Nervous Fairy-14"sEcond conNect"


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 慣れたら、ダメだろうよ。
 そもそも慣れることじゃない。
「……え、あたしなんか悪いこと言った?」
 丸テーブルの向こう側から、コーヒーの淹れ終わりを待つため机の椅子に座る俺に、新刻が投げかけてきた。
「え?なんで?」
「……なんか表情が険しい」
「ああ、悪い。顔に出てたか……えっと、悪いことは言ってない。けど酷いことは言った」
「……ごめん」
「わかってないだろ、その謝罪」
「……え、えっと」
 なんだ。いつもの気丈な新刻はどこに行った。と思うけど、あれをみてしまったら凹んでいるのか?それともショックなのか?呆然としているのか?状態が分からないから迂闊にそこに踏み込むわけにはいかない。
「……慣れてるって、何?」
 とりあえずそこだ。
「……え?ま、まあ、初めてじゃないし」
「……は?」
「多分累計……7回ぐらい」
「……お前は正真正銘のバカか?」
 その数字を聞いて俺の怒りは沸点に達しようとしていた。
「…なんで」
「誰かそのこと知ってんの?両親とか、親友とか」
「知らない。母とは、父が亡くなってからあの部屋に住むようになって。それからほとんど口聞いてないし、口聞かなくなってから、兄のああいう行動始まったし。親友……なんて別にいないし」
「通報は?」
「一回もないよ。そんなことしたら母に何されるか分からない。けど、だから服で少しでも稼いで自立してやろうっては思った。あの大好きな部屋を出れるくらいの。じゃないと逃げきれない」
「……異常だな」
「わかってる。わかってるけど!対抗できるぐらいの力もないんだよ。今のあたしには。味方なんて、あたしにはいないし……」
「……」
 そのタイミングでコーヒーメーカーが淹れ終わりを告げたので、さっきも使っていたからのマグカップに注ぎ込んで、俺は丸テーブルの反対側に対面するようにあぐらをかいて座った。
「今正面にいる人間は?」
「……わかんないそんなの」
「思いっきり蹴り飛ばした後で警察呼べって言ったんだぞ?訴えられたら傷害で手錠かけられかねない状況でさ。それで家に避難させてさ。これでも味方には数えられない?」
「……いや、うん。ごめん。ちょっと、自虐が過ぎた」
「まともに考えられんじゃん。なら、お前の兄貴がどういうことしてるかってわかるだろ?」
「……うん」
「母親がどう言おうと、そいつがやってることは犯罪なんだよ?一回で逮捕級の!」
 いかん、これは。憎さが込み上げてきてテンションがつい上がってしまう。
「………」
 ほらみろ。新刻を萎縮させてしまった。
「…大きな声出してごめん。別に、新刻を攻めてるわけじゃないんだけど…」
「……うん」
「でも、こうやって知り合って、高校生で、自分の手でなんか作ろうとしてる知り合いって、貴重じゃない?」
「…それは…分からなくない」
「そういう奴に、不幸であってほしくないんだよね」
「……うん」
「……言いたいこと、隠してるだろ。だから当たり障りのないことしか言わない。それを意識してるから、こういう話になるんだと思うんだよなぁ。つってもいきなり全部解放しろってのも無理か……」
「……なんでわかるの」
「昔、自分がそうだったからだよ」
「え?」
 そう言って、俺は立ち上がってアクセサリー作りのちっちゃい工房にしているクローゼットに歩み寄ってその扉を開ける。そこにはアクセ作りに必要な道具が全て揃っている。作りかけのものもあり、デザインのラフ画も貼ってある。俺のアクセ作りの全部を発揮する場所。
「こっちきて見てみ」
「……何?」
「俺が、受け継いだ工房」
「え!?見たい!…けど…受け継いだ?」
 言いながら、立ち上がって、俺の隣へと数歩進め、隣に立つ。なんか、恐る恐るという風にも見えた。
「ああ。本来の俺の部屋って、その時は今お前が使ってる客間だったんだ。けど、歳の離れた兄が死んで、この部屋がそのまま残された。兄が作ってたんだ。アクセ。で、そのまま残しておきたいっていう両親と話しして、兄貴がやってたことを引き継ぎたいって、ここを使わせてもらうことになった。だから、受け継いだ工房」
 隣に立つ新刻が俯いて、息を呑む声が聞こえる。
「もう何年も前の話だけど、そん時は今の新刻みたいだったんだ俺。両親も兄貴が死んだことで塞いでたし。その時に気づいたんだ。本当に言いたいことがあるけど、言っちゃいけないって思い込んでるやつって、口数少なくなるし、気丈なふりする。当たり障りのないことしか言わない。要は、本心がない会話しかしない。そうやって、自分は周りとうまくやっていけてるから大丈夫、って壁を張るんだ。そうして、自分にもそう思い込ませるけど、どっかでそんなのは綻びが来る。まあもちろん本人の性格にもよるんだろうけど。言いたいことも言えなくて腐っていくのは、俺は違うと思う。最終的にはぶちまけるんなら、耐えるのって、なんの意味がある?意図的に作り上げてる気丈な自分にプライドなんて必要ないだろ?って、思ったら、すん、って楽になって、大泣きした。両親も泣いてた」
 一気に喋り倒してしまった、と思って改めて新刻の顔を見ると、涙が一筋、流れていた。それを見て、母が言っていたことを思い出す。
「……中途半端に泣くなって。思いっきり泣いていいんだって」
 と言って、軽ーく背中に手を回す。まあ、ハグ程度に。不思議と、気恥ずかしさはなかった。
 そうしたら、崩壊したらしい。声をあげて大泣きし始める新刻。次第に膝の力が抜けたのだろうか、崩折れそうになるから、今度は支えるくらいの力に切り替わる。
 家族以外の人をハグしたことなんてなかったけど、暖かさの種類が全然違うな、と思う。
 パジャマの種類が違うから?そんな単純な話じゃなさそうだ。
 しばらくして、ひっくひっくしながらも何となく膝に力は入り始めた。
 どれくらい時間が経ったか分からないけど、新刻が口を開き始めた。

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基本的に物語を作ることしか考えていないしがないアマチュアの文章書きです。(自分で小説書きとか作家とか言えません怖くて)どう届けたいという気持ちはもちろんありますけど、皆さんの受け取りたい形にフィットしてればいいなと。yogiboみたいにw