Nervous Fairy-26"懐疑心恋"

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 可能な限り冷静に対処できたはずだ。
 なんとか腹部にタオルを巻きつけて簡易的な止血、まだちょっと昏倒している兄の手からタオル越しに包丁を取り上げて無力化した。その頃にはサイレンは家の前にいた。
 一度玄関の方まで走っていく。
「こっちです!全部!」
 と言い捨てすぐ戻ると、兄はやっと起きあがろうとしていた。
「腹部裂創ですね。凶器は?」
「部屋の中にぶん投げました」
「それ警察に伝えてください。あなたの方は怪我ありませんか?」
「はいまったく」
「では簡易止血の後搬送します。この方のお名前は?」
「えと、篠倉結城です」
「篠倉さん大丈夫ですよー。今病院に運びますからねー。すみません、離れて」
「あ、は、はい」
 簡易的な止血だけその場で終えて、ストレッチャーに乗せられ運ばれていく結城。気づくと兄は警察の人に拘束されていた。
「あ、すみません、お嬢さん、警察です。救急車に同乗必要でしょうが一点だけ。先程怪我の原因、刺したのはこの座り込んでいる男性ですか?」
「……はい。兄です。現場を見ていました」
「…わかりました。救急の方に向かってください。病院を確認次第、お話を聞きにお伺いすることになりますが、大丈夫ですか?」
「はい。あ、凶器の包丁は取り上げて部屋の中に」
「わかりました。では回収します」
「お願いします」
 そう言って、あたしは結城の運び込まれた救急車に乗り込み、許可をもらって、夕食の時にもらっていた結城のお母さん、玲子さんの携帯を鳴らす。本当は少し落ち着きたかったけど、それで感情に冷静が食いちぎられるのが怖かった。
「……出て……おねがい……」
『はい?どしたの新刻ちゃん?』
「あ、ごめんなさい!お母さん!!」
 真っ先に謝罪が出てしまった。
『ん?何が?』
「あ、あの、兄が……結城くんを……その」
『どうしたの?お父さん車回して』
「……部屋の前で、包丁で刺してしまいました」
『わかった。新刻ちゃんのせいとかじゃないから気にしないように。真っ先に言っとく。結城についてて。多分、結城が今一番そばにいて欲しいのは新刻ちゃんだから。病院名わかる?』
「は、はい。救命員さんにかわります」
 電話を、介助してくれている救命員さんに変わると、すぐに病院名を告げて、電話は切れたらしい。
「篠倉さんのお母さん、同乗しているあなたのことすごく気にしてました。ほんとはこう言うこと自分が言うわけにはいかないんですが……」
 と、小声になる。
「重症ではないかと思います。出血もおさまりつつありますし、所見ですが、おそらく傷も、命にかかるようなことはないかと。もちろん、正確な診断は医師の判断を仰いでからではありますが」
「え……本当ですか」
「おそらくです。病院も近くの総合病院がすぐに受け入れてくれるそうです。もう着きます。あ、お名前は?」
「新刻と言います」
「新刻さんの通報の速度と、ある程度止血していてくれたことが、幸いしました。冷静によく対処されましたね」
 救命員さんまで優しい世界なのかここは。
「あ、着きましたね。処置室に運びます。先に降りてください」
「はい」
 そう言われて少ししたら扉が空いたので、すぐに飛び降りた。
 ストレッチャーが下されて結城が運び出されていく。
「場所も案内します。ついてきてください」
「……は、はい!」
 慌ただしく運ばれていく結城のストレッチャーの後ろを小走りにかけてついていくあたし。
「……」
 何もいえない。
 しばらくして、看護師さんが声をかけてきた。
「では、付き添いの方はこちらでお待ちください」
「……わかりました」
 壁際に設置されたベンチに、どす、と腰を落とす。
 壁にだらしなく寄りかかって、天井を仰ぐ。
「…結城」
 涙も出ない。何も考えられない。
 俯くと。結城の血に染まったワンピースの袖口。体の所々に付着する血痕。まだまっかっかだ。
 それをやっと認識して。
「きょう……買ってもらったばっかりなのに……」
 込み上げてきた。
「きょう……あんなに楽しかったのに……」
 締め付けてくる喉元。
「きょう……大切だったのに……!」
 もう、視界は歪んで何も見えない。
「これだって、宝物だったのに!」
 血だらけのワンピース。
「結城……!」
 と自責の念で耳鳴りがしだしたそのとき、聞き覚えのある声が鼓膜を叩いた。
「新刻ちゃん!」
 走ってこちらに近づいてくる足音がする。
 そして、そのまま。
 結城の血だらけの体が、抱きしめられる感覚。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あたしのせいで、大切な」
「やっぱりそんなこと言う!いいから、そうじゃないから!」
 昨日は結城がしてくれた、背中を撫でる動作。
「新刻ちゃんは何も悪くない。うちから出ていくとか言う思考になるのも禁止!いい?先に言っとく、結城の、ちゃんとそばにいて。あいつが回復するまで、あたしたちが守るから。いなくなったりしたら、絶対ダメだからね!そんなことしたらあたしが今度新刻ちゃん刺しちゃうかも」
「……いや今その手の冗談は通じんぞ母さん」
 もう、何も考えられなかった。
 ただ、泣くことだけしかできなかった。

基本的に物語を作ることしか考えていないしがないアマチュアの文章書きです。(自分で小説書きとか作家とか言えません怖くて)どう届けたいという気持ちはもちろんありますけど、皆さんの受け取りたい形にフィットしてればいいなと。yogiboみたいにw