Nervous Fairy-29"四方転換"


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 それからしばらくして、落ち着くと、お母さんはゆっくりとハグを解いた。
「……ごめんなさい。少し取り乱しました」
「少しじゃないでしょ」
 と、笑いながら言って、カウンターの反対側に戻るお母さん。
「落ち着いたみたいだから、まず一個ね。聞いた話だと、そういう環境にあるのに誰かに声をあげなかった新刻ちゃんにも非はあると思うけど、難しいよね。だから、責任はないと思ってるから。引き続き、篠倉家にいていいよ。むしろいなさい、って感じ」
「……本当にありがとうございます」
「いやいや、その方が結城にもいい効果もありそうだし」
「そうだとい、いいな」
「大丈夫。自信持って」
「……はい」
「ちなみに下世話な話だけど、今日の病室のハグはどっちから?」
「え?あ、ゆ…」
 反射的に言っちゃった。
「なーるほどねぇ。なんか鎖みたいなものが解けてるのかなぁ。あいつが18超えたら結婚しちゃえば?」
「は!?え?!結婚!?そんな」
「新刻ちゃんならいいと思うけどなぁ」
「…それは、なんか、嬉しいですけど……」
「まあ、新刻ちゃんが結城のこと好きなのかどうかはわからないみたいだし、別に宣言しなくてもいいと思うし。けどちょっと、違う気がしてきた。さっきの話で」
「え?そうなんですか?」
「うん。参考までにだけどね。このあたしの話に左右される必要はないよ?」
「はい!なんですか!?」
「おお。食いついてきたね」
「すいません」
「いやいや。あのね、多分、好きとか、恋、とかじゃなくて、名前の通り、想い、なんだと思うんだよね。で、これっていろんな物の種になるんだけど、多分性格的に新刻 想ちゃんの場合は、きっと、愛情の種、なんじゃないかなぁと。あ、これは、とっても素敵なことよ?」
「……想……愛情」
「うん。好きとか、恋とかって、安っぽいとか、チャラいとか言われることあるけど、そんなことはない。抱いている人にとってはどれでも真剣な感情。もちろん悪いものも含むよ?嫌い、憎い、とかね。でも、その感情のうちの一つに、もちろん愛情もある。今は違うけど、将来そうなっていくんじゃないかなー、なんてね。思ったよ。おばさんは」
「あ、また泣きそう」
 と漏らすと、お母さんが焦った。
「え!?なんで!?」
「あ、いえ!嬉し涙、です。想って名前、お父さんがつけてくれたんです」
「…そうなんだ。優しい方だねぇ」
「そう言っていただけると、父も浮かばれます」
「結城と新刻ちゃんがくっ付いたらお墓参り行かせてよ」
「いや、でなくても是非!喜びます!母も弟も行かないから!あたし月命日にちゃんと行ってるのに」
「あ、じゃ次、予定あったら一緒させて」
「ぜひ」
「やったー」
 と、雰囲気が和んで少ししたところで、お父さんが部屋から降りてきた。
「お?込み入った話は終わったか?」
「察したなくそじじい」
「クソジジイは言い過ぎだろ。あ、新刻さん、隣いいかな」
「もちろんです」
「あ、じゃあさ新刻ちゃん」
「はい?」
「あいついない間に現実的な話しちゃうね。お父さんも来たし」
「あ、はい。泣いてる場合じゃなかった。その話、あたしもしようと思ってたんです」
 と、あたしは姿勢を正した。お父さんの前にコーヒーを出すお母さん。
「まあ生活ってめんどくせーから色々あるんだけど、そんな最初からガチガチに決めてもしょうがないししばらくはバランス取ろうと思ってんだけど、いないから言うけど、結城のやつ生意気に今日結局累計5万渡してきたんだ。だから今月は別に生活費とかは考えなくていいんだけど」
「はぁ!?そんなに!?」
「ああ、結城の自分の分含めてだから別に気にしなくていいよ。そんでね」
「いや、ちょっとそれは……」
「あ、今月の件、あたしが新刻ちゃんに話したの内緒ね。あいつそれでカッコつけてっと思ってっから」
「え……あ…はい。まあ一旦わかりました」
「よし、で、もう一個、家事的なところなんだけどどう?」
「一応実家にいながら一人暮らしみたいな状態だったので、基本的にはできるのでは、と思います。料理は、お口に合うかどうかわかりませんけど」
「よしOK。3人いるからいちいち当番決めるのも面倒なんで、その都度で一回やってみよう。学校もあるし、あたしも仕事あるから」
「3人?4人じゃなくて?」
「ああ、そこの奴は家事はしないからもうほんとに全然しない」
「………」
「了解しました」
「あとさぁ。これは相談なんだけど……あ、生活費云々に関しては、とりあえず大丈夫だから一ヶ月やってみてからね」
「ありがとうございます。で、なんでしょう?」
「なんかニックネーム決めない?想、っていきなり呼ぶのもあれだし、新刻ちゃんってちょっと他人行儀だし」
「あ、あだ名……つけられたこと、ほとんどないからなぁ」
「そっか。でね?考えてみたの。きおちゃんってどう?」
「きお?」
「うん。新刻の『き』とおもい、の『お』とってみた。言いやすいし」
「……なんか可愛いですね。お2人がそれで良ければ」
「「きおちゃん」」
「ああ、俺は大丈夫だわ。意外と言いやすい」
「あたしも。じゃ、これで決定で。あと部屋の件は作業部屋と寝室分けるで決定でしょ?」
 ん?あたしは乗り気だけど、結城は反対じゃなかった?勝手に決定しているけどいいか。好都合。
「で、直近の話、明日、午前中に学校に事情説明に行こうと思うんだけど、きおちゃんもう通常登校する?」
「んー…事情説明にはあたしも行きます。しばらく住所変わりますし。明後日どうせ土曜日で休みですし、こう言う状況なら一日くらい欠席はいいかなー、なんて」
「OK。実は助かる。結城の病院もあるし。じゃあ、どうする?学校の時間もあるけど、朝一見舞い行くでしょ?」
「えっと、今日お使い数点頼まれたので、もしよかったら、あたしだけ先に行くとかでもいいですか?」
「面会時間何時だっけ?」
「たしか8時です」
「あ、じゃああたしもそこ合わせで行こうかな。病院の説明は12時になったから学校行ってたらちょうどいいかも。親父明日何時出?」
「俺遅いよー。えっと10時かな」
「なら朝は勝手にしていけどうせ見舞いいかないでしょ?」
「俺が行ってもねぇ。あ、でも車回そうか?」
「早くても平気?」
「全然」
「じゃついでに見舞い行って、学校まで送ってもらお、きおちゃん」
「いいんですか」
「全然構わんよー運転大好き」
「って言う人だから」
「ありがとうございます」
 そこであたしはさっきの会話を思い出す」
「あ、そうだ、警察の方が、明日の夕方こちらに伺いたいって言ってたの忘れてた」
「なぬ。明日の夕方?」
「はい。すいません。真っ先に言えばよかった」
「ああ、ううん全然いいよ。きおちゃん帰ってきた時間からしたらそこで話してもらっても今でも、対処方法一緒だから。大丈夫。ありがとね」
「すみません」
「いいって。あたしは事情話して休みにしちゃうけど親父明日早退できる?」
「2人で対応じゃだめか?」
「明日相談してみて」
「わかった」
 なんか家族会議みたいだ。ほんとの家族ってこんなのか? 
「あ、で、お使いって何?なんか買うの?」
「ま、多少。でもなんかあたしが選ぶ雑誌何冊かと、部屋にあるスケッチブックとか筆記用具持ってきて欲しいってことでした」
「ああ、そんな感じか。じゃあ頼んでいい?」
「はい。全然。お金は預かりましたし」
「さんきゅ」
 お母さんその返答で、ちょっと引っかかった。
「あ、そのサンキュ、お母さん譲りですか?」
「え?どゆこと?」
「結城くん、よく使うので」
「……そうだっけ?あ!それで思い出した!」
「はい?」
 そういうと、お母さんはキッチンの食器棚からいくつか食器類を取り出し始めた。
「ん?なんですか?」
「ちょっと待って、もうちょっとで説明する」
 と、言いながら、カウンターに食器を並べていく。
 お茶碗とお椀、カレー皿かな?と、グラタン皿みたいなのと、取り分け用みたいなの2枚、箸と弁当箱とマグカップが2個づつ。
「ふう」
 んん?
「なんですか?これ」
 なぜ急に食器の見本市が?とはてなマークしか出てこない。
「これね、篠倉家にいる間のきおちゃん用の食器。今日食器屋さん行くって言ったじゃん?その時に、旦那と選んできたの。まずはスターターセットとしてね」
「え……そんなことまで」
「2つずつあるのは結城とペアね」
「……ん!?ペア!?」
「うん。箸もマグカップも弁当箱も、1人で2つも使わないでしょ?本当なら結城もいるはずだったんだけど、まあ、こういう事情だし。明日の朝から使うだろうから教えとこうと思って」
「……うわ……いいんですか」
「家に引き止めているのはあたしたちだし、しばらく帰れない事情も承知した。納得した上でね。結城も珍しく、好いているみたいだし、それもある種あの子を、きおちゃんが成長させてくれたんだと思ってる。ダメな話なんだけど、人助けしたなんて初めて聞いた。しかも暴力まで。小さい時の喧嘩を除けば、人にそんなことしたの生まれて初めてだったんじゃない?多分。だからこれは、感謝の一つであり、あなたをちゃんと受け入れようと思ってのこと。今日のワイングラスとか夕飯だって、嬉しかったから、順番チグハグかもだけど、ここにいる間は、本当の家だと思って。そのつもりで買ってきたんだから。色々身辺落ち着くまで時間かかるだろうしね」
 一呼吸置く。
「あと、さっき帰ってきた時、戻りました〜、って言ってたけど、明日からは、ただいまでよろしく」
「本当に……本当にいいんですか?」
「ここまで言っといて嘘ですとは言わないでしょ?」
「……えっと」
 と返事しあぐねていると、お父さんが口を開いた。
「……玲子さ、今日俺がバッグ買いに行くつってんのに、これの話しかしなかったんだよ。どんな柄がいいかな、どんな種類必要かな、お揃いでもいいよねって。不幸なことが原因でこういうことになっちまったんだけど、新刻ちゃんみたいな子が、いてくれんのなんだかんだ楽しいんだろうよ。だから、遠慮なくもらってくれ。結城に関しては、俺も玲子の意見に賛同だしな。少し、変わる兆し見えてきてるし、そのきっかけが新刻ちゃんなら、なおのことだ。あいつに会ってくれてありがとな」
 こちらこそだった。もう、なんかもうだめだ。家族って、そういうものなの?お父さん。
「……こちらこそです」
 笑顔から、つい、と一つだけ涙がこぼれた気がした。
「もう、きおちゃん今日泣き過ぎ」
「や、だって、いい話すぎるんですもん」
「やった泣かしたったぜ」
 お父さんがなぜかガッツポーズを取る。
「ったくあんたは。あ、でも、そう言えば、結城とはなんで知り合ったの?きおちゃん、性格今と違ったんでしょ?」
「あ、それは……きっかけは、新学期始まった時に、同じクラスで隣の席だったんです。席替えまだなので、今もそうですけど。で、初日って、周囲のいろんなと話すじゃないですか、なんか流れとか、友達作ろうかなとか。あたしは1人でいい、友達なんか死んでも作らないって当時思ってて。それで、だと思うんですけど、声、かけてくれて。で話すようになって。通学路があたしの部屋のすぐ横で、あたしが作った試作品の服をカーテンがわりにして窓にかけてるのを何度も見たらしくて、それを結城が覚えててくれてて。で、結城くんもアクセ販売に使ってるアプリの中で、あたしの服見たことがあったり、駅前であたしの服着てる人に会ったことあるらしくて。なんとなくでそんな話はじめて。時々、お2人が遅い時にあたしの部屋で2人でご飯食べたこともありますよ。最初は駅前のベンチでたこ焼き奢ってくれました。半分ずつ」
「……へぇ。あいつがそんな風に」
「変わろうとはしてたんだな」
「そうねぇ」
「でもその初日、あたしに声かけたのをクラスメイトの男子生徒に見られてて揶揄われて頭にきて跳ね除けたから、男友達絶望的って言ってましたよ」
「……なにやってんのあいつほんっと」
「本当ですよね。スルーしちゃえばいいのに」
「ねぇ?ったく頭硬いっつうかなんつうか」
「いいところでもあり、悪いところでもあり、だな」
 今頃結城、くしゃみしてないかな。お腹痛くならないかな。
 そんな会話でゆっくりと更けていく、結城のいない、けどすぐ隣にいてくれそうな、夜。

基本的に物語を作ることしか考えていないしがないアマチュアの文章書きです。(自分で小説書きとか作家とか言えません怖くて)どう届けたいという気持ちはもちろんありますけど、皆さんの受け取りたい形にフィットしてればいいなと。yogiboみたいにw