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Petitioning with Your Feet

 ”THE NATION WE BUILD TOGETHER”(「私たちがともにこの国をつくる」)。ワシントンD. C.にあるスミソニアン国立アメリカ史博物館の2階には東西にそれぞれ数部屋の展示室がある。西側の三つの展示室をまとめるテーマがこれだ。初代大統領ジョージ・ワシントンの古代ローマ風の彫像の背後にこの言葉が掲げられている。像の前からは記念撮影をする人が絶えない。

スミソニアン国立アメリカ史博物館2階に置かれた初代大統領ジョージ・ワシントン像

 各部屋にはそれぞれ”Within These Walls”(「これらの壁の内側で」)、”Many Voices, One Nation”(「多くの声、一つの国民」)、”American Democracy”(「アメリカの民主主義」)というタイトルがついている。"One House, Five Families, 200 Years of History"(「一つの家、五つの家族、200年の歴史」)という副題がついた最初の展示は家という空間に焦点を置いてアメリカ人の生活の変化をたどる。二つ目の展示はアメリカ合衆国内に暮らす多様な人びとが「一つの国民」を成していかを説得的に提示しようとしている。三つ目の展示は独立革命期から現在に至るまでのアメリカの歴史を民主主義という理念を軸として解説する。これらを貫く暗黙の主題は、常に分断を内包するアメリカという国を一つにまとめ上げる物語を提供するということだろう。二階西側の三つの展示室は様々な方法で国民統合の契機を作り出そうとしている。
 一つの顕著な例が「アメリカの民主主義」の部屋のなかの"Petitioning with Your Feet"(「自分の足で請願する」)というコーナーだ。展示室の後半に差し掛かり訪問者の集中力も切れてきたのか足を止める人は少ない。中学生くらいの3人組がこの前で記念撮影をしていったが、内容をじっくりと咀嚼した風ではなかった。近くに置かれた椅子では疲れた様子の二人組が携帯電話を眺めている。
 しかし、見学客の無関心をよそに、この展示は多くを語っている。じっくりと眺めると、現代アメリカ社会がどのような問題を抱え、それにどのように対処しようとしているかが浮かび上がってくる。ワシントンD. C.での大衆請願で使われたプラカードが並べられている。さまざまな政治的争点に関わるものがある。より包括的な社会を目指す方向性を示すものが大半を占めるが、なかにはそれに対抗しようとする主張を掲げるものもある。一つの問題に関して相互に矛盾する意見を表明するプラカードが両方とも含まれている場合もある。例えば、"Justice & Dignity For All US Immigrants"(「アメリカのすべての移民に正義と尊厳を」)と"Secure Our Borders Now!"(「今こそわれわれの国境を守れ」)は真っ向から対立する。前者は統一ラテンアメリカ系市民連合が2006年4月10日にワシントンD. C.で行った移民規制改革支持のデモの際に用いたもので、後者は保守系市民団体ティーパーティが2010年4月15日に同じくワシントンD. C.で行ったデモの際に用いたものだ。

”American Democracy”(「アメリカの民主主義」)という展示室内の"Petitioning with Your Feet"(「自分の足で請願する」)というコーナー。ワシントンでのデモ行動で使われた様々なプラカードが並ぶ

 この展示の意図はどれか一つの政治的なグループの主張を擁護・普及することにあるのではない。互いに反発し合いさえする主張がぶつかり合うアメリカ社会を、どうすれば一つにまとめることができるか。それこそこの展示が関心を持つ問題だ。展示に付された説明書きが一つの答えを示している。

From local protests to massive marches in Washington, demonstrators have forced officials to confront issues that they have often wished to avoid… Carrying signs, singing songs, and shouting from a podium, whether beautiful and moving or disrespectful and offensive, these demonstrations are an exercise in the American democratic process.
(地方各地での抗議行動からワシントンでの大規模な行進まで、デモに参加する人びとは、目を背けようとする役人達を強いて問題に立ち向かわせてきた。…プラカードを掲げ、歌をうたい、演壇からの叫ぶ。こうしたデモ行動が美しく感動的であろうが無礼で攻撃的であろうが、アメリカの民主主義的なプロセスにおける実践なのだ。)

異なる様々な意見の表明を––––個々の中身を横に置いて––––すべて草の根の民主主義の実践として捉え直すことよって国民の統合を達成しようとしているのだろう。現代アメリカ社会における"democracy"(「民主主義」)という言葉の意味の大きさを如実に物語る展示だと思う。
 

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