欠片の華-⌘3

 ゆっくりと。
 それは次第に洸の意識を、命を育む温かい何かの中に浸すように。
 ゆっくり、ゆっくりと。
 洸の意識は現実から夢との間に揺蕩い始める。
 ゆっくりと染み込むように始まる月息という精神現象は、寂しくて涙する子供を宥めるように、我が子を守るために抱きしめるように、洸の中の月息というその世界とでもいうべき精神世界は、まるで純度が極まった優しさそのものであるかのようにある種の意思を持って振る舞うかの様に展開していく。
 真四角の立方体のブロックのような様々な色の物体が次々と組み合わさりつつ、重なり合いつつ、洸の中に景観を作っていく。洸はその月息の様子を、完全なる主観で眺めていた。意識の中の自分の状況は未だきちんと把握できていないが、どうやら宙に浮いている様だった。地に足がついていない、浮遊感にも似た感覚がある。手足は確認できる。現実の自分の体に酷似している。やはりその世界の構築を観測しているのは自分のようだ。そんな確認をしている間にも、洸の意識は目の前で加速度的に構築されていく世界の風景を観測し続けていた。立方体は自動的に繋がっていき、その境目は自然と消失していき、視界の下部にグリーンの海を、頭上には夜と昼が斑らに混ざったような空が所々に雲を浮かべながら、それぞれ際限のない宇宙の様に限り無く延々とと広がっていき、初めは観測できていたその世界の果てであろう漆黒は空と海に変換されていき、すぐに果てであろう漆黒は見えなくなった。海は波を打って、様々な色が混ざり合って色彩を変えていく。主に青をきちょうとした寒色の海と、所々に青空を混ぜた星空にはとても巨大な月がうかんでいて、そこから物体的な光がキラキラと溢れている。洸はそれを視覚的に捉えている意識の中で、その溢れる光に触れてみたいと思考すると、視界がゆっくりと前進し、光を溢す大きな月の下に近づいていく。今日の月息はちょっといつもと違うな、と洸は思う。いつもより優しい印象が強い。徐々に月の作る光の滝の下に近づいていき、真下に差し掛かると、降り注ぐ輝きの一つに触れてみると、意志が流れ込んでくる。それは覚えがあった。昼間の学食で感じた、温かい印象を持った意思だ。どうやらそのひ、好きな人に告白することを決めた様だった。きんちょうかんが強かったので覚えていた。他にも色々と触れてみると、様々な意思が溢れていた。最近ついてなかったけれど、些細ないいことがあったとか、テストの点数がよかった、とか、その日が誕生日だった人の幸せな意思。友人と喧嘩してしまって落ち込んでいる意思。信号待ちで感じた無作為の混雑した意思たちが混ざりすぎて意味消失しているものもある。小さい子供の意味不明な落書きの様な、形象崩壊したようなものも混ざっている。それら全ては溢れる光に触れると頭の中に声として響いてきた。現実と違うのは、自動的でないということだった。光に触れない限り、頭の中には自分の意識しかない。現実でそんなことはもう二度とあり得ないことが、月息の中では比較的普通に起こる。もちろん洸にとって都合のいい空間であるから、そうでなければ意味がないのだけれど、毎回毎回そうであるとは限らないのが月息だった。自分の精神状態が、極端な逃避や自己否定、こんな自分でも自分を許せない様なことが溜まってくると、月息は容赦無く叱ってくるのだ。甘やかすだけが月息ではなく、あくまで洸が洸として現実を生きていくことのできる状態を保ち続けるためのメンテナンスツールの様なものなのだ。都合はいいが、優しく甘やかすだけではない。まるで月息という行為が洸に対して意思を持っているのではないかと思うこともある。隔離されていた小学生時代に培った自主学習能力が無意識下で奏功しているのかも知れなかった。
 そんな月息の中を、様々な思念を感じ取りながらふわふわと浮遊するように、しかしゆっくりと前進していく。まるで御伽噺の主人公が不思議な夢の中を冒険しているような流れの中で、正負それぞれ、悲喜交々の思念と触れ合いつつ進み行くと、キラキラと輝く眼下の海の水面に、一際輝く強い灯りが遠くに見えた。巨大な月から溢れてくる固形の光の様な思念の滝の中にいても、それははっきりと異質であるとわかるほどに洸の視界に主張してきている。
 洸はその異質な存在が気になった。
 普段であればそんな感覚に陥ることはほぼなかっ現実で何かとてつもなく嫌なことや、事件があったときに稀にそういった感覚の変化が起こることはあったが、最近そんな事件や出来事に見舞われたりした憶えはない。月息に於ける物語の有無はその日その時によって確かに広くばらつきはあったが、そういった変化でもないような気がした。
 そんな感覚が、月息の中に没頭している洸の中で強くなればなるほど、そこへ向かう速度がはやくなっていく。加速すればするほど、光の滝の中で次々と様々な思念に触れてしまい、少し酔う様な感覚に陥って気持ちが悪くなったが、加速は止んでくれない。にわか雨の中をゆっくり歩くのか、突っ走るのかで浴びる雨の量が違う様なものだった。どんどん思念に塗れていくが、月息は洸の混乱よりも興味を優先しているようで、手を緩めない。流れ込んでくる思念の総量が上がっていって情報過多になり、洸は堪らずに目を瞑る。
 もういい加減に、と思ったところで薄目を開けると、その遠かった光が、程なく近くまで来ていることに気づいた。あと少し。
 と、今度は浮遊していた体が水面に向かってどんどん降下していく。ほとんど目の前まで迫ったところで、それが光に包まれた小さな小さな島であることに気づいた。
 そして、その島の浜辺の様な場所に顔が口元しか見えない1人の人物が立っていた。それは明らかに人だが、男女の区別もつかない。真っ白な格好をした人物だった。それが洸を見つけて手を差し伸べてくると、洸は吸い寄せられるように近づいて、その手を取り─ 。

基本的に物語を作ることしか考えていないしがないアマチュアの文章書きです。(自分で小説書きとか作家とか言えません怖くて)どう届けたいという気持ちはもちろんありますけど、皆さんの受け取りたい形にフィットしてればいいなと。yogiboみたいにw