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おなかいっぱいたべてみたい(2)~函館旅行記(2)

正午過ぎの新幹線に乗って終点の新函館北斗駅まで、およそ四時間弱の旅路。
更にそこから函館本線と市電を乗り継いで、目的地のホテルに着いたのは日没後の午後七時を回ってしまっていた。
チェックインの際、早速フロントの方から二泊三日分の食事の開始時間を尋ねられた。予め時間を区切る事で混雑を分散させているのだろう。それぞれの時間を指定して、ウェルカムドリンクのトウキビ茶を飲み干すと、いざ宿泊部屋へ。そして部屋に着くないなや玄関に荷物を置いて、ダブルベッドにグレードアップされていた感慨に浸る事もなくバイキング会場へ。
この時既に、時刻は午後七時半前。最終の食事開始時間が迫っていたからだ。

分散入場のお陰か、ほぼ待ち時間なくバイキング会場に入る事が出来た。
スタッフの案内で座席まで少し距離があって歩くのだが、その道中に目に飛び込んで来たのはライブグリル。牛肉と豚肉がじゅうじゅう音を立てて焼かれている様子が目の前で展開された隣には、殻付きのホタテが「早く食べて」と言わんばかりに網の上で焼けてスタンバイしている状態。
これらを見た瞬間、僕の胃袋は勝手に「キュウ」と鳴いていた。かつてこんな可愛い空腹の合図を聞いたことがない。自宅を発ってから一切食べ物を口にしていない僕の口の中は唾液に満ち満ちていた。
バイキングのシステムを一通り聞くと、お盆とお皿を取って、まずは1周目のチョイスへ。
サラダゾーンに出向いて、オニオンスライスとベビーリーフ、レタスにミニトマトを盛って、フライドオニオンとドレッシングをかけてサラダは完成。続いて前菜に相当するコーナーに向かったのだが、ラインナップの大半がそれ単体で十分メインのおかずを張れるレベルのものばかり。唐揚げやポテトにジンギスカン、チキンのトマト煮込みにマカロニグラタンといった洋食をチョイスして、余ったスペースにいかと大根の煮物とひじき、そして根菜のマリネといった和惣菜を載せて、いざ実食。

美味しい。幸せ――料理を口に運んでは噛む度に、僕は天井を見上げていた。傍目から見たら、確実に変な人と思われたに違いない。けれども、これだけの多彩な種類の料理を好きなだけ食べられるという幼い頃からの憧れを今叶えられていると思うと、自然とその幸福を噛み締めずにはいられなかったのだ。ましてや、アラフォーにも片足を突っ込み、普段その日その場しのぎで適当に料理を作っている身としては、殊更に有り難みも感じられて、恥ずかしながら正直泣きそうになっていた。

よそった料理達を一通り食べ尽くして、2周目へ。惣菜セクションで1周目で食べ逃していた和惣菜を数種類よそってから、ライブグリルのセクションへ。出来立てのローストビーフにソースと岩塩を添えて戻ろうとしたところで、ふと目についたのがカレーのコーナー。ここに来てようやく主食のご飯をまだ食べていない事に気づいた僕は、迷わずカレーも大盛りでチョイス。ついでにカレーの隣にあった塩ラーメンもゲットして、人生史上最大ボリュームの『おかわり』が完成した。普段は大食感ではない僕としては「やばい、盛り過ぎたかも」と最悪お残ししてしまう懸念も過ぎったりもしたが、久方ぶりのバイキングの高揚感と幸福感もあってか、どうにか平らげる事が出来た。

さあ3周目も行こうかと思ったものの、明日ある『私用』の事も考えて、ここで切り上げることに。幸い明日の夕食もここのバイキングなので、海鮮系やデザートはそれまで我慢することに。
その後部屋に戻って、すぐさま最上階にある温泉へ。波の打ち寄せる音を聞きながら浸かる露天風呂に大満足して無事帰室。午後九時を回ってようやく室内の設備などをチェック。冷蔵庫に入っていたペットボトル水のサービスと美鈴珈琲のドリップバッグに喜び、半日後に迫った『私用』の最終確認へ。

ウェアよし、シューズよし、ゼッケンよし。風呂上がりのストレッチをしながら、明日の流れをパンフレットで確認しておく。
食べ過ぎて大丈夫かなという懸念はあるものの、今更心配したところで何も変わらない。とりあえずさっさと寝て、不安なんて取っ払おう。

こうして初日は、午後十時前に消灯した。
移動の疲れや食事に満足したからか、ベッドインしてからは、あっという間に眠りに就くことが出来た。こんな経験も久しぶりだった。

目を瞑る間際、自分にこう言い聞かせる。
さあ明日はお待ちかねの『私用』が待っているぞ、と。

――函館マラソン。学生時代以来の、ハーフマラソンが。

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