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【こえ #46】自身も障害に直面した作業療法士

前田 朋子さん


 最初は、単なる喉の違和感だった。「何となく引っかかるような。声もしゃがれてきて」。近くの耳鼻咽喉科にかかると、その場で大きな病院への紹介状が書かれ、最終的に愛知県がんセンターで『下咽頭がん』を宣告された。

 前田さんは、2000年に悪性リンパ腫を発症して、抗がん剤治療や放射線治療を受けた経験があり、「癌と言われた時は手術だろう」と覚悟した。しかし、手術に際して「声帯を摘出しないといけないと言われ、納得できなかった」。普通、一般病院の診断に納得せずにがんセンターにセカンドオピニオンを求めることはあっても、逆はない。それでもがんセンター以外にセカンドオピニオンを求めたが、残念ながら「同じ見解だった」。手術が決まっても「不安で、医学書を読みまくった」。それでも、「提案された標準治療は本の通りで、これしかないんだ」と、自分を納得させた。

 この間、8月に癌の申告を受けて、9月には摘出手術と、極めて短い時間だった。喉頭(空気の通り道であり声帯を振動させて声を出す働きもする)や食道(食べ物の通り道)の一部を摘出する手術を行い、また切除した食道の一部に対して小腸の一部を採取して補う形で移植する空腸移植再建手術も行った。


 術後、愛知県で声帯を摘出し声を失った人に対して発声訓練を通じて社会復帰を支援する『愛友会』に参加する。当初は、電気の振動を発生させる器具を喉に当て、口の中にその振動を響かせ、口(舌や唇、歯など)を動かすことで言葉にする『電気式人工喉頭(EL)』を通じた発声に取り組む。しかし、『愛友会』で色々な情報をもらいながら翌年には、新たな「気管」と「食道」とをつなぐ器具を挿入するとともに、気管孔を器具で塞ぐことで肺の空気を食道に導き、声を出す『シャント発声』のための手術に踏み切った。


 しかし、術後に発せられた声は、予想外に「ものすごい低い声になった」。同じ手術をした方がすべて同様になるわけではないが、前田さんは、切除した食道の一部を補うために小腸の一部を移植した部分が「厚いが故に、音が低くなったのではないか」と教えてくれた。

 さらに、術後1年も経たないうちに、食道の壁面に肉芽ができていることもわかった。それが「空気の流れを邪魔しているかもしれない」。特に女性にとって、声の音の高さ低さは重要だろう。

 そうした背景もあり、日常的には、当初取り組んだ『電気式人工喉頭(EL)』を使うようになった。しかし、家事をするとなれば両手を使うのが普通だが片手が塞がるし、とっさに話しかけられても器具を取り出すのにタイムラグがある、他方で首にぶら下げ続けるとなれば重いなど課題は多く、「軽くて両手を使える形状を望んでやまない」。

 一方で、『電気式人工喉頭(EL)』に慣れる中で、首にぶら下げた器具をぶつけたり、前かがみになって落としたり、器具の周縁の溝に埃が溜まったりと、使用経験が蓄積された。「100円ショップで売っている野菜の切り口用のカバーを被せると音が変わらずに埃も防げて衝撃吸収にもなる」というユーザー独自の使い方まで編み出した。
 しかし、周囲も『電気式人工喉頭(EL)』を通じた“声”に慣れ過ぎて、「家族に元の声を忘れちゃったなんて言われることだけが、ちょっと悲しい」。


 実は、前田さん自身は、病院のリハビリテーションで作業療法士として働いていた。そのため、「多くの障害を知っていた」。しかし、自身で障害に直面した経験に基づき、手術前の期間に患者の不安をサポートする体制の重要さに気付いた。そのため、現在はご自身でも「癌のピアサポートの研修を受け、何か活動ができないかと考えている」。

 この先どうなるかわからない不安。そんな不安を最も解消できるのは、少し先に同じ不安を経験した人だけかもしれない。こうした発信が、そんな経験の流通に一役買えれば嬉しい。



▷ 愛友会



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