【短編】君がいた夏は遠い夢の中。【今日は何の日 : 0714 ペリー上陸記念日】
「お兄ちゃん、今日はペリー祭だよ!」
「いや、例によって例のごとく、俺は今夜もお仕事だから花火大会には一緒に行けないぞ?」
「ぐぬぅ……お兄ちゃんの職場に花火が3500発落ちればいいのに……」
「そうすると、俺もただじゃあ済まないんだけどね」
我々の住まうここ横須賀は、かの有名な『黒船』が来航した浦賀がある。
そんな黒船来航を記念して、毎年この時期には『黒船祭り』とか『ペリー祭』とかいう名前で、お祭りを行うのだ。
お祭りのフィナーレには、3500発の花火を打ち上げて、大盛り上がりする一大イベントなのではあるが、大学を卒業後就職してからは、ここ何年かずっと、この祭りに俺は参加していない。
妹はそれこそ友達と毎年参加しているようなのだが、毎年必ず、俺をこの祭りに誘おうとして、このやりとりを俺とやっている。
毎年、妹ののぞみを神様が聞き入れていたら、もう俺の職場はとっくの昔に跡形もなくなっているところだが、心優しい神様は、妹の切なる願いを聞き入れることはないらしい。
おそらくは、これからもずっと、この妹の願いはかなわないのだろう。
しかし、花火を見るのは嫌いではないので、毎年、職場で仕事をしながら、遠くに花火の音を聞くというのは、少しだけ虚しさを覚える状況であることも間違いない。
できることなら、妹と一緒に出店を回って、一緒に花火を見て上げたいところだが、うちの会社は土曜は普通に営業日なので、そう簡単に休みを取ることができないのだった。
「別の花火大会とか、なんなら、お盆休みに、舞浜の遊園地連れて行ってあげるからさ」
「お盆休みは死ぬほど混んでるから、違う時期がいい」
「OKOK、どっかのタイミングで行こうな」
この不機嫌極まりない妹を、こうしてあやすのももはや恒例行事になりつつある。
そのうち、こいつに彼氏でもできれば、俺はお役御免となるのだろうが、この調子では、そうそうそんな展開にも進まないのだろう。
進んで欲しいような、進んで欲しくないような、複雑な兄心はあるものの、こうして残念な顔をされると、やはり申し訳ない気持ちになる。
「ディズニーホテルにお泊まりがいい」
「うーん……そこは予約できるかどうかと、お兄ちゃんの蓄えと相談させてくれると嬉しい」
「よかろうもん」
果たして、これがどうまとまるのかは、今の俺にはわからない。
叶えばいいなとは思っているけどな。
「代わりといっちゃなんだけど、今日の軍資金は少し弾んでおくから、美味しいものでも食べるといいぞ? ただ、やんちゃする輩も増えるから、くれぐれも気をつけること。いいな?」
「はーい……ちゃんと気をつけまぁーす」
これまでも特に大きな問題に巻き込まれたことはないのだが、お祭りとなると、結構弾ける若者が多いのも事実なので、毎年心配になる俺だった。
なので、実は、大学の後輩に頼んで、毎年妹を陰ながらボディーガートしてもらっていたりするのだ。
まぁ、『兄馬鹿』だと思われても構わないので、その辺りは気にしないけれど……。
「お兄ちゃんへのお土産は、何がいい? 食べ物?」
「んや、別に気を使わなくていいぞ? お前が食べたいもの、買いたいもの、飲みたいものに使うといいさ」
「ふーむ……分かった、考えておくね」
財布から、一回諭吉を取り出して、思いとどまり、結局野口さんを5枚妹に手渡すことにした。
お祭りで遊ぶという時の相場がイマイチわからないのだが、俺的には『大は小を兼ねる』という言葉を積極的に信じていこうと思っている。
「あと、終電とかにならないように、キチンと時間を決めて動くこと。お前ら世代の『ワンチャンなんとかなる』はなんとかならないものと知るように」
「はぁーい……」
年中行事とはいえ、地域の一大イベントなので、結構地元の子供たちもこぞってこの祭りに参加するのだ。
なので、もしも参加したなら、おそらくは、近所の悪ガキどもと鉢合わせして、たかられてしまう未来が見えるので、俺は参加できなくて正解だなとも思う。
「浴衣、この前の温泉のときのと違うの買ってあるから、来たら写真送るね!」
「いや、別のいらないぞ?」
「写真送るからね!!」
「いや……」
「送るからね!!」
「楽しみにしています」
お祭りに向けて、終始テンションの壊れた妹は、スキップのような足取りで家を出て、駅までの道のりを、楽しそうに歩いていくのを見送って、俺は俺で、駅へと向かって歩くのだった。
ちなみに、例年この祭りは七月の第二土曜に行われるのだが、今日はなんと、実際にペリーさんが上陸した記念日なのだそうだ。
大昔の江戸時代。
蒸気機関を積んだ船なんて知らない日本の侍たちは、アメリカの巨大な戦艦を目の当たりにして、さぞ驚いたのだろうな……。
日本の長い鎖国の歴史を変える出来事が、地元であったなんて、なんだか感慨が深いなぁ……とは思いつつ、イマイチ実感の沸かない、俺なのであった。
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