Nervous Fairy-28"有意伝心"

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「それじゃ、そろそろお母さんから連絡来るかもだから」
と、携帯を見た瞬間、ドアがノックされた。
「夜分遅くに失礼します。県警のものですが、10分程度よろしいですか?」
「え、あ、はい」
と、結城が返事を返す。
「あ、目撃者の方もご一緒でしたか。なら都合がいいんですが、お帰りにならなくても大丈夫ですか?」
「警察の方への協力なら」
と、ひとしきり当時の状況を説明する。あたしと結城の発言に齟齬がなかったことから、認められたのだろう。
「わかりました。ありがとうございます。病院に無理を言って面会時間を伸ばしてもらいました。そうお時間はいただきません」
「はい。わかりました」
 と、対応すると、当時の状況や被害届届出の有無やなんかを確認されて一旦事情聴取的な内容は終了した。
「わかりました。協力的に、ありがとうございます」
「いえ」
「これが終わるともう面会時間終了ですが、よければ車でお送りしましょうか?」
「え、いいんですか」
「もちろんです。夜も遅いですし」
「そうしてもらいな、想」
「え、でも……」
「いいから。おかんにはメッセ入れといて」
「わかった。けど、着替えてから帰りたいかなぁ」
「おけ」
「あ、じゃあ外におりますので、お声がけを」
 それからワンピースの着替えだけを個室内のトイレで済ませる。ワンピースは、結城が持っていたいとのことなので一度預けた。どうせ今日洗濯したところで無駄な抵抗だろう。これはもう外には着ていけない。
「それじゃあ、また明日ね」
「おう。メッセするわ」
「うん。じゃあ、また明日」
 その後、病院を出て、初めて乗る覆面パトカーに緊張しつつ乗り込み、行き先を告げる。
 篠倉家であることに若干驚かれたが、それでもそこまで送ってくれた。明日、事情をきくために直接訪れる可能性もあるということなので、学校への事情説明もあるため外出中の可能性があるということで電話番号を渡して、結城の両親にもそれを告げる旨を伝えると、その覆面パトカーは去っていった。
「……ふう」
 すごい一日だった。いや、まだ終わってない。
 玄関の鍵は空いていた。
「今戻りましたー」
 と言いながら玄関を閉める。
「あ、おかえりー。新刻ちゃん、落ち着いたら少しだけ話せる?」
「あ、あたしもお話があるので、すぐにでも。リビングでいいですか?」
「うん。じゃおいで」
「はい」
 そう招かれてリビングに入ると、あたしはソファの横にかけていたポーチを置いて、テーブルについた。
「新刻ちゃん、ココアでいい?」
「あ、あたしやります」
「いやいや、ついでだからいいよ」
「よかったら、対面式のカウンターの方おいでよ。お話ししーましょ?」
「あ、はい」
 言われて、キッチンの様子が全貌できるカウンターに備え付けられているハイチェアに腰掛ける。
「結城、あれからどうだった?」
「普通でした。むしろなんか明るくなってたような……」
「……なるほどね。甘えられたでしょ?」
「い、いえ!」
 と、思いっきりリアクションをとってしまうと、嘘をつく形になってしまった。
「えー?だってワンピース持ってきてないじゃん。あいつが置いてけって言ったんでしょ?」
「……はい」
「ね、こういう話するなって言われてるけど、もうなんかしたの?ハグとか、キスとか?そういうの」
「え!?な、ないですよそんな!」
「あーしたな。どこまでかはしたな。もう付き合ってるんじゃないの?」
「違います。それは、ないですね」
「そうなんだ。いやー新刻ちゃんわかりやすいね。ないですね、の前に本当なら、残念ながら、が入るよね」
「入りません!」
「いや絶対入る。認めちゃいな。あたしは応援してるんだから。あいつはその辺、いっときからめちゃめちゃ硬くなっちゃったから」
「…そうなんですか?」
「何があったかは知らないけどね」
「…ふうん」
「あ、でーきたっと」
 と、掛け声をつけてお母さんがカウンターにココアとクッキーを置いてくれた。するとそのまま向こう側でマグカップを手に取る。
「ありがとうございます。お母さんは、座らないんですか?」
「あ、こっちにもハイチェアあるのよ。気にしないで大丈夫よ。ありがとね」
「いえ」
 それだけ言ってあたしはココアに一口つける。あったかい。熱すぎずに素晴らしい。
「で、だ。おふざけは一旦封印して」
「はい」
 あたしは背筋を伸ばす。
「こうなっちゃうと、なんで結城が、新刻ちゃんを連れてこなきゃいけないような事態になるか、って言う部分をちょっと聞きたい。言える範囲でもちろん構わないから」
「はい、もちろん、全てお話しします」
 そうしてあたしは、少し震える手を押さえつけながら話し始めた。
 結城に話していない部分もあるけど、それでも構わなかった。
「実は、うちの母親、元から教育ママ的なタイプで」
 そこから始まるあたしの冷遇時代。
 暴力こそ振るわれなかったが、確かに優秀であろう兄と比べられ、ゴミ扱いされた。父がいるとしないくせに、仕事で遅い時は夕食時も告げられず、椅子もなかった。食事だけはかろうじてある。父にバレないようにと言うことであろう。
 小学校高学年に入ってエスカレート気味になったので、父が気を遣ってくれて、あの離れを2人で改造して、母家にいる時間を減らしたこと。それくらいから服作りを進める。アプリ販売はまだだったけど、父が念のためと保護者同意をくくりつけた。離れで暮らすようになってからあたしが成績を伸ばしたことが母には気に食わなかったのかもしれないとも思う。5年生の時に父が体調を崩して入院し、中学に入るとともに他界した。制服姿は見せたことがない。残念。
 この頃から性格が歪み始めた。さらにあたしよりちょっと遠目の高校に進学した兄に、そんなあたしを守るような素振りは一切なかった。中学からは今の生活で、完全に離れでの生活が主になった。中学一年後半からフリーマーケットで小物やポーチ、服を売り始めるとそれなりに反響があって、アプリでの販売を考え始める。
 2年に上がると、兄の奇行と乱暴が始まる。
 2年経過した今でも、何気に兄よりランクの上の高校に進学した今も続いていること。
 そこから今までそれが続いていること。
 そしてそれが初めてのことで、これまでに2度堕胎していること。
 体は、今は健康上の問題はないこと。
「ちょ、ちょっと待った」
 と、お母さんはそこで話を遮った。
「はい」
「ちょっと、待った。その、初めてしたのが兄だとか、堕胎したことは、結城知ってるの?」
「はい。話しましたよ?」
「……あいつは本当にバカだな。まあ、いいや、それは置いとこう。あとで本人に伝えるわ」
「はい」
「あーもうあたしも胸糞悪くなってきた。いいや。聞かなきゃ。続けて」
「不快な話ですみません」
 と置いて、続ける。
 それで昨日、また襲われそうになっていたら、近くを偶然歩いていた結城が声を聞き留めてくれて、部屋に飛び込んで、兄を蹴り飛ばして助けてくれて、今ここにいること。
 通報しなかったのは、兄も被害者の側面を持っていることに自分が気を使いすぎているからってこと。
「被害者って?」
「これも胸糞悪いんですけど、話していいですか?」
「うん」
「お父さんが死んでから、夜、2人が寝静まっただろうなーって時間に、母屋に忍び寄ってお風呂に入るのが習慣になって。で、今から、一年半くらい前かな。その頃のある日、お風呂から出たら、2階からお母さんの声がしたんです」
「怒鳴ってるとか?」
「いえ。その、してる時に、出る声」
「……喘ぎ声ってこと!?あ、ごめん!直接的に」
「はい。あれはそうだと思います。お母さんだから言いますけど、あたしは出したことないんで。泣きながら無言でやられるだけって感じなので、詳しくないんですけど」
「そんなことに詳しくならんでいい15歳の女子が」
「あ、そうですかやっぱり」
「……1人でしてるのかね」
「兄と思しき声もしたので、おそらく」
「……え」
「直後に想像してしまって、トイレに入って夕飯全部吐きました」
 お母さんは黙り込んで、しかし促すような仕草をされたのであたしは終盤に入ったその話をもう少しだけ続ける。
「あ、でももうこの話は全部かな、です。結城くんに助けてもらって、ここにお邪魔させてもらってからは、お母さんも知るところだと思うので。結城くんにも、お母さんには話した方が楽になるんじゃ?って言われていたので。一応、以上です。一方的になっちゃってすみません。何かあれば」
 と言って、少しだけ温度の下がったココアに口をつける。
 お母さんは、伏目がちになってしまったことを気にしたのだろう。
「……結城には、この事どこまで」
「ほとんど全部、は、話してます。ここまで詳細じゃないですけど。それでも……あ」
「それでも?何?」
 これははぐらかしても意味がないと思って、白状する。
「それでも、こんな汚れきってるって思われても仕方ない心と体のあたしを助けてくれて、ちゃんと‥‥その……」
「……」
 続きが待たれている沈黙。
 少し鼻を啜る。
「……昨日の夜、ふわって、抱きしめてくれたんです。工房のお兄さんの話を聞いた時。開いたクローゼットの前で」
 涙声がもう止まらない。結城は死んだわけじゃないのに。
 さっきは元気だったけど、結城なりの強がりだったのかもしれない。
 けれどごめん、そんなことより。
 ここにいない。
 ただそれだけで、息が苦しい。
「……」
「あと昨夜、眠る時、あたしが駄々こねて入れてもらった同じ布団の中で、背中摩りながら、頭撫でながら、お父さんの分、って、言って、くれて、さっきも病室出る時、一瞬だけどしてくれて……」
 もう、何も見えない。顔が、ぐしゃぐしゃの涙によって熱を奪われていく。喉の痛みが増していく。けど。
「まだ、背中に結城の手の温度がある気がするんです……きっと、きっとあたしの中で大切なんだろう、って思ってたのに、そんな人を…あんな目に……」
 お母さん、何言ってるかわからないだろうな。
「もう、この世に、そんなに、優しくしてくれる人なんて、あたしにはいない、現れないって、ずっと思ってたから……」
 もうヒックヒックしてしまっている。嗚咽。
「だから……今あたしはここにいることができていること、お母さんにちゃんと話を聞いてもらえていること…すごく、奇跡みたいで…でも、結城いなくて……」
 そこで、ふんわり、と、抱きしめられた。
「こんな感じでしょ?多分結城のハグ」
「…………うん」
 そして崩壊した。もう声をあげて泣くしかなかった。泣いてしかいないな自分。
「おーよしよし。そっかぁ。娘がいたらこんな感じなのかなぁ」
 それからあたしが落ち着くまで、ずっとそうしてくれていた。
 温かいものって、奇跡的だ。

基本的に物語を作ることしか考えていないしがないアマチュアの文章書きです。(自分で小説書きとか作家とか言えません怖くて)どう届けたいという気持ちはもちろんありますけど、皆さんの受け取りたい形にフィットしてればいいなと。yogiboみたいにw