Nervous Fairy-27“想起来逢"

“想起来逢"
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 しばらくして落ち着くと、玲子さんが肩を抱いていてくれた。
 本当に、お母さんみたい。うちの母は、こんなことしてくれなかった。
「少し、落ち着いた?」
「……はい」
「びっくりするよねぇ。真っ白いワンピース、そんなに赤くなっちゃって」
「すみません」
「謝ることじゃないって。それに関しては、新刻ちゃんが一番ショックでしょ」
「……かも、です」
「隠さなくていいよ。新刻ちゃん、結城のこと、好きなんだもんね」
「……え?」
「え?って、今更惚けること?」
「いや、そうなんですか?」
「あたしに聞かれても。自分の心に聞いてみなよ」
「……んー」
 と、そのとき、処置室の重い扉が開き、ストレッチャーに乗せられた結城が奥に見えた。点滴が繋がれていた。先に、おそらく処置してくれたと思しき先生が出てきた。
「先生」
 と、発したのはお父さんだった。
「ああ、ご両親ですか。処置は完了しました。場所が場所だったので出血多めでしたけど、傷自体はさほど深くありません。基本処置はもう済んでまして、縫合も無事完了しました。明日の昼くらいまでは局部麻酔も効いてますので、痛みが出てきたらまた診療します。多少は入院が必要ですが、大事にはなりませんね。ご安心ください」
「ありがとうございます」
「あ、もう今日から通常病棟なので、もしよければ入院中の必要なものとか持ってきてもらってもいいですよ。まだ夜深くもないですし。病室は507になりますので」
「わかりました。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「……通報してくれたのは、君かい?」
 と、あたしに話を振ってきた。
「あ、は、はい」
「服、ダメになっちゃったかもだけど、おかげで結城くんはすぐ元気になるよ。安心して」
「…はい。ありがとうございます」
「ご両親、どちらかでも結構ですが、明日の午後にでも、見通し、経過に関してさらに詳しくお話しできればと思います。後ほど病室に伺いますので、そのときに」
「はい。わかりました」
 そう言って一礼した先生が立ち去っていくと、奥から結城が運ばれてきた。
「結城」
 お母さんが駆け寄る。
「あれ?おかん。おとんも想もおる。どうしたの」
「どうしたのじゃないでしょうよ。何刺されてんのよ」
「こっちが聞きたい」
「思ったより元気そうだな」
「さっき聞いた。痛みで気失ってたらしい。根性ねぇな俺」
「昔っからどっか痛いとすぐ泣いてたからなお前」
「やめろよ。何年前の話だ」
「さっき先生から軽く話聞いて、数日入院だって。今準備してくるから、あとで病室行くわ」
「わり、頼むおかん」
「いいってことよ」
「……」
「あ、では病室の方にお連れしますね」
「はい、お願いします」
 するとストレッチャーで運ばれていきそうになるけど、
「あ、看護師さん一瞬待ってください」
「……はい?いいですが」
 と、毛布の下から手が出てきて手招きするような動作をする結城。
「おとんおかんは一旦帰るだろ?」
「うん。車やしね」
「なんで関西弁。想は帰る?もしよかったらついてきてもらっていい?」
「……え…あの……えっと」
「あ、そうか。戻ってくるまで新刻ちゃんについててもらおう」
「だな」
「よろしく、新刻ちゃん。じゃ、あたしたちは準備してくるね。すぐ戻ると思うけど、なんかあったら連絡して」
 あたしがいるわけには、と思ったけど、頼まれてしまっては仕方がなかった。
「……はい」
 そのまま運ばれていく結城の跡を追って病室にたどり着く。
 ストレッチャーからベッドに移されて布団をかぶると、酸素をつけるようなこともないので、いくつか注意事項だけ説明され、看護師さん達も後ほど、と残して病室を出ていった。複数人部屋が埋まっていると言う病院都合で1人部屋だった。
 扉が閉まると、静寂。
 あたしは、諸々の作業が終わるまで邪魔だろうと思って入り口隅に立っていたが、そのままで動けない。
「……あれ、想?」
「……ん」
 あたしは、こもった声でしか返事ができない。
「どうしたん。こっちきて座れば?」
「……いいの」
「いいに決まってるだろ。なんでだよ。いつもならグイグイくるじゃん」
「……ん、じゃあ」
 と、促されると、行きたい気持ちもあるから逆らうのが難しかった。
 そのまま、ベッド脇に置かれた背もたれ付きの椅子に座る。
「……あたし、やっぱり」
「帰るとか言うなよ。多分兄貴は捕まったんだろうけど、そう言う問題じゃねぇ。今度は兄と離れた母親が何してくるかわかんねぇし。余計に帰せなくなった。似たようなこと、おかんに言われなかった?」
「…言われた」
「だろ。その通り。いいんだよそれで」
「……でも、結城のことこんな目に合わせたのあたしだし」
「ちげーよ。タイミングはそりゃあるかもだけど、でも想が実行犯じゃねーだろ。ワンピースそんなにしてまで対応してくれたんだからさ」
 そう言って笑顔を見せる結城。麻酔が効いてるから痛くないのか。
「……あ、そうだこれ……ごめん。せっかく買ってくれた宝物……」
「宝物?」
「あ……うん。このワンピース、宝物にしたいんだ」
「そう言うのはまた買えばいいのよ。退院したらまたあそこ行こうぜ」
「……いいの?」
「いいに決まってるだろ。むしろ俺のわがままだって言ってるだろ?」
「……わかった」
「命の恩人にはそれくらいしないと。ブランドの件もあるしな」
「……続けてくれるの?」
「あったりめーだろ。何も変化ねぇわ。何言ってんの。まあ、進行は遅れるかもだけど。あのさ想……ちょっと、ハグして」
「え?」
「昨日の夜みたいに。軽くでいいから」
「え……でも……」
「いいから。それとも自分のわがままは通すくせにこっちのわがままはダメってか?」
「そんなことないけど」
「ならいいじゃん。それとも、もう俺となんてしたくない?」
「……ごめん正直めっちゃしたい」
「ほらみろ。傷あるから軽くな。ほら、おいで」
 と言って、横になったままベッドの上で両手を広げて見せる。
「……結城」
 つい名前が漏れた。と思った瞬間には飛び込んでた。
「だから軽くって言ってるじゃん!今痛くねぇけどまだ縫ったばっかり!こんな時くらい優しくしてくれマジで」
「あ、ご、ごめん」
 と言いつつあたしは身を引く。
「変化なさそうだからいいけどさぁ……じゃ改めて。やんわりとな!」
「は、はい」
 とはいえ、目の前に据え膳があるので暴走しそう。
「じ、じゃあ、失礼します」
「なんだそれ」
 ゆっくりと、優しく結城の首裏に腕を回す。
 すると、ゆっくりと背中に結城の手の感触がする。
「……泣いてるのか」
「……ごめん。たくさん、たくさん、迷惑かけた」
「いいって。お前のせいじゃねぇし。でもこれがきっかけでまず一つ膿は排除されたな」
「……だといいな」
「大丈夫」
 また、背中をさすってくれる。
「大丈夫だよ、想。俺もいるし、両親もいるし、想もいる。なんとかなるよ」
「……頼って、いいの?」
「頼るっていうか、もう俺らの方がお前のこと放り出せなくなってるんじゃないかな」
「…さっきお母さんにも同じような意味合いのこと言われた」
「だろ。さすがおかん」
「あったかいなぁ。篠倉家」
「そうか?……まあ、そうかもな」
「…ねえ、結城」
「ん?」
「あの……あたしね、色々考えたんだけど、一個、ぼんやりしてることがあって……あたしその……んと……結城の」
 とそこで病室の扉がノックと共に開かれた。
「たーのもーう」
 お母さんだった。慌ててハグを解くあたしたち。
「ん?なんかいかがわしいことしていた匂いが」
「するか病院で。それより、今のノックから開けるまでの時間はノックが意味をなしてないぞ」
「ごめんごめん。元気そうね?結城」
「元気だったら入院はしねぇ。腹に2つ穴開いてんだぞ」
「え!?2つ!?」
「2箇所刺された。2箇所目の方はめっちゃ浅いんだけどな」
 そんなまさか。
「うそ……あの短時間で?」
「一回抜かれちったからな。それで出血量多くなっちまったんだろーなー」
 全く気づかなかった。
「まぁ、切り傷みたいなもんよ。気にせんでええ」
「そうなの」
すると、扉をノックする音がする。
「どうぞ」
と、結城が応えると、扉がゆっくり開かれて、先ほど処置を担当してくれた先生が立っていた。
「あ、お母様いらっしゃいましたか。明日の件について、お時間よろしいですか?」
「あ、はい。じゃ、結城。ここに着替えとか置いとくわね。何かあったら連絡して」
「うん。あんがとさん」
「新刻ちゃん、先生とお話終わったらあたし近くで少し買い物するから時間あるけど、いっしょにかえる?それとも後で帰ってくる?」
「帰る時、連絡もらえたりしますか?」
「ああ、うん。そうしましょう。じゃぁ、また後でね」
「ありがとうございます」
「良いって。結城のそばにいたいんだもんねー」
「ちょ、お母さん!?」
「おかんちげーよ。俺がいて欲しいだけだよ。変な勘違いすんな」
「…あら。あらあらあらあら?もしかして?」
「いいから。それも勘違い。先生待ってるだろ。早く行けよ」
「あ、そうね。それじゃ新刻ちゃん、よろしく。結城、お大事にね」
「はい」
「おう」
そういうと、お母さんは病室を出て行った。
前で待っていた先生と合流したらしい。足音が去っていく。
けど、あたしの頭は別のことでいっぱいだ。
…さっきの。
「あ、あの」
「ん?」
「さっきのって、その、どういう…?」
「さっきの…?ああ、いて欲しいってやつのことか?」
「う、うん」
「んー。そのまんまだけど。話したいこともあるし、話とかないといけないこともあるし。あと…」
「……あと?」
「もっかい、ちょっとだけハグ」
「………もう……甘えん坊」
「想ほどじゃねーよ」
今度は、最初から柔らかくハグをし合う。
「ほんと気にすんなよ。今日遊んでた時の想の方が、テンションの高さが若干ウザイけど、そっちの方が断然いいから」
「ウザイって」
「ま、それも可愛げよ」
「むう」
その一言でハグを解く。
「で?話したいこと、話さなきゃなこと、どっちが先?」
あたしはどっかりと椅子に座る。着替えるのは帰る前でいいや。
「じゃあ、話したいことから。想、次いつここ来る?」
「…は?毎日来るに決まってんでしょうよ。なに言ってんの」
ほんっとこう言う自己肯定感の低い思考にはうんざりする。けどなぁ。責められないのは仕方ない。あたしもだもん。。
「本当に?なら、明日持ってきてもらいたいものがあるんだけど」
「いいよ。朝学校電話して、お見舞いして、昼ぐらいに事情説明したいって相談するつもりだから。で、なに欲しいの?」
 あたしは携帯のメモ機能を呼び出す。
「えっと、今多分俺の机の上に置いてあるスケッチブックと、筆記用具。と、費用はこっから取っていいから」
 といって、手の届く範囲のテレビ台から財布を握って渡してくる。
「お前の好きな、ファッション誌を…んーと…3冊」
 それをまずは受け取りつつ、メモを取る。
「ふむ。あとは?」
「あとは…なんか差し入れ。あ、でも食べ物ダメな!まだしばらく固形物NGだから」
「じゃどんなの差し入れればいいの?」
「んー。。想がそうしたいと思った奴」
「………わかった。で、話しておかないといけないのって?」
 そう聞くと、少し間があって、トーン低めに結城が答える。
「ん…まだイメージばかりであまり固まってないんだけど、ブランドの件」
「うん」
「正式に共同でやるってことでいいんだよな?」
「……いいの?」
「こっちはなんの問題もない」
「なら、お願いします」
「了解。ならこの暇使って色々考えるわ」
「うん。ありがとう。でもまずは治療だからね」
「わかってるって。そしたらまだやってないアレをすることになるな」
「あれ?」
「うちから一緒に登校するってやつ」
「…なっ!」
 急に恥ずかしくなる。想像したこともなかった。そうか。そうなるのか。うわぁ……違和感。
「早くできるように速攻で治すわ」
「そ、そか。ま、まずはそうだね。うん!」
 

基本的に物語を作ることしか考えていないしがないアマチュアの文章書きです。(自分で小説書きとか作家とか言えません怖くて)どう届けたいという気持ちはもちろんありますけど、皆さんの受け取りたい形にフィットしてればいいなと。yogiboみたいにw