い酒吞みになるのが私の人生の目標だ。長くお付き合いができますように。

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文:よしザわ るな
編集:栗田真希

食べるマガジン『KUKUMU』の今月のテーマは、「ごほうびメシ」です。4人のライターによるそれぞれの記事をお楽しみください。毎週水曜日の夜に更新予定です。『KUKUMU』について、詳しくは下記のnoteをどうぞ。また、わたしたちのマガジンを将来 zine としてまとめたいと思っています。そのため、下記のnoteよりサポートしていただけるとうれしいです。