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2022年2月24日から1年を迎えて-ロシアが破壊したロシア、これから向かう先について-

はじめに

朝一番にプーチン大統領が「特別軍事作戦」の実行を宣言し、大規模なウクライナ全土に対する侵攻が始まって1年が経つ。

丁度1年前、私は侵攻開始数時間前に、1本のブログを書いている。

全てを克明に記憶に留めておくのは難しい。
しかしこの日、2月23日の深夜から2月24日の早朝にかけて、妙な胸騒ぎから眠ることができず、Twitterに貼り付き、生でプーチン演説を聞き、非常につらい思い、打ちひしがれた状態で仕事に向かったことを今でも思い出せる。

あれから、1年。

起こっている現象は、ブログ上で考えていたことから大きく外れてはいない。

この1年で最も驚いたことは、ウクライナの防衛の底力である。多くの人々と同様、ここまで持ちこたえるとは想像できていなかった。
しかし、ウクライナが不条理に失ったものは非常に大きい。

ロシアは今のところ、緩やかな下り坂を進んで行っている。
ここに関してももっとスピードが速くなる可能性を考えていたが、経済ブロックやビジネス界の優秀さから何とかソフトランディングすべく、底の見えない谷を降下している。
ロシアも失ったものも、最悪全てを自業自得と片づけられてしまうとしても、非常に大きい。

自分はウクライナについて書くことはできない。
また自分が何かを書かなくても、多くの人々が書いていくだろう。

自分が今伝えられるものとして、ロシアがこの1年で何を失い、どのような国になっていくのかという、自分なりの未来予想図を、ここでは記していきたい。

ロシアが失ったもの

資源供給国としての信頼・収入

侵攻から1年、ロシア軍の戦費を支えている大きな要因は、石油、天然ガス、LNGなどの天然資源の輸出による外貨収入にあることは疑いようがない。

一方で制裁により、その輸出にも制限がかけられ始めている。
欧州の禁輸への踏み込みや欧米による価格上限の設定といった本格的な制裁開始は開戦から8ヶ月以上経った12月まで待たなければならなかったものの、その過程で欧州への輸出量減少、中印といった相手国に対してのディスカウント実施など、少しずつロシアにとって厳しい方向へと進んできた。

では、戦後どのようになるか。

先日、JOGMECの原田氏が産経新聞のインタビューで述べているように、ロシアはエネルギー供給者としての信頼を完全に失ってしまった。

これは制裁が解かれたとしても、特に大顧客であった欧州がロシア産エネルギーを従来のレベルで調達することはあり得ないということに他ならない。
また大得意様の欧州で失った分を中印やアジア・アフリカで補うことも、難しいだろう。

そうなるとロシア最大の外貨獲得手段であり、健全な財政の支えとなってきていた天然資源収入の縮小は避けられず、仮に戦後再建をしようとしてもその財源に苦しむ可能性が高い。

天然資源依存経済からの脱却は、ロシアにとって数十年来の課題である。
その未解決の課題の早急な解決をこのような形で求められても、乗り越えていくのは非常に厳しいと思われる。

経済面での発展可能性

プーチン大統領は、国の独立性、経済の独立性の重要性をしきりに強調している。

経済を他国依存にしないための取り組みというのは、必ずしも悪いことではない。資源大国でもあるロシアが、その資源を使って国内産業を活発化させることは本来行われるべきことである。

ただ、その依存脱却を、他国との関係を切ることによって半ば強制的に生み出すことは、賢明なこととは到底言えない。

自国優先主義的な施策をとるとしても、他国の技術を全く導入できないというのは、ただ単に可能性を狭めているだけである。しかもその相手は、経済規模やテクノロジーでトップを走るG7・欧州諸国であるからさらに問題だ。

その結果、半導体や航空機部品などにみられるような輸送ルートの難化やそれに伴う物不足が発生している。

仮にそれらの問題が解決できたとしても、国内で代替しきれないものはもちろんあるわけで、結果として自動車産業でモスクヴィチやアフトトルが中国企業を迎え入れて操業再開を目指しているように、狭まった可能性の中で足元を見られつつ外国企業の参入を許してしまう未来になるだろう。

また新しい産業を産み出そうとしても、今の状況では技術協力相手すら限られる中では、成功する可能性も著しく低下しているのが現状だ。

もちろんさまざまな案やプロジェクトは出てきているが、その実現は、厳しいと言わざるを得ない。

他国との関係

今回のウクライナ侵攻は、もちろんウクライナ国民にとってが最も悲惨な悪夢であるのは間違いないのだが、ロシア国民にとっても悲劇である。

事実として、ウクライナはロシアにとって近い文化、近い言語、一部共通する過去を持つ隣人である。
その隣人関係をほぼ修復不能なレベルまで破壊したことは、未来のロシア人にとっては悲劇以外の何物でもない。

またポーランドやバルト三国が抱えていたロシアに対する警戒感を、今回の大規模な経済制裁、ロシアとして失うものが大きくなるという明らかな警告を受けたにも関わらず侵攻を開始した事態を受けて、欧州を中心とした国々も信じざるを得なくなったという現実は、数十年レベルでロシアは国際社会での信頼を取り戻せない未来を導くことになる可能性が高い。

戦争の代償として未来のロシア国民は、隣人からは忌み嫌われ、また国際社会においても信用されない、苦しい時代を生きることになるだろう。

ロシアの多民族性

今回の戦争は、ロシア系住民の保護を口実とし、ロシア世界的なもののために行われている。

一方で前線には少数民族の兵が送られ(これは民族差別という側面よりも、大都市圏と地方の経済格差が理由としては大きいと思うが)、またパスポートがロシア連邦であるという理由から、現在もこれからもその責任を引きずっていくことになる。

概念としては「ロシア人の戦争」であるにもかかわらず、形としては「ロシア連邦の戦争」となっている。

ではこの戦争が終わった後、このロシア人のエゴで始めた戦争の責任を他の民族が負っていくことに、納得がいくのだろうか。

「ロシア連邦解体論」を唱える人々もいるが、自分はあまり賛同していない。現在の経済状況、地方自治が制限された状況から、局所的な動きは別としても、連邦全体に脱退論が広がる可能性は少ないと思う。

一方でロシア人以外の民族の不満は高まるだろうし、今後の国の在り方について不確定要素が増えたことは間違いない。

日露関係

第二次世界大戦後、北方領土問題や米国との同盟関係などもあり、日露関係が良好だったことはないだろう。

一方で例えば経済交流や文化交流が増え、若い世代を中心に「ロシア(ソ連)アレルギー」を抱える人々は確実に減少していたと思う。

ただ、今回の侵攻、ブチャやイジューム、インフラ施設やその他民間セクターへの攻撃で、ロシアに対するイメージは地に堕ちたてしまった(人によっては「元々地に堕ちていた」と言うかもしれないが、それの幅が広がったとはいえるだろう)。

日本企業に関しては、多くが撤退したという状況にはまだなっていない。縮小はしていても、完全撤退した企業は少数派にとどまると思う。
一方で、この戦争が長引けば長引くほど撤退する日本企業は増えるだろうし、1度撤退した日本企業が、制裁や国内改革が行われたとしても戻るには数年、数十年を要する気がしてならない。

また国単位の関係も、良化することは極めて難しい。

北方領土問題は、ロシアにとって非常に政治力のいる問題である。クリミアやドンバスとは別次元の時間が経過しており、どんな政権であろうと、国内向けのキチンとした説明ができない限りにおいては、解決不能である。

日本社会が北方領土問題棚上げで許す二国間関係のレベルは、安倍政権末期から下がっていたものの、この1年でグンと下がったのではないかと思う。

国レベルでも、ビジネスレベルでも、人レベルでも、この戦争は二国間交流の可能性を毀損したのだろう。

ロシア連邦が目指す国家

ここまで、ロシアがこの1年で何を失ったかを書いてきた。
ではそのロシア連邦が今の方針を続ける限り、どのような国家になっていくのかを予想してみたい。

その中で国家の根幹となるのは、「第二次世界大戦勝利の記憶」「西側勢力と伍する大国意識」「退廃的な欧米の価値観とは一線を画す伝統的価値観」ということだと思う。

第二次世界大戦勝利の記憶

これを国家の柱とする傾向は、ここ数年で明らかに広がってきていたものである。

ソ連の継承国家たるロシア連邦の共通の輝かしい記憶として第二次世界大戦の戦勝国であることを誇示し、自分たちは正しい側にいるのだということを正当化していく。

「特別軍事作戦」の1つの目標として掲げられたのは、非ナチ化であった。
この1年の中で、ロシア民族を迫害する=ナチというようなざっくりとした枠組みを考えているのでは、と思う時がある。

ゼレンスキー政権と西側諸国をナチスドイツの再来と捉え、ロシア崩壊を目論んでいる、というのが政権のレトリックである。

政権は対ロシア連邦の戦争であるという1点を強調し、輝かしい記憶と連関させて大祖国戦争2.0的なイメージを発し、国民の支持を得ようとしている。

この試みは一定程度成功しているように思うが、国民に自己犠牲覚悟をさせるレベルまでできているかは、疑問だ。

西側勢力と伍する大国意識

この大国意識は、経済的、軍事的な大国、強国であるということである。

ソ連時代の功績だけに目を向け、ロシアは経済的にも軍事的にも西側と対峙できるのだ、という自信を国民に植え付けようとしている。

では実態はどうか。

経済面で厳しい、というのは前半で述べた通りである。西側諸国が手を引いていく中、どうするのか。西側の技術を代替していく候補は、間違いなく中国企業であろう。

既に自動車産業では旧西側企業工場での中国車ベースでの生産が始まっている。その他産業についても、代替品が作れる限りにおいては中国企業に頼り、必要に応じて国産であるようにリブランディングしていくのではないか。

その結果、各方面と協調してその中で存在感を発揮していく独立ではなく、中国経済圏に実質取り込まれる形で独立の体を維持する、という結果になるのではないだろうか。

軍事大国としてだが、既にこの1年間で軍の腐敗については散々語られてきている。

軍需産業が好調、自国内でつくれるものも大量にあるとはいえ、外国との連携が取れないであろうことは問題となってくる。
現在の状況ではどちらにも軍事支援をしない国は一定数あっても、少なくとも大っぴらにロシアへ軍事支援する国は非常に限られるだろう。

極端な反米・反西側の国以外で、この「特別軍事作戦」を積極的に支援する国がないことは、各種国連総会決議の採択でも明らかである。

現在の政策で大国「意識」は強化できるかもしれない。
ただそれはあくまで「意識」だけである。
西側と対峙する独立性を得たのではなく、ただ単に孤立している状態を、聞こえがいいように言い換えているだけだろう。

退廃的な欧米の価値観とは一線を画す伝統的価値観

この方向性は2020年の憲法改正でも多くみられたことであるが、欧米との関係性を断ち切った今、恐れるものは何もない状況である。

LGBTQに対する規制が強化されたのは周知のとおりだが、今までは同性愛(LGB)にアクセントが置かれてきたのに対し、今回の規制には性別変更についても規制が加えられている。

今のところ同性愛の犯罪化(30年前に撤廃)に関してはまだ先のことになりそうだが、性別変更の制限、禁止については、現在の政権のトーンである「周りに見えない形でやれ」というところに沿って、あり得る話ではないだろうか。

その他、中絶に関する制限などの保守勢力が支持する法改正は予想されるし、また棚ざらしになっているDV規正法の採択も当面ないと思われる。

このような国は、保守層にとってはまさに理想郷となるのだろう。

ただ、保守的な考えを持つことは、ロシア国民であることの必須条件ではない。この価値観の国家が具体化すればするほど、ロシア連邦から国民は去っていくだろう。

おわりに -これから先について-

専門家の間では、この戦争の長期化という意見がコンセンサスを取れてきているように思う。
戦線は硬直状態にあり、ウクライナ側もロシア側も停戦に応じられる状況にはない。

ウクライナ側としては、自国の一部を占領されている状況、かつミンスク合意の苦い経験から、妥協しての停戦は無意味だと考えているだろう。

また、戦線継続を支援している西側諸国も、特にへルソン州・ザポリージャ州というロシアですらウクライナ領としていた地域の併合をいかなる形でも認めるようなことは、戦後秩序の完全な破壊を意味し、できないのではないだろうか。

ロシア政府も、経済的にも人的にも影響が隠せない中で、ドンバスさえ取れていない状況で「勝った」とは言えず、「勝った」と言えない限りは現在微妙なバランスで成り立っているであろう政権基盤を揺るがすことになるので、停戦することはできない。

プーチン大統領の支持率が80%あるというが、まず今のロシアで政府に反感を持つ層が素直に大手調査会社の調査に答えるとは思えず、それを単純に引用することは正しくないだろう。
それでも支持している国民がかなりの数いることは、間違いない。一方で自らの生活や、命が危機にさらされてまで戦いたいという層が多いとは到底思えない。

残念ながらロシア国内に力を持つマトモな野党勢力がなく(唯一のリベラル政党ヤブロコも国会で議席を持たず、また年明けに党首が双方に即時停戦を呼びかけ、リベラル層から集中砲火を浴びていた)、反対運動をリードできそうな人々は牢獄か国外におり、また国民もここ数年の治安機関による反対運動取締を見てきているので、マイダン革命のようなものを期待するのは難しい。

ただ国内の状況が著しく悪化した場合に、安定をもたらした存在としてプーチンを支持している層が裏切られたと感じ、状況が変わってくる可能性はある。

いずれにしても、はっきりと終わりが見えない状況が続いていくことは確かだろう。

最後に、この不条理な戦争で、不条理に命を奪われた人々に哀悼の意を捧げるとともに、一日でも早く、双方が納得できる形で、戦争が終わることを願う。

来年の2月24日に、全てが過去の出来事になっていますように。


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