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VAN JACKET の二代目・石津祥介氏が亡くなっていた件

今年は殊の外、著名ミュージシャンが70代とか50代とか、若くして亡くなる訃報を多く耳にした年でした。
特に私個人的には、中学生の頃から敬愛・傾倒してきたアリスの谷村新司氏の訃報(享年74歳)には大きな衝撃を受けて、毎週末のネットラヂオ配信では嗚咽が止まらず、その後数日間、茫然と過ごしていました。

ミュージシャンのみならず、11/24(金)には直木賞作家の伊集院静氏が73歳でご逝去されたとの報が流れたのですが、そんな中でひっそりと報じられたのが、ファッションディレクターの石津いしづ 祥介しょうすけ氏(享年88歳)の訃報(‘23/11/2(木))でした。

石津祥介氏の名前は知らなくても、“石津”という姓と、最後の“介”を見てピンとくる方も多いかと思います。
1960~70年代初め、日本にアイビールックを仕掛けて『メンズファッションの神』と呼ばれた、石津謙介いしづ けんすけ氏の長男さんです。

石津謙介氏についてもう少し補足すると、株式会社ヴァンヂャケットの創業者であり、(一社)日本メンズファッション協会の最高顧問も務められた重鎮ということで、約2年前の私のブログでもその功績を語らせていただいた記憶があります。
祥介氏はその父・謙介氏の血を引いて、(一社)日本メンズファッション協会の常任理事を務められていました。

祥介氏は、明治大学中退後に幾つかのデザイン・モード学校を経て婦人画報社に入社。


私の年代の男性で婦人画報社という出版社に聞き覚えある方も多いかと思いますが、『男の服飾』や『MEN’S CLUB』の創世記に編集部に在籍。その後、1960年に株式会社ヴァンヂャケットに入社して、父・謙介氏の右腕として日本のアイビー&トラッドファッションを広めてこられた方です。

大きな仕事としては、1965年にアメリカ東海岸の学生の日常着を紹介した写真集「TAKE IVY」を編集・発刊し、これが日本の若者にアイビーブームを巻き起こしました。この写真集はその後も何度かの復刻版が発売されていますが、どれも現在は入手困難で、愛好家の間で高値で取引きされています。

晩年は、現在の“THE NIKKEI MAGAZINE”の前身である“NIKKEI STYLE Men's Fashion”で『石津祥介のおしゃれ放談』を連載されており、令和のメンズファッションにいろいろな想いを語っておられました。

印象的な投げ掛けとして幾つか紹介します。

■ビジネスマンよ、「スーツに白スニーカー」を恐れるな
■セットアップにTシャツは、ありえない
■短すぎる靴下NG、すね毛は論外
■夏の仕事服は「チノより真っ白パンツ」
■男のトレンチコート、膝下丈でゆったり感

それぞれの詳細は、(有)石津事務所のHPでお読みいただけます。

さて、石津謙介氏も石津祥介氏も、日本のメンズファッションに大きな功績を遺した過去の偉人なら、現在、その系譜を引く人物は?といえば、謙介氏の孫、祥介氏の長男である石津塁氏ということになります。

塁氏は1969年生まれ(54歳)ですので、1965年生まれの私とほぼ同年代。
祖父が立ち上げた(有)石津事務所を引き継ぎながら、ファッションデザイナー・ファッションディレクターとして活躍。
2019年には業界の有力者を募って、3人で新ブランド『KENS IVYケンズアイビー』を立ち上げ。
塁氏自身は、『ターゲットは20代から団塊の世代(現在70歳前後の世代)まで。今の若者が SUPREMEシュプリームに夢中なように、みゆき族だった1960年代後半の若者は VAN JACKETヴァンヂャケットに首ったけだった。どちらにも KENS IVY を届けられたらと思う』と意気込んでいます。

最後に芸能界の雑学ですが…
大阪出身のタレントで女優のファーストサマーウイカさん、VAN JACKET創業者である石津謙介翁とは遠縁の親戚だとか。
自分の祖母の伯父が石津謙介氏だと、ファーストサマーウイカさんがバラエティ番組で公開していたとのこと。なかなか面白い情報でした。


※トップ画像は男子専科より借用しました

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